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法人が業務の過程でもっともよく目にする契約書の一つが、「秘密保持契約書」かと思われます。

秘密保持契約は、たとえば自社の機密情報を共有して共同開発等を行うことを目的とする事業統合を検討している企業間において、当該事業統合の前提として、機密情報の交換についてのルールを規定する目的で締結されることが一般的です。

このように、秘密保持契約は、いわば「本来の目的である取引の前提」としての契約であり、本来の目的である取引とセットで「とりあえず」作成されることも少なくないため、秘密保持契約書そのものがテンプレート化しつつあり、その内容を十分に理解しないまま安易に締結している企業も少なくないかと思います。

しかし、インターネット等により容易に機密情報が漏洩・拡散しやすい時代でもあり、秘密保持に関する紛争が生じる可能性は徐々に高まっており、きちんとチェックして内容を理解した上で締結しておかないと、ある日突然責任を問われるといったことにもなりかねません。

秘密保持契約自体はA4で2~3頁程度の短いものが大半ですが、秘密保持契約の意義及び検討すべきポイントについて一般的な構成に沿って解説します。

はじめに 秘密保持契約を締結する意義

秘密保持契約とは、一般的に、取引の交渉過程において当事者が秘密情報の開示を必要とする場合に、開示した秘密情報を第三者に漏洩したり、当該交渉以外の目的で使用されたりすることを防ぐために締結する契約のことをいいます。「秘密保持契約」という名称以外に、「守秘義務契約」や、“CA”(Confidential Agreement)、“NDA”(Non-Disclosure Agreement)と呼ばれることもありますが、いずれも契約の目的・効力に違いはありません。

とくに先端の技術やビジネス手法を売りとするベンチャー企業にとって秘密情報の保護は最重要課題の一つですし、通常の事業会社であっても競業他社との業務提携等を検討するにあたって自社の顧客情報・製品情報等を交換することは一般的であり、秘密保持契約は企業にとって最もなじみ深い契約であるといっても過言ではありません。しかし、実務上、秘密保持契約は業務提携等に際して、交渉の一環として内容を十分に精査しないまま締結されることも少なくなく、秘密保持契約が何のために必要であり、秘密保持契約のどの条項がポイントかについては十分に理解されていないように思われます。

まず、秘密保持契約が自社の機密情報を守るためのものでいうべきことはいうまでもありません。具体的には、秘密保持契約書において、いかなる範囲の情報を「秘密情報」として保護の対象とし、守秘義務違反があった場合にどのような責任を負うか明確にしておくことで、自社の機密情報を侵害された場合に、契約上の保護を及ぼすことが可能となります

また、契約上の保護を及ぼすだけでなく、秘密保持契約を締結することにより、自社の機密情報が法律上の保護対象となることも明確にすることが可能となります。たとえば、不正競争防止法上、「営業秘密」の開示は差止請求や損害賠償請求の対象となります(不正競争防止法2条1項7号)が、秘密保持契約を締結せずに開示された情報は、かかる不正競争防止法の保護対象となる「営業秘密」に該当しないと判断されるおそれがあります。そのため、不正競争防止法上の「営業秘密」として同法による保護の対象となることを明確にすべく、秘密保持契約を締結した上で他社に情報を提供することが重要となります。

さらに、特許法上、「特許出願前に日本国内又は外国において公然と知られた発明」は特許の対象とはならない(特許法29条1項1号)こととされており、情報を提供した相手方当事者との間に守秘義務が課せられていない場合には、上記「公然と知られた発明」となると一般に考えられています。そのため、秘密保持契約を締結せずに、自社の発明を相手方企業に開示した場合には、その発明について特許を取得できなくなる可能性があります

このように、秘密保持契約を締結することにより、自社の機密情報に対して、契約上及び法律上の保護を及ぼすことが可能となります。

秘密保持契約の構成

秘密保持契約はA4サイズで2~3頁程度のシンプルなものが大半ですが、主に、秘密保持義務の主体、秘密情報の定義、秘密情報の利用目的、守秘義務、秘密情報の管理、秘密情報の返還・廃棄、有効期間等に関する条項から構成されます。以下、各項目に沿ってポイントを解説するとともに、末尾に具体的な秘密保持契約のサンプルを添付しておきます。

秘密保持義務の主体

まず、契約当事者の双方が秘密保持義務を負うのか、一方のみが秘密保持義務を負うのかを決める必要があります。主に一方当事者から秘密情報の開示がなされる場合でも、他方当事者からも秘密情報の開示がなされる可能性がある場合には、双方が秘密保持義務を負う形式にしておく必要があります。

また、秘密保持契約をドラフト・レビューするに際しては、自社が情報を開示する側なのか(以下、「情報開示者」といいます。)、それとも情報を受領する側なのか(以下、「情報受領者」といいます。)によって、各条項に対する姿勢が大きく変わりうるため、自社がどちらの立場にあるのかを強く意識することが大切です。

一般論として、情報開示者にとっては、秘密情報の範囲は広く、利用目的の範囲や情報受領者が秘密情報を例外的に開示できる第三者の範囲は狭く、かつ、秘密保持の有効期間は長くするのが有利な契約ということができます。これに対して、情報受領者にとってはその反対であり、秘密情報の範囲は狭く、利用目的の範囲や情報受領者が機密情報を例外的に開示できる第三者の範囲は広く、かつ、秘密保持の有効期間は短くするのが有利な契約といえます。

「秘密情報」の定義(☆)

秘密保持契約において、いかなる情報を「秘密情報」として定義するかが最も重要な問題であり、当該契約のコアとなるものといえます。

一般的には、情報受領者が、情報開示者から受け取る情報のうち、守秘義務を負うべき「秘密情報」の内容を定義します。これにより、情報受領者が契約に基づき守秘義務を負うべき対象が明確化されることになります。

秘密情報の定義の仕方には様々な方法がありますが、典型的なものとしては、まず「秘密情報」の範囲を幅広に一般的に規定した後、秘密保持の対象とするのになじまない一定の情報について当該「秘密情報」から除外する方法があります。

本契約において秘密情報とは、本件経営統合のために甲が乙に対して開示する一切の情報とする。ただし、以下の各号の一に該当する情報は秘密情報に含まれない。

  • 本契約締結前に、既に公知となっている情報
  • 本契約締結後、甲又は乙の責めによらずに公知となった情報
  • 情報開示者より取得する前に、既に自ら保有していた情報
  • 正当な情報を有する第三者から守秘義務を負うことなく入手した情報
  • 情報開示者から開示された後に本件経営統合に関係なく自ら調査、分析等を行うことにより得られた情報

秘密情報の利用目的(☆)

秘密情報は、情報開示者にとって事業や取引の根幹に関わる機密情報であることも多く、情報受領者に守秘義務を課す必要のある情報であることから、秘密保持契約においてその利用目的を定め、当該目的以外での利用を禁じることが一般的です。この利用目的は、契約当事者がどこまで秘密情報を利用してよいか、その範囲を画することにもなりますので、明確に定める必要があります。

情報受領者は、情報開示者から提供された秘密情報を、本件取引を検討する目的のためにのみ使用するものとし、その他の目的に使用しないものとする。

なお、上記例では、「本件取引」を検討することが秘密情報の利用目的となりますので、「本件取引」の内容についても秘密保持契約の中で明確に定義する必要があります

守秘義務(☆)

秘密情報の漏洩を禁止する項目であり、秘密保持契約の核心部分といえます。

甲及び乙は、秘密情報を第三者に開示しないことに合意する。

ただし、これだけでは第三者に秘密情報を開示することが一切禁止されてしまうため、秘密情報を開示しても構わない事由や場面を列挙し、当該事由等に該当する場合には守秘義務の例外とすることが一般的です。

甲及び乙は、秘密情報を第三者に開示又は漏洩しないことに合意する。ただし、以下の各号の一に該当する場合はこの限りでない。

  • 情報開示者から事前に承諾を得て第三者に開示する場合
  • 本件取引に関わる役員及び従業員に対して開示する場合
  • 本件取引の遂行に必要な限度で、法令上守秘義務を負う弁護士等の専門家に対して開示する場合

秘密情報の管理

秘密情報の漏洩を防止する観点から、受領した秘密情報についていかなる場合にコピーすることを認めるか等、秘密情報の管理方法を定めます。

かかる管理方法について明確に規定しておかないと、情報受領者は自由にコピー等を作成することが可能となり、第三者への情報漏洩が生じるリスクや、目的外利用が生じるおそれがあるため、実務上は重要な条項といえます。

情報受領者は、情報開示者の書面による承諾がない限り、秘密情報を複写又は複製してはならない。

秘密情報の返還・廃棄

情報開示者から提供された秘密情報について、情報開示者から請求を受けたときや、秘密保持契約の終了時等にその返還や廃棄を求められる場合が考えられます。

もっとも、実務上、いったん受領した秘密情報が記載された社内資料等(たとえば決済書や稟議書等)を社内からすべて消去することは現実的に困難です。また、事後的に監督当局等からの検査要請に対応すべく、一定の情報については情報受領者の下で保管しておくべき場合も考えられます。

したがって、例外的に一定の場合には、秘密情報の廃棄・返却を要しないことを秘密保持契約に定めておくことが必要になります。

甲及び乙は、本契約が事由のいかんを問わず終了した後、相手方から請求を受けたときは、相手方より開示された秘密情報等を廃棄、消去し、又は相手方に返却しなければならない。

ただし、甲及び乙の社内文書に記載された秘密情報及び電磁的情報記録システムに記録された秘密情報のうち、法令等遵守のため、又は甲若しくは乙の社内規則上保管が必要なものについては、廃棄、消去又は相手方への返却を要しないものとする。

有効期間

前述のとおり、情報開示者の立場からすれば、情報受領者が守秘義務に拘束される期間をできるかぎり長くした方が有利といえますが、もともと秘密保持契約は、本体である案件(たとえば情報受領者との経営統合に向けた協議や特許を活用したジョイントベンチャーの立ち上げ等)を円滑に遂行するための前提としての契約であることから、当該案件の内容に応じて妥当な有効期間を設定すれば足り、当該案件と無関係に不相当に長期に設定する必要はありません。

また、情報受領者の立場からすれば、無用に秘密保持契約に拘束されることのないよう、当該案件の検討に必要十分な期間を設定する必要があります。また、情報管理の観点からも、秘密保持契約を自動更新とすることは極力回避すべきといえます。

有効期間の長さは案件に応じてケースバイケースですが、実務上、おおよそ6ヶ月〜1年間程度であることが一般的かと思います。

秘密保持義務違反の効果

情報受領者が第三者に対して秘密情報を漏洩する等、秘密保持義務に違反した場合、情報開示者は情報受領者に対して、契約違反として債務不履行に基づく損害賠償請求が認められます。

もっとも、実務上、秘密保持義務違反と生じた損害との因果関係を立証するのは容易ではなく、いかなる範囲で損害賠償が認められるのかについては、実例が少なく、明確ではありません。なお、こうした損害賠償の範囲について後日紛争となる事態を防ぐべく、損害賠償請求の条項の規定の仕方として、あらかじめ損害賠償額を明示しておくことも考えられますが、秘密保持契約に関してはこれまでのところこうした損害賠償額の定めを規定している例を見たことはなく、一般的ではないと思われます。

また、秘密保持義務違反の効果として、ときどき契約の解除を定めている例も散見されますが、秘密保持契約を解除しても、情報受領者による秘密保持義務がなくなるだけですので、情報開示者からすれば、秘密保持の期間が短くなるだけであまり意味がなく、解除規定は定めないのが通常です。

終わりに

秘密保持契約は、とくに法人のお客様が締結する契約の中で、最も件数の多い契約の一つかと思います。秘密保持契約それ自体はあくまで当事者間で検討している案件の前提として締結されるものにすぎませんが、当該案件について円滑に協議・検討を進めていくためには不可欠の重要な契約です。

そして、秘密保持契約も契約である以上、当該契約を締結することによって契約当事者は契約内容に拘束されることになるため、「秘密情報」の定義や利用目的等、中核をなす条項については慎重に文言を練る必要があります。

また、お客様が情報を開示する側・受領する側いずれかによって秘密保持契約に対するスタンスも大きく異なりますので、情報開示者の立場としては、相手方に課すべき守秘義務としてその内容で十分であるのか否か、情報受領者の立場としては、その契約内容をきちんと履行できるのか否か等を十分に確認する必要があります。

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