【ポイント】
- 感染症予防のためであっても、就業規則や雇用契約に規程がない場合には、会社が時差出勤を一方的に導入することはできない
- 時差出勤導入により始業時刻・終業時刻を変更しても、1日の実労働時間が8時間以内であれば残業代を支払う必要はない
- 時差出勤導入により労働時間を短縮することになるとしても賃金の減額に繋がる場合には、労働条件の不利益変更に該当する
【相談例】
- 当社の従業員が感染症に罹患することを避けるために時差出勤を導入することは会社が一方的に決めることは可能でしょうか。
- 時差出勤を導入した場合、始業時刻を繰り上げたり、終業時刻を繰り下げたりした分の残業代を支払う必要はあるのでしょうか。
- 時差出勤を導入して始業時刻を繰り下げ、終業時刻は変更しない場合、労働時間を短縮させることになりますが、その分の賃金を下げることは問題ないでしょうか。
【回答】
- 就業規則や雇用契約の中に、会社の都合で始業時刻や終業時刻を変更する場合があるという旨の記載がない限り、一方的に時差出勤を命じることはできません。
- 始業時刻を繰り上げたり、終業時刻を繰り下げたりしたとしても、1日の実労働時間が8時間を超過しない場合には、残業代(時間外割増賃金)を支払う必要はありません。
- 労働時間を短縮させる場合であっても、従業員との間で合意が必要となります。また、労働時間の短縮に伴い賃金を下げるのであれば、労働条件の不利益変更になることから、従業員と協議を行い、その理解と合意を得る必要があります。
【解説】
会社の一方的な判断による時差出勤導入の可否
従業員の始業時刻や終業時刻は、労働条件として雇用契約の一内容に含まれることになります。
始業時刻や終業時刻を変更することは、労働条件の変更となるため、会社と従業員との間で合意する必要があります。
もっとも、感染症予防のために必要があり、かつ就業規則や雇用契約の中に、「業務の都合その他やむを得ない事情により、始業時刻、終業時刻を繰り上げ、または繰り下げることがある」旨の規定が設定されている場合には、従業員に対する安全配慮義務という観点から、会社が始業時刻や終業時刻を変更して時差出勤を導入することは可能と考えられます。
時差出勤導入による残業代の支払の要否
会社が時差出勤を導入することで、始業時刻を繰り上げたり、終業時刻を繰り下げたりした分の残業代を支払う必要があるかどうかが問題となります。
前提として、残業代(時間外割増賃金)は、1日の実労働時間が8時間を超えた場合に発生します。
したがって、時差出勤を導入した場合、残業代が発生するかどうかは以下のように整理できます。
例)
① 始業時刻:午前9時 終業時刻:午後6時 休憩時間:1時間 のケース
午後6時まで勤務した場合:実労働時間8時間(残業代なし)
午後7時まで勤務した場合:実労働時間9時間(残業代1時間分)
② 始業時刻:午前8時 終業時刻:午後5時 休憩時間:1時間のケース
午後5時まで勤務した場合:実労働時間8時間(残業代なし)
午後6時まで勤務した場合:実労働時間9時間(残業代1時間分)
このように、あくまでも実労働時間が8時間を超えるかどうかによって、残業代が発生するかどうかが決まることになります。
ただし、時差出勤を導入した結果、勤務時間が午後10時から午前5時の間にかかる場合、深夜割増(1.25倍)が発生することにはご留意ください。
時差出勤導入による労働時間の短縮と賃金の減額の可否
前記第1項にも記載しましたが、労働時間は労働条件として雇用契約の一内容になっているため、時差出勤導入により労働時間を変更することは労働条件の変更にあたります。
そして、時差出勤導入により労働時間を短縮することは、一見すると従業員の負担を軽減することになり問題ないようにも思われますが、労働時間の短縮に伴い賃金も減額するのであれば、「労働条件の不利益変更」に該当することになります。
労働条件の不利益変更もすべて無効となるわけではありませんが、労働契約法の条件を遵守する必要があります(労働契約法9条、10条)。
特に、賃金は労働条件の中でも重要なものですから、変更する場合には慎重に従業員の意思確認及び同意を取る必要があります。