質問

取引先から、新型コロナウイルス感染症の影響により、納期延長等の求めがあった場合、どのように対応すべきでしょうか。

回答

まずは、①契約書の文言の記載を確認・検討し、②契約書の文言に記載がなければ、事情変更の原則(民法第1条2項)の要件を検討した上で、納期延長に応じるかを決定します。

他方で、緊急事態宣言、自粛要請等の社会的背景事情をふまえて、納期延長に応じず、相手方に対して無理な取引の強要、債務不履行責任の追及等をした場合のレピュテーションリスクの考慮、今後も取引関係を継続していくべき相手方であれば信頼関係を損なうリスク等の経営判断に留意する必要があります。

解説

民法の原則である契約自由の原則により、一度契約を締結すれば、契約内容に拘束されるので、相手方の同意がない限り、一方的な納期延長の変更はできません。

契約内容に、納期延長の要件に関係する条文を定めた場合は、その条文により納期延長を請求できるか否か検討します。

しかし、契約内容に何ら定めがなければ、民法の事情変更の原則(民法第1条第2項)により相手方に納期延長を求めます。

事情変更の原則は、「契約の締結時には当事者が予想することのできなかった社会的事情の変更が生じ、契約の内容の実現をそのまま強制するこ とが不合理と認められる場合に、その内容を適切なものに変更したり、その法的効果を否定したりすることができるとする考え方である。[1]」と説明されています。

事情変更の原則の要件は、①事情変更の予見不能、②事情変更の発生が当事者に帰責事由がないことと説明される[2]一方で、裁判例[3]では、「事情変更の原則の適用を肯定するためには、契約の拘束力をそのまま認めることが信義則に反し、当事者間の衡平を欠くと認められる場合であることが必要と解される」と判示されています。

したがって、事情変更の原則は、契約締結時に①事情変更が予測不可能であったこと、②事情変更の発生には当事者に帰責事由がないこと、③事情変更の原則を認めなければ当事者間の衡平を欠くことの3つの要件に照らして検討すべきです。

本件では、①新型コロナウイルス感染症の拡大により経済取引が大幅に変更を余儀なくされることが予測不可能であったか否か(契約締結時点が一つの重要な判断要素となります。)、②経済取引が大幅に変更を余儀なくされることに当事者間の帰責事由はあるのか否か、③取引の実情等に照らして契約変更を認めなければ当事者間の衡平に反するかを検討します。

これらの要件を検討した上で、納期延長に応じる法律上の義務があるかについて結論を出します。

しかし、事情変更の原則は、上記要件が抽象的であることから、法律要件に該当するか否かについて明確な結論が出せないと考えます。

結論が出せなければ、訴訟で争われるリスクも検討し、訴訟に至る場合の訴訟費用、弁護士費用、訴訟継続の負担、敗訴リスク、レピュテーションリスク、取引関係が継続できないリスク、代替取引先の確保等を考慮して決断をしなければいけません。

したがって、納期延長に応じるか否かの判断にあたり、法律上の①契約内容の検討、②事情変更の原則の検討をする一方で、経営上の①レピュテーションリスク、②取引関係が損なわれるリスク、③代替的取引先の確保等の総合的判断をしなければ結論を出せないと考えます。

なお、下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」という。)が適用される事業者の場合、公正取引委員会から以下のような考え方が示されています。[4]

問7
 当社は、事前の契約事項や発注書面の記載内容に基づき、納入数量や納期を厳守するよう、下請事業者に対し強く働きかけたいと考えていますが、問題になりますか。

 具体的な事案の内容によりますが、新型コロナウイルス感染症の拡大防止のためにテレワークや出勤制限も求められており、取引当初に想定していない特別な事態となった場合において、下請事業者に対し、過度に当初の発注どおりの納入数量や納期を守るよう強いることは、経営基盤の弱い下請等中小企業に不当な不利益を与える行為となるおそれがあります。
 当然のことながら、下請法に定める禁止行為に該当するような行為であれば、下請法上の問題となります。

公正取引委員会が「経営基盤の弱い下請等中小企業に不当な不利益を与える行為となるおそれがあります。」と明示する一方で、下請法が定める禁止行為のいずれかに該当する旨を明示していないことから、納入期限等を強いることは、違法ではないとも考えられます。

実際に下請法が定める禁止行為(下請法第4条)には、納入期限等を厳守するように強いることを明示的に禁止する条文はありません。

しかし、公正取引委員会が「不利益を与える行為となるおそれがあります」と示しているにもかかわらず、納入期限等を守ることを強いることは、法律上、違法ではないとしてもレピュテーションリスクを別途検討しなければいけません。

新型コロナウイルス感染症により下請事業者に何ら帰責事由がないにもかかわらず、納入期限等を守るよう強いることは、今後の取引関係に影響を与えるだけではなく、他の取引先、業界からの信頼関係にも影響を与えることを十分に検討すべきでしょう。

 

[1] 我妻榮ほか「第5版 我妻・有泉コンメンタール民法—総則・物権・債権」(株式会社日本評論社、2018年、23頁)

[2]我妻榮ほか「第5版 我妻・有泉コンメンタール民法—総則・物権・債権」(株式会社日本評論社、2018年、23頁)

[3]東京地判平成25年9月10日判決/平成23年(ワ)第15860号

[4] https://www.jftc.go.jp/oshirase/coronashitaukeqa.html