相談事例
当社の従業員がトラック搬送中に居眠り運転をしてしまい、自損事故を起こしてなくなってしまうという痛ましい事故が起きてしまいました。
当社としては、亡くなった故人のためにできる限りのことはしたいと思いますが、どこまで責任を負うことになるのかわからず、不安に思う面もあります。
当社としては、何をすべきなのでしょうか。
解説
運送業界は、長時間労働に加え、自動車運転に伴う交通事故被害に遭遇するリスクという業務特性があるために、労働災害が発生しやすい傾向にあります。また、貨物運送事業では、交通事故のほかに、墜落・転落事故、はさまれ・巻き込まれ事故、飛来・落下事故等が挙げられます。
このように、運送業は、業務の性質上、労働災害が発生しやすいために、労務管理を検討する上では、労働災害の概要を理解しておく必要があります。
本稿では、労働災害におけるポイントについて解説します。
1 労働災害とは
労働災害とは、労働者が業務に従事したことによって生じた、負傷、疾病、死亡等の災害をいいます。業務中に事故が起きてしまうなど、労働災害が発生した場合、企業側には様々な法的責任が生じることになります。
そして、労働災害への初動対応を誤れば、取り返しのつかないリスクが生じかねません。
本稿では、労働災害が起きた場合に企業が留意すべきポイントを解説します。
2 労働災害対応のポイント
企業側としては、労災保険で対応することが第一となりますが、安全配慮義務違反があると判断された場合には、民事責任(損害賠償責任)のほか、刑事責任や行政責任を負う可能性があります。
(1)労災事故が起きた場合の企業側の法的責任
企業は、労働者を使用することによって利益を得ている以上、労働者の生命・身体の安全・衛生について十分な配慮をしなければなりません。
企業側(使用者側)が、労働者の生命・身体の安全・衛生に関して義務を負っていることを明文化した法律として、労働安全衛生法及び労働契約法5条があります。
企業側には、労働者の生命・身体の安全・衛生を確保すべき法的義務があることから、労働者が労災事故によって受傷したり死亡したりした場合、企業側は、民事責任、刑事責任または行政上の責任を負うことになります。
(2)企業側の民事責任
企業側は、雇用契約に伴い、信義則上、労働者の生命・身体の安全・衛生を配慮する安全配慮義務も負担すると解されています。
企業の負担する安全配慮義務は、「ある法律則係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随的義務として、当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものである」と解されます(陸上自衛隊八戸車両整備場事件・最3小判昭和50.2.25民集29巻2号143号、労判222号13頁)。
労災事故が起きた場合には、労働者に対する安全配慮義務違反という債務不履行責任が問われることになります。
そして、企業側は、安全配慮義務違反による債務不履行責任又は不法行為責任に基づく損害賠償責任を負担することとなります。
なお、債務不履行構成と不法行為構成の相違点を整理すると、以下のようになります(現行民法を基にしています)。
不法行為 | 債務不履行 | |
---|---|---|
①消滅時効期間 |
|
|
②過失の立証責任 | 労働者 | 使用者 |
③遅延損害金の起算点 | 事故の日 | 請求の日の翌日 |
④遺族固有の慰謝料請求権 | 有 | 無 |
なお、現行民法は、改正前民法とは異なり、消滅時効について重要な変更が加えられているため注意が必要です。
債務不履行責任における消滅時効について
現行民法は、原則的な俵権の消滅時効について、改正前民法とは異なり主観的起算点から5年、客観的起算点から10年と規定しています(現行民法166条)。
もっとも、人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効については、客観的起算点から10年が20年と修正されます(現行民法167条)。
不法行為による消滅時効について
一方、不法行為による消滅時効については、①被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間(民法724条1号)、②不法行為の時から20年間(民法724条2号)と規定されています。
もっとも、人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効については、主観的起算点から3年が5年と修正されます(現行民法724条の2)。
したがって、現行民法では、労災における安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求に関して、債務不履行構成であっても不法行為構成であっても、消滅時効期間は変わらないことになります。
(3)企業側の労災補償責任
労働基準法は、労働者保護の見地から、労働災害があった場合に、企業側は労働者に対して労災補償責任を負わなければならないと規定しています。
(4)企業側の刑事責任
労災事故が起きた場合、企業側は、業務上過失致死傷罪や、労働基準法違反や労働安全衛生法違反に問われ、刑事責任を負わなければならない場合があります。
(5)企業側の行政責任
労災事故が起きた場合、企業側は、行政指導や行政処分等、行政責任を負わなければならない場合があります。
3 労働災害発生後の対応
(1)労災保険給付等の請求書の証明
労働者が労働災害により負傷した場合等には、労働者等が休業補償給付等の労災保険給付の請求(労災保険法12条の8第2項)を労働基準監督署長に対して行うことになります。
その際、事業主は、労災保険給付等の請求書において、①負傷又は発病の年月日、②災害の原因及び発生状況等の証明をしなくてはなりません(労災保険法施行規則12条の2第2項等)。
ここでいう事業主とは、労働者の雇主を指すのが原則ですが、建設業については元請人であるとされています(労働保険の保険料の徴収等に関する法律8条、同施行規則7条)。
したがって、上記相談事例では、会社が事業主として証明することになります。
(2)労働者死傷病報告の提出
事業者は、労働災害により労働者が死傷した場合には、労働者死傷病報告を労働基準監督署長に対して提出しなければなりません(労働基準法施行規則第57条、労働安全衛生規則第97条)。
休業4日以上の場合には遅滞なく提出し、休業4日未満の場合には3か月ごとに提出しなければなりません(労働基準法施行規則57条2項、労働者安全衛生法規則97条2項)。
労働者死傷病報告を提出すべき場合は、下記①〜④の場合です。
- ① 労働者が労働災害により、負傷、窒息又は急性中毒により死亡し又は休業したとき
- ② 労働者が就業中に負傷、窒息又は急性中毒により死亡し又は休業したとき
- ③ 労働者が事業場内又はその附属建設物内で負傷、窒息又は急性中毒により死亡し又は休業したとき
- ④ 労働者が事業の附属寄宿舎内で負傷、窒息又は急性中毒により死亡し又は休業したとき
ここでいう事業者は、事業を行う者で労働者を使用するものをいい(労働安全衛生法2条3号)、労働者の雇主を指します。
労働者死傷病報告は、労働災害統計の作成などに活用されており、提出された労働者死傷病報告をもとに労働災害の原因の分析が行われ、同種労働災害の再発を防止するための対策の検討に生かされるなど、労働安全衛生行政の推進に役立てられています。
(3)労災隠しの違法性
故意に労働者死傷病報告を提出しなかったり、虚偽の内容を記載した労働者死傷病報告を所轄労働基準監督署長に提出したりすると、労災隠しとして、処罰を含めた厳正な処分がなされるおそれがあります(労働安全衛生法第100条に違反し又は同法第120条第5号)。
ご相談のケースについて
労働災害が発生した場合、使用者は民事責任・刑事責任・行政責任を負う可能性があります。
もっとも、企業が労働災害の責任追及を恐れて労働者死傷病報告を提出しない場合、労災隠しとして処罰されるおそれがあります。
ご相談のケースでは、労働者死傷病報告を提出する必要があります。
もっとも、労働者死傷病報告を提出したからといって、必ずしも企業に安全配慮義務違反があったとは限りません。
被災者が労働災害として補償を受けたとしても、企業に安全配慮義務違反が認められなければ、被災者やその家族から当然には企業に対する安全配慮義務違反に基づく責任追及ができるわけではありません。
企業としては、被災者らに対し、労働災害としての補償を受けることができるような対応をするとともに、安全配慮義務違反があったかどうかは別途調査検討が必要になります。
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私たちは多数の運送会社との間で顧問契約を締結し、労務管理のサポートをしてきましたが、これまでに培った知見を整理した書籍を執筆しました。
働き方改革関連法、パワハラ防止法、民法改正、貨物自動車運送事業法改正に対応した内容となっています。労務管理に悩む運送会社やこれを支える士業の皆様のお役に立つことができれば幸いです。
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