相談事例

当社の試用期間中の社員で、適性に欠けると思われる者がいます。残念ではありますが、当社で勤務を続けてもらうことは難しいと思いますので、本採用を拒否する予定です。

試用期間中ですから、本採用を拒否することは特に問題ないでしょうか。

解説

本採用拒否の法的性質

試用期間は、解約権留保付労働契約と解されます。労働契約を解約する場合、解雇権濫用法理が適用されます(労働契約法16条)。

したがって、正社員として採用しない場合(本採用を拒否する場合)、解雇する合理的な理由が必要になります。

そして、試用期間付労働契約における解雇の有効性については、①試用期間満了後の本採用拒否による解雇と、②試用期間中の解雇、の2つの場合に分けて検討することになります。

試用期間満了後の本採用拒否による解雇

三菱樹脂事件(最判昭和48年12月12日)

本採用拒否による労働者の解雇の可否については、三菱樹脂事件(資料2・最高裁昭和48年12月12日)が以下のように判示しています。

「留保解約権の行使は、…客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される」

 

「換言すれば、企業者が、採用決定後における調査の結果により、または試用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至つた場合において、そのような事実に照らしその者を引き続き当該企業に雇傭しておくのが適当でないと判断することが、上記解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合には、さきに留保した解約権を行使することができるが、その程度に至らない場合には、これを行使することはできないと解すべきである。」

したがって、本採用拒否により労働者を解雇するためには、解雇する客観的合理的な理由があり、解雇することが社会通念上相当である必要があります。

解雇権濫用法理

解雇権濫用法理(労働契約法第16条)の事由が認められた場合にも本採用拒否が有効となります。

解雇権濫用法理が適用される普通解雇においては、判例上は、主として①著しい労働能力・適格性の欠如等があるか、②改善、向上の見込みがないといえるかを、諸般の事情を考慮した上で検討して、権利の濫用に当たるか否かを判断されています。

ライトスタッフ事件(東京地判平成24年8月23日)

ライトスタッフ事件という裁判例でも留保解約権の行使について以下のように説明しています。

解約権の留保は、採用決定の当初において当該労働者の資質・性格・能力などの適格性の有無に関連する事項につき資料を十分に収集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされているものと解されるが、ただ、その一方で、当該試用労働者は既に労働契約関係に組み込まれている以上、留保解約権の行使には解雇権濫用法理(労契法16条)の基本的な枠組が妥当するものというべきである。

そうだとすると留保解約権の行使は、解約権留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ許されるものと解するのが相当である〜

また、「客観的に合理的な理由」については、

本件解約理由③は、被告就業規則61条4号に該当する。
〜以上によれば、本件解約権行使は、解約権留保の趣旨・目的に照らし客観的に合理的な理由があるものと認められ〜

と判断しています。

すなわち、本裁判例では、就業規則の解雇事由に該当することにより、客観的合理的理由があると判断されています。

次に、「社会通念上相当として是認され得る場合」の判断基準については、

本件解約権の行使は「解約権留保の趣旨・目的に照らして、社会通念上相当として是認される」かであるが、この適法要件Bの有無は、解約権の留保の趣旨・目的に照らしつつ、①解約理由が重大なレベルに達しているか、②他に解約を回避する手段があるか、そして③労働者の側の宥恕すべき事情の有無・程度を総合考慮することにより決すべきものと解される。

と判示されています。

すなわち、本裁判例において社会通念上相当として是認され得る場合の判断基準は、①解約理由が重大なレベルに達しているか、②他に解約を回避する手段があるか、そして③労働者の側の宥恕すべき事情の有無・程度を総合考慮することにより判断されています。

小括

以上より、本採用拒否による解雇の有効性は、①解雇事由が記載された就業規則に該当する等の客観的合理的理由があり、②ⅰ解約理由が重大なレベルに達しているか、ⅱ他に解約を回避する手段があるか、ⅲ労働者の側の宥恕すべき事情の有無・程度を総合考慮すること等により社会通念上相当といえるか否かによって判断される可能性があります。

試用期間中(試用期間満了前)の解雇

一方、試用期間満了前の解雇については、労働者の適性の有無は、原則として試用期間中の全期間を見た上で判断されるべきであるから、試用期間満了前の解雇は、通常は客観的合理性・社会通念上の相当性を肯定し難いと解されます。

試用期間中に解雇したことが無効であると判断された裁判例を整理すると以下のようになります。

裁判例< 考慮された要素
大阪地裁
H16.3.11
  • 未経験者として採用されているのであるから、使用者は十分な指導をして習熟度をあげるべき
  • 労働者の作業にミスはあったものの従業員としての適格性を欠くほどの理由にはならない
  • 3ヶ月の試用期間を設けながら3週間で解雇する合理的理由がない
東京地裁
H21.1.30
  • 労働者は即戦力(営業)として中途採用された
  • 労働者の成績が今後改善される見込みがないという使用者の判断は是認できない
  • 6ヶ月の試用期間を設けていながら3ヶ月で解雇の判断をした理由が明らかでない
  • わずか3ヶ月の営業成績を他の社員と比較しただけで適格性がないとは判断できない
福岡地裁
H25.9.19
  • 使用者は、実績のない初心者の社労士という認識で雇用した
  • 労働者の仕事に特別不満を述べていない
  • 解雇の原因となったミスについてそれまで注意などの指導をしていなかった
  • 労使間でコミュニケーションは不足していたが、総合考慮すると解雇を正当化する理由ではない
東京地裁
H27.1.28
  • 設計の専門家として雇用
  • 使用者は、労働者の設計の専門家としての経験が不足していると認識できる
  • 設計図の作成を指示しながら具体的な指導は何もしていない

裁判例では、未経験者について能力不足による解雇、結果が不出来だったことのみを理由とする解雇、必要な指導を行わないまま適性がないとして解雇する等が全て無効となっています。

したがって、試用期間中の解雇(試用期間満了前の解雇)は、本採用拒否と比較して、客観的合理性・社会通念上の相当性を肯定し難い傾向にあるといえます。

ご相談のケースについて

試用期間中の解雇(試用期間満了前の解雇)は、本採用拒否と比較して、客観的合理性・社会通念上の相当性を肯定し難い傾向にあるといえることから、本採用拒否の段階で退職勧奨又は解雇をする方針が望ましいといえます。

また、本採用拒否の段階で退職勧奨又は解雇をするために、解雇対象労働者と同等の地位にある労働者との数字による客観的比較、一定の時間をかけて改善、向上の機会を与えておく等の手続きを進めることが望ましいといえます。

仮に、解雇(本採用拒否)の対象者が、新卒採用者の場合、正社員としての最低限の適性もないということができるだけの事情が必要です。

一方、専門職採用の場合、専門性に対する期待をしたにもかかわらず、専門性にふさわしい能力を欠くようなときには、解雇が認められることになります。

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