1 企業秩序−退職後の競業避止義務違反と退職金不支給

【質問】

当社は介護サービスを営んでいますが、当社の従業員Xらが、退職後、当社の事務所から5Kmしか離れていない場所で新会社を設立し、同様の介護サービス会社を立ち上げて営業を行っていることが判明しました。

もっとも、当社では、社員の入社時に、「退職後5年間は当社事業所から半径10Km圏内では同種の事業を行ってはならない。違反した場合、退職金は不支給とする」旨の誓約書を差し入れさせています。

Xらは、当該誓約書に違反したものとして、退職金を0にしようと思いますが、問題があるでしょうか。

【回答】

ご相談のケースでは、Xらは入社時に会社との間で退職後も競業避止義務を負う旨の誓約書を差し入れていますが、退職後5年間、会社の事業書から半径10Km圏内での同種の事業を禁止することは過度に広範な競業避止義務を設定したものと認定されるおそれがあり、退職金を一切支給しないことは認められない可能性があります。

【解説】

競業避止義務

競業避止義務とは、社員が会社と競合する企業に就職したり、自ら競合する事業を行わない旨の義務をいいます。

労働契約における信義誠実義務(労働契約法3条4項)に基づく付随義務として、一定の範囲で競業避止義務が認められています。

もっとも、競業避止義務は、社員にとっては憲法で保障された職業選択の自由に対する制約ですから、無制限に認められるものではありません。

退職後の競業避止義務

退職後の社員に対しては、労働契約が終了している以上、労働契約の付随義務としての競業避止義務は及ばないのが原則です。

もっとも、特約等の契約上の根拠があれば例外的に退職後の社員に対して競業避止義務を負わせることは可能と考えられています。ただし、その場合も、以下の事情を総合考慮し、必要かつ合理的な範囲での制限であることが必要と解されています。

  1. 社員の自由意志に基づくものか否か
  2. 必要かつ合理的な制限か
    1. 競業行為を禁止する目的・必要性
      1. 営業秘密やノウハウ、顧客の確保、従業員の確保等
    2. 退職前の社員の地位・業務
      1. 営業秘密に接する地位であったか、顧客等との人的関係を築く業務にあったか
    3. 競業が禁止される業務の範囲・期間・地域
      1. 使用者の保有している特有の技術や営業上の情報等を用いることによって実施される業務に限られる
      2. 競業禁止の期間が2年間であれば比較的短期とされることが多い一方、5年間は長期に過ぎると評価する裁判例あり
      3. 競業禁止の範囲を会社の事業所から10Km以内と限定していても広範囲と評価する裁判例あり
    4. 代償措置の有無
      1. 代償措置を競業避止に関する特約の不可欠の要件とする裁判例がある一方、代償措置がなくてもかかる特約を有効とする裁判例あり
競業避止義務違反と退職金の不支給

社員の退職後、競業をすることを防ぐために、就業規則で同業他社に転職した場合に退職金の不支給・減額を規定している会社が見受けられます。

かかる退職金不支給・減額に関する就業規則等がない場合、退職金の不支給・減額は認められないと解されていますが、かかる就業規則等があったとしても、必ずしも文言どおり不支給・減額が認められるとは限らないことに注意が必要です。

具体的には、裁判例において、退職後6ヶ月以内に同業他社に転職した場合には退職金を支給しない旨の就業規則の規定は、退職従業員に継続した労働の対象である退職金を失わせることが相当であると考えられるような顕著な背信性がある場合に限って有効とされています(中部日本広告社事件(名古屋高裁平成2年8月31日労判569号))。

このように、形式的に就業規則等の要件に抵触していたとしても、退職金の不支給が認められない場合があり得ることに注意が必要です。

ご相談のケースについて

ご相談のケースでは、Xらは入社時に会社との間で退職後も競業避止義務を負う旨の誓約書を差し入れていますが、退職後5年間、会社の事業書から半径10Km圏内での同種の事業を禁止することは過度に広範な競業避止義務を設定したものと認定されるおそれがあり、退職金を一切支給しないことは認められない可能性があります。

2 企業秩序−在職中の競業避止義務違反と懲戒処分等

【質問】

当社は人材派遣業を営んでいますが、当社の営業部長Xらが、当社と同様の人材派遣会社を立ち上げるべく、新会社の設立準備をしていることが判明しました。

当社に在籍しながらライバル会社を設立しようとしたXらに対しては懲戒処分を下すとともに、退職金も0にしようと思いますが、認められるでしょうか。

【回答】

在職中の社員に対する競業避止義務が就業規則等で懲戒事由として規定されているのであれば、Xらに対して懲戒処分を下すことは可能です。

もっとも、退職金を0とすることについては、就業規則等に競業避止義務違反の場合に退職金を支給しない旨の規定があったとしても、必ずしも文言どおり不支給とすることが認められるとは限らないことに注意が必要です。

【解説】

競業避止義務

競業避止義務とは、社員が会社と競合する企業に就職したり、自ら競合する事業を行わない旨の義務をいいます。

労働契約における信義誠実義務(労働契約法3条4項)に基づく付随義務として、一定の範囲で競業避止義務が認められています。

もっとも、競業避止義務は、社員にとっては憲法で保障された職業選択の自由に対する制約ですから、無制限に認められるものではありません。

在職中の競業避止義務

社員が、労働契約が存続している在職中は、使用者の利益に著しく反する競業行為を差し控える義務があるとされています。

もっとも、具体的にどのような行為が競業避止義務に抵触するかはケーズバイケースであり、たとえば、在職中から競業会社の設立準備を行ったり、引き抜き行為を積極的に行ったり、競業会社に秘密情報を漏洩する等、会社の利益を著しく害する悪質な行為については、競業避止義務違反として懲戒処分の対象となったり、退職金の不支給・減額事由とされています(日本コンベンションサービス(損害賠償)事件(最高裁平成12年6月16日労判784号))。

競業避止義務違反と懲戒処分

このように、在職中の社員に対する競業禁止規定が懲戒事由として定められた場合には、かかる競業避止義務に違反した社員に対する懲戒処分の効力が認められています(キング商事事件(大阪地裁平成11年5月26日労判761号))。

競業避止義務違反と退職金の不支給

また、社員の退職後、競業をすることを防ぐために、就業規則で同業他社に転職した場合に退職金の不支給・減額を規定している会社が見受けられます。

かかる退職金不支給・減額に関する就業規則等がない場合、退職金の不支給・減額は認められないと解されていますが、かかる就業規則等があったとしても、必ずしも文言どおり不支給・減額が認められるとは限らないことに注意が必要です。

具体的には、裁判例において、退職後6ヶ月以内に同業他社に転職した場合には退職金を支給しない旨の就業規則の規定は、退職従業員に継続した労働の対象である退職金を失わせることが相当であると考えられるような顕著な背信性がある場合に限って有効とされています(中部日本広告社事件(名古屋高裁平成2年8月31日労判569号))。

このように、形式的に就業規則等の要件に抵触していたとしても、退職金の不支給が認められない場合があり得ることに注意が必要です。

3 企業秩序—退職後の秘密保持義務

【質問】

当社では、過去に当社の機密情報を持ち出して競業他社へ転職した営業員がおり、大きな損害を被ったことから、社員の入社時に「当社の機密情報については退職後、一切第三者に開示しない」旨の誓約書を提出させています。

ところが、このたび当社の営業社員Xから自主退職の申出があり、詳しく事情を聞いたところ、競業他社の営業部長からヘッドハンティングにあっていることがわかりました。Xからも入社時に上記誓約書を受領していますが、今になって誓約書は無効であると主張してきています。このようなXの主張は法的に認められるものでしょうか。

【回答】

ご相談のケースでは、退職後も社員は秘密保持義務を負うことが誓約書として明記されていますので、その秘密の性質・範囲、価値、労働者の退職前の地位に照らし、合理性が認められる場合は、当該誓約書は有効であり、Xの主張は認められないこととなります。

【解説】

退職後の秘密保持義務

社員は、その在職中、労働契約に付随する義務として、知り得た企業情報について秘密保持義務を負うものとされています(労働契約法3条4項)。

このように、労働者の秘密保持義務は、労働契約上の信義則又はこれに付随する誠実義務に基づくものであるため、退職後も当然にかかる秘密保持義務を負うものではありません。

したがって、社員の退職後も秘密保持義務を課すためには、契約上の根拠が必要となります。

退職後の秘密保持義務に関する契約の有効性

前述のとおり、退職後も秘密保持義務を課すためには、契約上の根拠が必要となるところ、かかる秘密保持義務は、就業規則等の具体的な規定により、一定の秘密保持が約定されていると認められる場合であり、当該約定の必要性や合理性が認められる限度で有効とされています。

したがって、退職後も秘密保持義務を課す必要性が乏しかったり、秘密保持義務の範囲が過度に広範であったりする場合には、かかる就業規則等の定めは無効となり得ます。

この点、クリーンケアサービスの営業担当従業員が入社5年後に、業務に関わる重要な機密事項(「顧客の名簿及び取引内容に関わる重要な事項」や「製品の製造過程、価格等に関わる事項」)について、一切他に漏らさないという誓約書を提出した事案において、裁判所は、「労働契約関係にある当事者において、労働契約終了後も一定の範囲で秘密保持義務を負担させる旨の合意は、その秘密の性質・範囲、価値、労働者の退職前の地位に照らし、合理性が認められるときは、公序良俗に反しない」と判示し、かかる誓約書の合理性を肯定しています(ダイオーズサービシーズ事件(東京地裁平成14年8月30日労判838号))。

なお、とくに就業規則等に退職後の秘密保持義務に関する明示の規定がない場合には、労働契約終了後は付随義務としての秘密保持義務も同時に終了すると考えられるため、原則として社員が秘密保持義務を負うことはないと考えられています。

「秘密」の範囲

「秘密」情報とは、非公知性のある情報であって、社外に漏洩することにより企業の正当な利益を侵害するものをいいます。

具体的な「秘密」の範囲については、業態に応じて個別具体的に判断されますが、顧客等からの信用等も「秘密」情報に含まれるものと解されています。

また、個人情報保護法によって使用者が顧客等の第三者に対して保護義務を負う個人情報については、労働者も秘密保持義務を負うこととなります。

ご相談のケースについて

ご相談のケースでは、退職後も社員は秘密保持義務を負うことが誓約書として明記されていますので、その秘密の性質・範囲、価値、労働者の退職前の地位に照らし、合理性が認められる場合は、当該誓約書は有効であり、Xの主張は認められないこととなります。

4 企業秩序−在職中の秘密保持義務

【質問】

自動車販売会社である当社では、顧客情報は重要な機密情報であることから、社員に対しては顧客の氏名・住所等が記載された営業日誌を自宅に持ち帰ることは原則として禁止しています。ところが、当社の社員Xは、終業後に自宅で訪問計画を立てるために、上司に無断で営業日誌を持ち帰っていたことが判明しました。Xの行為は機密漏洩に該当するものであり、社内処分の対象にすべきか検討していますが、何か問題があるでしょうか。

また、社員Yは、社内でパワハラにあったとして、外部弁護士に相談するにあたり、当社の人事情報や顧客情報を外部弁護士に手渡していたことが判明しました。このようなYの行為は、秘密保持義務に違反するものとして、懲戒処分の対象にすることは可能でしょうか。

【回答】

Xは、機密情報である営業日誌を無断で社外に持ち出してはいますが、その目的は自宅で訪問計画を立てることにあり、第三者に提供する目的ではなかったことから、秘密保持義務違反とはならない可能性が高いと思われます。

また、Yは、人事情報等の企業情報を第三者に提供しているものの、提供された相手方は守秘義務を負う弁護士であることから、Yについても秘密保持義務違反とはならない可能性が高いと思われます。

【解説】

秘密保持義務の根拠

社員は、その在職中、労働契約に付随する義務として、知り得た企業情報について秘密保持義務を負うものとされています(労働契約法3条4項)。

かかる在職中の秘密保持義務の有無は、就業規則に規定があるか否かを問わないものと解されていますが、就業規則に秘密保持義務が規定され、労働契約の内容となっている場合には、当該秘密保持義務違反に対して、懲戒処分や損害賠償請求等の対象となり得ます。

「秘密」の範囲

「秘密」情報とは、非公知性のある情報であって、社外に漏洩することにより企業の正当な利益を侵害するものをいいます。

具体的な「秘密」の範囲については、業態に応じて個別具体的に判断されますが、顧客等からの信用等も「秘密」情報に含まれるものと解されています。

また、個人情報保護法によって使用者が顧客等の第三者に対して保護義務を負う個人情報については、労働者も秘密保持義務を負うこととなります。

「秘密」情報の社外への持出しと秘密保持義務違反

前述のとおり、社員はその在職中、知り得た企業情報について秘密保持義務を負うものとされています。

ただし、秘密保持義務は、第三者への企業情報の提供を禁止するものであり、当該情報が記録された資料等を社外へ持ち出したことをもって直ちに秘密保持義務違反となるものではないことに注意が必要です。

たとえば、証券会社の営業員が、訪問計画を立てる目的で自宅へ営業日誌を持ち帰った事案について、第三者へ開示する意図がなかったとして、秘密保持義務違反には該当しない、と判断した裁判例があります(日産センチュリー証券事件(東京地裁平成19年3月9日労判938号))。

弁護士への提供と秘密保持義務違反

また、形式的には秘密情報の第三者への開示ではあるものの、弁護士に相談するために企業情報を無断で開示することは、弁護士が守秘義務を負っていること(弁護士法23条)や、社員等の権利保護のために必要があることから、秘密保持義務違反とはならないと解されています(メリルリンチ・インベストメント・マネージャーズ事件(東京地裁平成15年9月17日労判858号))。

同様に、内部告発に関して企業情報を第三者に提供する場合も、その提供の目的、態様、開示(通報)の相手方等を総合考慮して、秘密保持義務違反となるかが判断されることとなります。

ご相談のケースについて

Xは、機密情報である営業日誌を無断で社外に持ち出してはいますが、その目的は自宅で訪問計画を立てることにあり、第三者に提供する目的ではなかったことから、秘密保持義務違反とはならない可能性が高いと思われます。

また、Yは、人事情報等の企業情報を第三者に提供しているものの、提供された相手方は守秘義務を負う弁護士であることから、Yについても秘密保持義務違反とはならない可能性が高いと思われます。

5 企業秩序−勤務時間外に同僚へ政治活動等を勧める社員に対する処分

【質問】

このたび、当社の人事部に対して、女性社員Yから同僚の男性社員Xについてクレームが寄せられ、対応に苦慮しています。

Yからのクレームの内容は、XがYに対して、休日に何度も自宅まで押し掛け、Xの加入する政治団体への加入や当該団体の機関誌の定期購読等を繰り返し勧めてきており、出社するのも怖くなってきている、というものです。

Xは以前も別の社員に対して同じような行動をとったことがあるため、Xに対して懲戒処分として減給処分を下そうと考えていますが、問題ないでしょうか。

【回答】

ご相談のケースでは詳細な事実関係が明らかではありませんが、従業員の私生活上の言動であり、従業員同士の間でのやり取りであっても、企業の利益を害するおそれのある場合は懲戒処分の対象となり得ます。

したがって、事実関係次第ですが、Xに対する懲戒処分としての減給処分も認められる場合があるものと思われます。

【解説】

企業秩序と服務規律

服務規律とは、服務に関する規範を中心として、会社が社員に対して設定する就業規則上の行為規範をいいます。

かかる服務規律の根拠として、判例上、会社は、労働契約関係に基づき、社員に対して企業秩序維持のために必要な措置を講ずる権能を持つとともに、社員は企業秩序を遵守すべき義務を負っている、とされています(JR東日本(高崎西部分会)事件(最高裁平成8年3月28日労判696号))。

職場外の行為と企業秩序

もっとも、かかる服務規律は社員が職場で服するルールであり、職場外における社員の行為には及ばないのが原則です。ただし、例外的に、職場外の行為が職場における職務に重大な悪影響を及ぼす場合には、服務規律の効力が及び、会社は当該社員に対して懲戒その他の処分を行うことが可能となります。

具体的には、最高裁判例において、職場外での職務遂行に関係がない行為であっても、企業秩序に直接の関係を有するものや、評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められる行為については、企業秩序維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もあり得る、とされています(国鉄中国支社事件(最高裁昭和49年2月28日労判196号))。

また、ご相談のケースと類似した裁判例として、私生活上、同僚の自宅を繰り返し訪問して政治活動や新聞、職場サークルへの勧誘をすすめたことに対する懲戒処分の効力が争われた事案においても、従業員の私生活上の言動であっても、企業の運営に何らかの悪影響を及ぼし、それによって企業の利益が害され、又は害されるおそれのある場合は、その限りにおいて懲戒の対象となしうるとし、従業員相互間での強要行為であっても、会社による懲戒処分の可能性を認めつつ、結論としては懲戒処分を無効としたものがあります(愛知機械工業事件(名古屋地裁昭和45年12月18日労判119号))。

ご相談のケースについて

ご相談のケースでは詳細な事実関係が明らかではありませんが、従業員の私生活上の言動であり、従業員同士の間でのやり取りであっても、企業の利益を害するおそれのある場合は懲戒処分の対象となり得ます。

したがって、事実関係次第ですが、Xに対する懲戒処分としての減給処分も認められる場合があるものと思われます。

6 企業秩序−休日に飲酒運転を行った社員に対する懲戒処分

【質問】

当社の社員Xは、休日に飲酒運転により自宅近くのコンビニへ衝突事故を起こしてしまい、警察沙汰になってしまいました。

当社の就業規則には、「会社の信用を毀損した場合」には懲戒処分の対象とする旨の一般的な規定はありますが、直接飲酒運転を禁止した規定はありません。もっとも、当社では営業部隊は日常的に社用車を使用していることから、会社として飲酒運転禁止キャンペーンを展開しており、その最中に事故を起こしたXに対しては厳罰をもって臨みたいと考えています。当社がXを懲戒解雇することは問題ないでしょうか。

【回答】

社員が飲酒運転を行った場合の懲戒解雇の有効性については、①行為者の属性(職種、役職、勤務状況等)、②行為の状況・内容(飲酒の量、被害の有無、毒、事後の対応等)、③社会的影響の有無・程度、④懲戒規定の周知徹底の有無・程度、⑤その他情状等を総合考慮して、懲戒解雇の有効性を判断しており、飲酒運転をしたからといって直ちに当該社員に対する懲戒解雇等が認められるものではありません。

ご相談のケースでは、会社が飲酒運転禁止キャンペーンを行っている最中にXは飲酒運転により事故を起こしていますが、Xの職位や勤務状況、飲酒量や飲酒運転の動機等によってはXに対する懲戒解雇は認められない可能性があることに注意が必要です。

【解説】

企業秩序と服務規律

服務規律とは、服務に関する規範を中心として、会社が社員に対して設定する就業規則上の行為規範をいいます。

かかる服務規律の根拠として、判例上、会社は、労働契約関係に基づき、社員に対して企業秩序維持のために必要な措置を講ずる権能を持つとともに、社員は企業秩序を遵守すべき義務を負っている、とされています(JR東日本(高崎西部分会)事件(最高裁平成8年3月28日労判696号))。

職場外の行為と企業秩序

もっとも、かかる服務規律は社員が職場で服するルールであり、職場外における社員の行為には及ばないのが原則です。ただし、例外的に、職場外の行為が職場における職務に重大な悪影響を及ぼす場合には、服務規律の効力が及び、会社は当該社員に対して懲戒その他の処分を行うことが可能となります。

具体的には、最高裁判例において、職場外での職務遂行に関係がない行為であっても、企業秩序に直接の関係を有するものや、評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められる行為については、企業秩序維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もあり得る、とされています(国鉄中国支社事件(最高裁昭和49年2月28日労判196号))。

かかる判例の基準は、飲酒運転に関する裁判例においても引用されており、参考になるものと思われます(ヤマト運輸(懲戒解雇)事件(東京地裁平成19年8月27日労判945号))。

休日の飲酒運転を理由とする懲戒解雇の可否

社員が飲酒運転を行った場合の懲戒解雇の有効性に関する裁判例を整理すると、概要以下のとおりです。

これらの裁判例では、①行為者の属性(職種、役職、勤務状況等)、②行為の状況・内容(飲酒の量、被害の有無、毒、事後の対応等)、③社会的影響の有無・程度、④懲戒規定の周知徹底の有無・程度、⑤その他情状等を総合考慮して、懲戒解雇の有効性を判断しているものと思われます。

裁判例 事案の概要 考慮要素 処分の適法性
職員地位確認等請求事件(宮崎地裁平成21年2月16日) 深夜飲酒し、自宅に向かう途中に酒気帯び運転で検挙され、20万円の略式命令を受けた職員を、市が懲戒免職した事案
  1. 市職員(公務員)
  2. 飲酒した飲食店付近に自車で赴いた、必要に迫られて酒気帯び運転に及んだのではない、飲酒量が少なくない、アルコール保有量も多量
  3. 飲酒運転撲滅の社会的な機運が高まっていた
適法(○)
豊中市水道局職員(懲戒免職)事件(大阪地裁平成18年9月27日) 飲酒運転で対向車と2度衝突事故を起こして3名に傷害を負わせ、いずれも警察に通報せずその場を立ち去って検挙され、50万円の罰金と5年間の免許停止に付された職員(係長)を、市が懲戒免職した事案
  1. 管理職
  2. 飲酒量が相当多量、2度の事故を起こし3名の被害者を出した、救護措置をとらずに走り去った、当初警察官に報告しなかった
  3. 新聞報道された、道路交通法の罰則が強化された
  4. 飲酒運転の禁止等について繰り返し周知徹底が図られていた
適法(○)
ヤマト運輸(懲戒解雇)事件(東京地裁平成19年8月27日) 業務終了後飲酒し、自宅に向かう途中に酒気帯び運転で検挙され、30日間の免許停止と20万円の罰金に処せられたセールスドライバーを懲戒解雇した事案
  1. セールスドライバー
  2. セールスドライバーの飲酒は社会的評価の低下に結びつく
適法(○)
加西市(職員・懲戒免職)事件(大阪高裁平成21年4月24日) 休日に酒気帯び運転で検挙され、罰金20万円及び30日間の免許停止に付された職員について、市が懲戒免職した事案
  1. 管理職だが、懲戒免職によって収入を失う、38年間真面目に勤務し退職間際であった
  2. 事件後の対応が良好、違反距離がわずか400メートル時速40キロに過ぎなかった、アルコール量が最低限であった、パトカーの追跡に気がついて自発的に停車させた、最初から酒気帯び運転をするつもりではなく、酔い覚ましに30〜40分過ごしていた
違法(×)
京都市(市職員・懲戒免職処分)事件(京都地裁平成21年6月25日) 自動二輪車に、酒気帯び、免許不携帯、自動車登録番号標等の表示義務違反、一方通行禁止違反の状態で試乗し、逮捕された職員を市が懲戒免職した事案
  1. 管理職ではない
  2. 飲酒量が相当程度高く、一方通行を逆走する等危険であったり、新車を試乗したいという安直な動機であったものの、10年間懲戒処分を受けておらず、飲酒運転等を繰り返していたような事情も伺われず、事故を起こしておらず私生活上の非行であった
違法(×)
大阪市教委(高校管理作業員・懲戒免職)事件 深夜、自宅に戻るために酒気帯び運転して検挙され、30万円の罰金と免許停止に処せられた職員を懲戒免職した事案
  1. 教員ではなく、業務に支障が生じたり適格性に疑義が生じたりしていない、これまで懲戒処分を受けておらず真摯に職務を遂行していた
  2. 危険な行為であったり、アルコール量も少なくなく、タクシーを使うこともできたものの、事故を起こしていない
違法(×)

ご相談のケースについて

以上の裁判例に照らすと、ご相談のケースでは、会社が飲酒運転禁止キャンペーンを行っている最中にXは飲酒運転により事故を起こしていますが、Xの職位や勤務状況、飲酒量や飲酒運転の動機等によってはXに対する懲戒解雇は認められない可能性があることに注意が必要です。

7 企業秩序−会社に無断で兼業している社員に対する懲戒処分

【質問】

当社の就業規則では、「当社の許可なく、社員は他人に雇い入れられてはならない」旨規定しており、違反した場合には懲戒事由に該当することとしています。

ところが、社員Xは、平日の就業時間後や、休日中に、当社の許可なく無断で副業を行っており、それなりの収入を得ていることが判明しました。

そこで、当社としては、無断兼業を禁止している当社就業規則違反を理由に、Xに対して懲戒解雇処分を下そうと思いますが、何か問題があるでしょうか。

【回答】

会社が社員に対して許可なく兼業することを禁止する旨の規定自体は基本的に有効と考えられていますが、兼業は本来会社の労働契約上の権限の及ばない、社員の私生活上の行為であることから、形式的に兼業禁止規定に違反したとしても、職場秩序に影響せず、かつ、会社に対する労務提供に格別の支障を生ぜしめない程度・態様であれば、実質的には兼業禁止規定に違反しないものと考えられています。

ご相談のケースでも、Xの行為は形式的には会社の兼業禁止規定に違反していますが、会社の職場秩序に違反せず、かつ、会社に対する労務提供に格別の支障を生ぜしめない程度・態様であれば、実質的には当該規定に違反していないものとして、懲戒解雇は認められない可能性があることに注意が必要です。

【解説】

企業秩序と服務規律

服務規律とは、服務に関する規範を中心として、会社が社員に対して設定する就業規則上の行為規範をいいます。

かかる服務規律の根拠として、判例上、会社は、労働契約関係に基づき、社員に対して企業秩序維持のために必要な措置を講ずる権能を持つとともに、社員は企業秩序を遵守すべき義務を負っている、とされています(JR東日本(高崎西部分会)事件(最高裁平成8年3月28日労判696号))。

職場外の行為と企業秩序

もっとも、かかる服務規律は社員が職場で服するルールであり、職場外における社員の行為には及ばないのが原則です。ただし、例外的に、職場外の行為が職場における職務に重大な悪影響を及ぼす場合には、服務規律の効力が及び、会社は当該社員に対して懲戒その他の処分を行うことが可能となります。

具体的には、最高裁判例において、職場外での職務遂行に関係がない行為であっても、企業秩序に直接の関係を有するものや、評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められる行為については、企業秩序維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もあり得る、とされています(国鉄中国支社事件(最高裁昭和49年2月28日労判196号))。

兼業禁止規定の有効性

実務上、「会社の許可なく他人に雇い入れられること」を就業規則において禁止し、その違反を懲戒事由としている会社は相当数あります。

かかる兼業禁止規定については、社員の私生活上の自由等を根拠としてその有効性を否定する見解もありますが、これまでの裁判例上、当該規定の有効性そのものが問題となることはほとんどないといえます。

兼業禁止規定違反に対する懲戒処分の可否

もっとも、兼業も基本的には会社の労働契約上の権限の及ばない社員の私生活上の行為ですので、かかる兼業禁止規定やその適用の有効性が問題になる場合も考えられます。

裁判例においては、兼業禁止規定違反については、会社の職場秩序に影響せず、かつ会社に対する労務の提供に格別の支障を生ぜしめない程度・態様の兼業は当該兼業禁止規定に抵触しない、とするとともに、そのような影響・支障のあるものは当該兼業禁止規定に抵触し、懲戒処分の対象になるものと解しています(橋本運輸事件(名古屋地裁昭和47年4月28日)、上智学院(懲戒解雇)事件(東京地裁平成20年12月5日労判981号))。

具体的には、労務提供に支障を来す程度の長時間の兼業(小川建設事件(東京地裁昭和57年11月19日))、競業会社の取締役への就任(東京メデカルサービス事件(東京地裁平成3年4月8日労判590号))、使用者が従業員に対して特別加算金を支給しつつ残業を廃止し、疲労回復・能率向上に努めていた期間中の同業会社における労働(昭和室内装備事件(福岡地裁昭和47年10月20日))、病気による休業中の自営業経営(ジャムコ立川工場事件(東京地裁八王子支部平成17年3月16日労判893号))などが、かかる兼業禁止規定に違反するものとされています。

ご相談のケースについて

ご相談のケースでは、Xの行為は形式的には会社の兼業禁止規定に違反していますが、会社の職場秩序に違反せず、かつ、会社に対する労務提供に格別の支障を生ぜしめない程度・態様であれば、実質的には当該規定に違反していないものとして、懲戒解雇は認められない可能性があることに注意が必要です。

8 企業秩序−私生活上の犯罪行為を行った社員に対する懲戒処分

【質問】

当社福岡支店の支店長Xは、休日にカラオケ店で女性に対してわいせつ行為を働いたとのことで、地元警察に逮捕されてしまい、事件は地元新聞にも掲載されてしまいました。

社内調査の結果、Xには過去にも同様のわいせつ行為や痴漢行為等で逮捕・起訴された犯歴があることが判明したため、今回の逮捕を理由に、Xを懲戒解雇することを検討しています。当社はXを懲戒解雇することは認められるでしょうか。

【回答】

社員の私生活上の犯罪行為に係る懲戒処分の有効性については、①犯罪行為の重大性、②会社の事業の内容・規模、③当該社員の会社内における地位、④会社に対する影響の程度等がポイントとなるところ、わいせつ行為は軽微な犯罪とはいえず、Xには過去にも同種の犯歴があること、また、Xは支店長の立場にあること、さらに、Xによる犯罪行為が地元新聞に掲載されており、会社の名誉・信用に少なくないダメージを与えたこと等を考慮すると、Xに対する懲戒解雇は有効に認められるものと思われます。

【解説】

企業秩序と服務規律

服務規律とは、服務に関する規範を中心として、会社が社員に対して設定する就業規則上の行為規範をいいます。

かかる服務規律の根拠として、判例上、会社は、労働契約関係に基づき、社員に対して企業秩序維持のために必要な措置を講ずる権能を持つとともに、社員は企業秩序を遵守すべき義務を負っている、とされています(JR東日本(高崎西部分会)事件(最高裁平成8年3月28日労判696号))。

職場外の行為と企業秩序

もっとも、かかる服務規律は社員が職場で服するルールであり、職場外における社員の行為には及ばないのが原則です。ただし、例外的に、職場外の行為が職場における職務に重大な悪影響を及ぼす場合には、服務規律の効力が及び、会社は当該社員に対して懲戒その他の処分を行うことが可能となります。

具体的には、最高裁判例において、職場外での職務遂行に関係がない行為であっても、企業秩序に直接の関係を有するものや、評価の低下毀損につながるおそれがあると客観的に認められる行為については、企業秩序維持確保のために、これを規制の対象とすることが許される場合もあり得る、とされています(国鉄中国支社事件(最高裁昭和49年2月28日労判196号))。

私生活上の犯罪行為を理由とする懲戒処分の可否

社員が私生活上の犯罪行為を行った場合の懲戒処分の有効性に関する裁判例を整理すると、概要以下のとおりです。

裁判例 判決の概要
国鉄中国支社事件(最高裁昭和49年2月28日労判196号) 以前犯した犯罪行為による休職中に政治活動に参加して再度犯罪行為を行った国鉄職員に対して懲戒免職処分を下したところ、懲役刑の程度、これまでの犯罪歴等を考慮し、懲戒免職処分を有効とした。
小田急電鉄(退職金請求)事件(東京高裁平成15年12月11日労判867号) 鉄道会社の社員が複数回にわたり電車内で行った痴漢行為により逮捕・起訴された事案について、軽微な犯罪とはいえないこと、鉄道会社の社員は倫理規範として痴漢行為を行ってはならないこと、会社が痴漢行為撲滅運動に力を入れていたこと等を根拠に懲戒解雇を有効とした。
退職金等請求事件(東京地裁平成18年5月31日) 死体遺棄罪で刑事処分を受けた社員に対する懲戒解雇について、犯罪の内容(実父の遺体を4ヶ月放置)、処分の内容(懲役2年執行猶予3年)、職務上の地位(管理職で部下が9名)、報道の状況(マスコミで繰り返し報道され、会社の名誉等を毀損)等を根拠として、有効とした。
横浜ゴム事件(最高裁昭和45年7月28日) 住居侵入罪を犯して罰金刑に処せられた社員に対する懲戒解雇について、私生活上の範囲内で行われたものであること、罰金刑の程度(2,500円)、社員の職務上の地位(工員に過ぎず、管理職ではない)などを考慮して、無効とした。
日本鋼管事件(最高裁昭和49年3月15日) 米軍基地拡張の反対運動に参加し、刑事特別法に違反して罰金刑に処せられた社員らに対する懲戒解雇及び諭旨解雇について、動機(破廉恥な動機・目的ではない)、罰金刑の程度(2,000円)、会社の規模(社員3万名の大企業)、社員の会社内における地位(工員に過ぎない)等を考慮して、無効とした。

これらの裁判例から読み取れるとおり、社員の私生活上の犯罪行為について懲戒処分を下す場合、その有効性については、①犯罪行為の重大性、②会社の事業の内容・規模、③当該社員の会社内における地位、④会社に対する影響の程度等がポイントとなるものと思われます。

ご相談のケースについて

わいせつ行為は軽微な犯罪とはいえず、Xには過去にも同種の犯歴があること、また、Xは支店長の立場にあること、さらに、Xによる犯罪行為が地元新聞に掲載されており、会社の名誉・信用に少なくないダメージを与えたこと等を考慮すると、Xに対する懲戒解雇は有効に認められるものと思われます。

参考文献

菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)

(注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき作成しておりますが、最新の法例、判例等との一致を保証するものではございません。また、個別の案件につきましては専門家にご相談ください。