労働時間の管理と労務コンプライアンス

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INDEX


はじめに

  1. 労働時間法制
  2. 違反時のリスク
  3. まとめ 求められる対応

 はじめに

◆ 長時間労働を巡る近年の動向


近時、日本社会を巡る劣悪な労働環境を象徴する事件として電通における新入社員の過労死問題が取り上げられていますが、当該事件が起きる直前である本年10月7日、厚生労働省は、平成26年11月に施行された過労死等防止対策推進法に基づき、「過労死等防止対策白書」を公表しました。同白書によれば、昨年度に過労が原因で自殺し、労災認定された事例は93件(未遂含む)、勤務問題が動機・原因の一つと推定される自殺者数は2,159件に上る旨報告されています。

同白書と並行して、本年9月からは政府主導による「働き方改革実現会議」が開催されており、その中でも長時間労働の是正がテーマの一つとして大きく取り上げられています。今後は、政府主導により過重労働等に対する一層の規制・取締りの強化が予想されるとともに、長時間労働の問題に対する世論もこれまで以上に厳しいものとなってきています。

これまで多くの企業において、労務コンプライアンスに関連するリスクについては、企業の存立を脅かす重大な法的リスクとして議論される機会は決して多くありませんでした。しかし、電通事件に象徴されるような社会情勢の変化の中、今後は過重労働やセクハラ・パワハラ等の労務コンプライアンス上のリスクについても対策の徹底が求められるようになりつつあります。

そこで、本コラムでは、長時間労働に関連した法令等の概要について近時の動向を再確認した上で、過重労働等の労務コンプライアンス違反が企業にもたらすリスクについて概説することとします。


本年9月より、政府主導による「働き方改革実現会議」が開催されており、その中でも長時間労働の是正がテーマの一つとして大きく取り上げられているとおり、今後は、政府主導により過重労働等に対する一層の規制・取り締りの強化が予想されるとともに、長時間労働の問題に対する世論もこれまで以上に厳しいものとなりつつあります。

もっとも、このような長時間労働に対する規制は最近になって強化されるようになったものではなく、安倍内閣発足前後から議論されていたものです。

長時間労働を巡る近年の主な動向を整理すると、概要以下のとおりです。

【長時間労働を巡る近年の主な動向】

平成25年

6月14日

 

「日本再興戦略」
「労働時間法制の見直し」がテーマ
 実態調査・分析を実施した後検討開始、1年を目処に結論を出す

平成26年

6月24日

「日本再興戦略」改訂2014閣議決定
働き過ぎ防止のための取り組み強化の方針

6月27日

過労死等防止対策推進法施行

9月30日

厚労省:「長時間労働削減推進本部」設置

12月22日

 

 

「今後の長時間労働対策について」
過重労働撲滅チームによる、長時間労働事業所への監督指導の徹底

平成27年

4月1日

東京及び大阪労働局に「過重労働撲滅特別対策反」(かとく)発足

7月2日

ABCマート:労基法違反(上限超える長時間労働)で書類送検(かとく)

8月28日

フジオフードシステム:労基法違反(上限超える長時間労働)で書類送検(かとく)

11月16日

スタティックセキュリティー:労基法違反(上限超える長時間労働)で書類送検(大阪西)

11月9日

JCB:労基法違反(上限超える長時間労働)で書類送検(三田)

平成28年

1月28日

ドン・キホーテ:労基法違反(上限超える長時間労働)で書類送検(かとく)

3月22日

メーカー社長:外国人実習生を違法に長時間働かせたとして逮捕(かとく)

3月23日

政府:特別条項に上限を設ける案を含めて検討開始

4月1日

政府:立入調査基準を時間外労働80時間超へと引き下げ

4月21日

政府:残業時間を欧州諸国並みに削減する提言案をまとめる

9月27日

政府:「働き方実現会議」開始

10月14日

電通:新入社員が昨年末に過労自殺し労災認定を受けたことから労基署が立入調査実施

このように、長時間労働に対する規制強化は従前から検討されていた流れの一環といえます。

また、直近でも、新入社員が過労自殺し労災認定を受けたことを踏まえ、本年10月14日に電通本社に対して労基署が立入調査を実施したことが大きなニュースとなっていることから、今後さらに長時間労働に対する規制は強化されることが予想されます。

そこで、そもそも労働関連法が、長時間労働についてどのように規制しており、また違反した場合の制裁等について整理しておくことが有用と思われます。

 

 1.労働時間法制

1.原則


労働時間については、労基法32条により、原則として1日8時間、1週40時間が最長労働時間として定められており、これに違反した使用者に対しては、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科せられることとされています(労基法119条1号)。

なお、労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下におかれている時間をいうものとされており(最高裁平成12年3月9日)、いわゆる「手待ち時間」も労働時間に含まれます。

 

2.例外 三六協定


使用者が、労働者の過半数で組織する労働組合又はそのような労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者との間で協定を締結し、これを労働基準監督署長に届け出た場合には、上記法定された最長労働時間を超えて、その協定の定めるところに従い、時間外・休日労働を行わせることができるものとされています(労基法36条。いわゆる「三六協定」)。

ただし、三六協定を締結すれば時間外労働が無制限に認められるというものではなく、平成10年労働省告示第154号(以下「上限告示」という。)により、三六協定において定める時間外労働について、その限度時間(以下「上限基準」という。)が設けられています

 

3.例外の例外 特別条項付協定


また、上限告示第3条において、あらかじめ三六協定の中で、上限基準を超えて労働時間を延長しなければならない特別の事情が生じたときは、労使当事者間において定める手続を経て上限基準を超える一定の時間まで労働時間を延長できる旨を協定(以下「特別条項付協定」という。)することによって、上限基準を超える時間外労働を定めることができるものとされています。

従来は、この特別条項付協定が抜け道となって、事実上、上限基準を超えた長時間労働が行われていたとも言われています。しかし、特別条項付協定における「特別の事情」は臨時的なもの、すなわち、一時的又は突発的に時間外労働を行わせる必要があるものであり、全体として一年の半分を超えないことが見込まれるものでなければならず、特別条項付協定を抜け道とした長時間労働が常態化しているような場合には、労働基準監督署の指導・勧告の対象となり得ます

 

 2.違反時のリスク

1.刑事処分


前記のとおり、違法な時間外労働については刑事罰が規定されており、労働基準監督官は、労基法違反の罪について、刑事訴訟法に規定する司法警察官の職務を行うものとされています(労基法102条)。

すなわち、労働基準監督官は、刑事訴訟法の定めるところにより、裁判官の発する令状に基づき逮捕や捜索・差押などの強制捜査を行い、検察官に対して事件送致を行うことができるものとされています。

とくに、「過重労働撲滅対策班」(いわゆる「かとく」)が設置された平成27年以降、労基法違反送検事例が急増していることに注意が必要です。たとえば、東京労働局においては、平成26年度31件(うち労働時間関係違反4件)だったものが、平成27年度41件(うち労働時間関係違反19件)へ、大阪労働局においても、平成26年度34件(うち労働時間関係違反4件)だったものが、平成27年度49件(うち労働時間関係違反18件)へと増加しており、労働時間関係法違反に関する送検事例は平成26年度と比べると5倍弱へと急増していることが見て取れます。

 

2.行政処分


労働基準監督官は、労働基準法の実効性を担保するために、「事業場、寄宿舎その他の附属建物に臨検し、帳簿及び書類の提出を求め、又は使用者若しくは労働者に対して尋問を行うことができる」とされており(労基法101条1項)違法な長時間労働を行っていた場合には、行政指導として是正勧告等の処分を行うこととなります。臨検は、事前予告の上実施されることが多いものの、サービス残業等の疑いがある場合等には抜き打ちで実施されることも珍しくありません。

本年4月には、長時間労働対策として、重点監督対象を月100時間超の残業が疑われる事業場から月80時間超の残業が疑われる事業場へと拡大する方針が明らかにされており、臨検の対象は拡大の方向にあります。そして、そのための体制として、平成27年4月に東京労働局及び大阪労働局に「かとく」が設置されたことに加え、本年4月には厚生労働省内に「過重労働撲滅対策班」が新設されるとともに、現状、「かとく」は東京労働局と大阪労働局にしか設置されていないことから、全国47の都道府県労働局に「過重労働特別監督管理官」を配置し、監督指導・捜査体制を全国展開することとしています。

また、平成27年5月より、過重労働対策の一層の強化として、社会的に影響力の大きい企業が違法な長時間労働を複数の事業場で繰り返している場合には、都道府県労働局長が経営トップに対して、全社的な早期是正について指導するとともに、その事実を公表するとの方針が明らかにされています(※1)。かかる方針を受けて、本年5月19日には、千葉労働局は、株式会社エイジスに対して、違法な長時間労働を是正するよう勧告するとともに社名を公表しています。(※2)

※1  「違法な長時間労働を繰り返し行う企業の経営トップに対する都道府県労働局長による是正指導の実施及び企業名の公表について」(平成27年5月18日基発0518第1号)。
※2 https://chiba-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/library/chiba-roudoukyoku/houdou/20160519.pdf 参照。

 

3. 民事的制裁


① 安全配慮義務

長時間労働に伴い過労死、過労自殺、又は重篤な心身の障害が発生した場合、事業主は安全配慮義務違反又は不法行為に基づく損害賠償請求を受ける可能性があります。

たとえば、過去に長時間労働による過労自殺が問題となった電通事件(最高裁平成12年3月24日労判779号)では、長時間労働により労働者が鬱病に罹患し自殺した場合に使用者が負う責任として、安全配慮義務違反ではなく注意義務違反の不法好意に基づく損害賠償責任(民法715条)を肯定しています。 

 

② 取締役の善管注意義務

従業員が長時間労働により自殺した場合、会社が責任を負うだけでなく、取締役個人が直接損害賠償責任を負う可能性も存在します。たとえば、大阪高裁平成23年5月25日では、従業員が過労死した事案において、従業員の長時間労働を認識し又は容易に認識できたにもかかわらずこれを放置し、是正するための措置をとらせていなかったことが取締役としての善管注意義務違反にあたり、悪意・重過失が認められるとして、会社法429条に基づく取締役の損害賠償責任を肯定しています。

 

③ レピュテーションリスク

さらに、直接的な民事責任ではないものの、長時間労働が蔓延しており、従業員が長時間労働を原因とする精神病を罹患したり過労自殺が発生してしまった場合、いわゆる「ブラック企業」とのレッテルが貼られ、極めて大きなレピュテーションダメージを被る可能性があります。

とくに、情報通信技術が発達した現在においては、FacebookやTwitter等、SNSにより従業員や取引先等を通じて勤務実態が瞬時に社外へ伝達される可能性が高まっていると言えます。

かかる情報が拡散してしまうと、新入社員を含めた人材の確保に大きな支障が生じるだけでなく、労働基準監督署による監視・調査の端緒ともなりえ、調査を懸念した取引先から取引を打ち切られる可能性がある等、深刻なダメージを被る可能性があります。

さらに、現在は、是正勧告に留まる場合であっても、悪質なケースでは社名を含めた公表がなされることとされており、長時間労働に伴って企業のレピュテーションに取り返しのつかない深刻なダメージが生じるリスクが高まっています。

 

 3.まとめ 求められる対応

「モーレツ社員」が推奨された過去の企業慣行とことなり、「ワークライフバランス」を重視する現代においては、長時間労働の是正に対して全社的に取り組む必要があります。

とくに、違法な長時間労働に対する社会の目が厳しくなり、それに対する制裁も急速に強化されている現在においては、いまや労務コンプライアンスの脆弱性は、企業にとって、大きな企業不祥事に匹敵するほどの重大なリスク要因となりつつあります。

もっとも、労務コンプライアンスに対する規制強化は、単に起業活動への圧力としてマイナス方向にとらえるのではなく、過重労働の是正の過程で、これまでの働き方に無駄がなかったか、効率化や改良余地を徹底的に模索し、生産性向上につなげる好機ともいえます。

これからの企業には、規制強化を後ろ向きに捉えるのではなく、「新たな気づき」と「労働戦略」を構築するためのチャンスとして前向きに捉え、他社との差別化を図っていく積極的な姿勢が求められるものといえます。

 
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