質問
新型コロナウィルスの感染症の拡大による在宅勤務の推奨や採用人数の縮小等により人手が足りない状況となっています。その結果、店舗の陳列作業等が回らなくなってしまったため、納入業者に協力を要請したいと考えています。
また、多くの消費者からの要望があったため、店舗販売以外にも宅配事業を始めようと考えているのですが、人手が足りないため、一部の商品について納入業者から直接消費者へ商品を届けてもらうように要請したいと考えています。このような要請をすることは可能でしょうか。
回答
下請代金支払遅延等防止法(以下、「下請法」と略します。)の適用がある場合とない場合とに分けて回答します。
下請法の適用がある場合
相手方と協議し、協力の内容、費用負担等を任意に決めて合意をした場合は、適法です。
しかし、無償で役務を提供させる等の下請事業者の利益を不当に害する要請であれば、下請法第4条第2項第3号の不当な経済上の利益提供要請に反し、違法となる可能性があるので要請を控えるべきです。
下請法の適用がない場合
違法ではありません。契約自由の原則により当事者間での任意の交渉・合意となります。ただし、要請を断ったから等という理由で契約の解除事由がないにもかかわらず、取引を破棄することは、別途、債務不履行責任、不法行為責任等の法的責任を負う可能性があることに留意すべきです。
解説
以下では、下請法の適用がある場合とない場合に分けて論じます。
下請法の適用がある事業者は、中小企業庁のホームページ[1]に分かりやすくまとめられていますので自社に下請法が適用されるか否かご確認ください。
例えば、物品の製造等の親業者は、資本金3億円超(下請法2条7項1号)と定められています。
下請法の適用がある場合
公正取引委員会が作成した新型コロナウイルス感染症の拡大により影響を受ける下請等中小企業との取引に関するQ&A[2]では、以下の考え方が示されています(下線は、筆者)。
問11
小売業者が、製造業者、卸売業者等の納入業者に対して、顧客の安全確保に必要な作業や安全性等に係る広報活動への協力を要請することは、下請法の問題となりますか。
答
新型コロナウイルス感染症が世界的な広がりを見せる中、生活に必要な物資を供給する拠点の一つである小売業者の営業が円滑に行われることは、地域の生活支援の面で重要です。
小売業者が親事業者、納入業者が下請事業者(例えばPB商品等を納品する場合)である場合において、親事業者と下請事業者との間で協議が行われた結果、下請事業者が親事業者の要請に応じた協力を行うことになったとしても、協力に要する費用を親事業者が負担する場合には、問題となるものではありません。一方で、安全性の確保等を理由としたとしても、親事業者が、下請事業者に対し、無償で役務を提供させるなどして、下請事業者の利益を不当に害する場合には、不当な経済上の利益提供要請(下請法第4条第2項第3号)として、下請法上、問題となります。
したがって、協力を得て必要な措置を講じる場合には、事前に親事業者と下請事業者が十分に協議して、協力の内容、負担のあり方を決定しておく必要があります。
「安全性の確保等を理由としたとしても」との見解から、生命、身体の安全確保ではない別な理由(人手不足等)であれば、尚更、無償で役務を提供させることが不当な経済上の利益提供要請(下請法第4条第2項第3号)に該当すると考えられます。
以下、下請法第4条第2項第3号の条文解釈を通じて、更に質問を検討します。
まずは、条文の文言を示します。
2 親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号(役務提供委託をした場合にあつては、第一号を除く。)に掲げる行為をすることによつて、下請事業者の利益を不当に害してはならない。
〜
三 自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
次に、各文言の条文の解釈を示し、質問を検討します。
- 「金銭、役務その他の経済上の利益」とは、「協賛金、従業員の派遣等の名目の如何を問わず、下請代金の支払とは独立して行われる金銭の提供、作業への労務の提供等を含むものである。[3] 」と説明されています。
本件では、「店舗の陳列作業」・「店舗販売以外にも宅配事業」を納入業者にさせようとしています。
それゆえ、納入業者の請負った業務に対する支払いとは独立して、別な業務について協力させようとしていることから、下請代金の支払いとは独立して行われる労務の提供といえ、「金銭、役務その他の経済上の利益」に該当すると考えられます。
- 「下請け業者の利益を不当に害」することについて、以下の場合には、不当な経済上の利益の提供要請に該当するおそれがあると説明されています[4]。
(ア) 購買・外注担当者等下請取引に影響を及ぼすこととなる者が下請事業者に金銭・労働力の提供を要請すること。
(イ) 下請事業者ごとに目標額又は目標量を定めて金銭・労働力の提供を要請すること。
(ウ) 下請事業者に対して、要請に応じなければ不利益な取扱いをする旨示唆して金銭・労働力の提供を要請すること。
(エ) 下請事業者が提供する意思がないと表明したにもかかわらず、又はその表明がなくとも明らかに提供する意思がないと認められるにもかかわらず、重ねて金銭・労働力の提供を要請すること。
本件では、親事業者が下請事業者に対して、要請に応じなければ不利益な取扱をする旨を示唆し(例えば、要請に応じなければ今後の取引に影響を与えるかもしれない等)、又は、下請事業者の意思に反して執拗に要請をすれば、下請事業者の利益を不当に害する可能性があると考えられます。
- 本号の趣旨は、「下請事業者が親事業者のために協賛金、従業員の派遣等の経済上の利益を提供させられることにより、下請事業者の利益が不当に害されることを防止するためである。」[5]と説明されています。
上記趣旨から、質問にあるように「店舗の陳列作業等が回らなくなってしまったため、納入業者に協力を要請」、「人手が足りないため、一部の商品について納入業者から直接消費者へ商品を届けてもらうように要請」することは、何らの経済的対価を示さずに下請事業者に無償で労務提供させると評価されれば、条文の趣旨に反することになります。
以上より、無償で役務を提供させる等の下請事業者の利益を不当に害する要請であれば、下請法第4条第2項第3号の不当な経済上の利益提供要請にいえ、違法となるので控えるべきです。
下請法の適用がない場合
下請法は、「本法は、適用対象を明確にし、違反行為の類型を具体的に法定するとともに、独占禁止法に 比較して簡易な手続を規定し、迅速かつ効果的に下請事業者の保護を図ろう」(下線は筆者)という目的のもとに制定されました。
それゆえ、適用対象を明確にするために、下請法の適用がない事業者間の取引に関して、下請法の趣旨を援用することは困難です。
したがって、下請法の適用がない場合は、民法の一般原則に戻り、契約自由の原則のもとで、任意の要請、交渉、合意の過程を経る必要があります。
また、要請を断ったから等という理由で契約の解除事由がないにもかかわらず、取引を破棄することは、別途、債務不履行責任、不法行為責任等の法的責任を負う可能性があることに留意すべきです。
[1] https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/daikin.htm
[2] https://www.jftc.go.jp/oshirase/coronashitaukeqa.html
[3] 同上
[4] 同上(78〜79頁)
[5] 公正取引委員会・中小企業庁「下請取引適正化推進講習会 テキスト 令和元年11月」https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/R1textbook.pdf(78頁)