判例:東京高等裁判所令和6年5月15日判決(令和5年(ネ)第4464号、同第5382号)
原審:東京地方裁判所立川支部令和5年8月9日判決(平成31年(ワ)第187号)

本件のポイント

出来高払制賃金の厳格な解釈

引越運送会社の「業績給(売上給・件数給)」「愛車手当」「無事故手当」等の各種手当について、労働基準法上の「出来高払制賃金」には該当しないと判断しました。裁判所は、出来高払制と認められるには、労働者の「労働給付の成果(本件では作業量や運搬距離)」と賃金額が明確に連動している必要があり、売上額や件数との緩やかな相関関係では不十分であるとの考え方を示しました。

着替え時間の労働時間性

就業規則で着用が義務付けられている作業服への着替え時間について、使用者の指揮命令下に置かれた時間であるとして、労働時間に算入すべきであると判断しました。

変形労働時間制の無効

1年単位の変形労働時間制について、就業規則等で各日の始業・終業時刻が具体的に特定されておらず、また、会社の都合で公休日が出勤日に変更される実態があったことから、労働者の生活設計に支障を生じさせ得るとして、無効であると判断しました。

割増賃金の算定基礎の範囲

上記の判断に基づき、各種手当を割増賃金の算定基礎に含め、着替え時間も労働時間として計算し、変形労働時間制の適用を否定した上で、会社に対して未払割増賃金及び付加金の支払いを命じました。

事案の概要

本件は、大手引越運送会社である株式会社サカイ引越センター(以下「会社」)の元従業員(引越運送業務に従事する現業職、以下「従業員ら」)が、会社に対し、未払の時間外労働等に対する割増賃金及び付加金の支払いを求めた事案です。

会社は、給与体系において「業績給A(売上給・件数給)」「業績給B」「愛車手当」「無事故手当」といった複数の手当を支給していました。会社はこれらの手当を、労働基準法施行規則第19条1項6号に定める「出来高払制その他請負制によって定められた賃金」(いわゆる出来高払制賃金)に該当するものとして、月々の割増賃金を計算する際の基礎となる賃金(基礎賃金)から除外していました。

また、会社は1年単位の変形労働時間制を採用していると主張していました。

これに対し、従業員らは、

  1. 上記の手当は、出来高払制賃金には該当せず、基礎賃金に含めるべきである。
  2. 会社の採用する1年単位の変形労働時間制は、要件を満たしておらず無効である。
  3. 始業前の作業服への着替え時間や、終業後の着替え時間も労働時間に該当する。

などと主張し、これらを前提に再計算した割増賃金等が未払いであるとして提訴しました。

第一審(東京地裁立川支部)は従業員らの主張を概ね認め、会社に未払割増賃金等の支払いを命じました。これを不服とした会社が控訴し、従業員らも附帯控訴したのが本件です。

主な争点

本件の主な争点は以下の通りです。

  1. 業績給A(売上給・件数給)、業績給B、愛車手当、無事故手当は、割増賃金の算定基礎から除外できる「出来高払制賃金」に該当するか。
  2. アンケート手当等は、算定基礎から除外できる「臨時に支払われた賃金」に該当するか。
  3. 始業前の準備・着替えや終業後の片付け・着替えの時間は、労働時間に算入されるか。
  4. 会社が採用していた1年単位の変形労働時間制は、法的に有効か。

裁判所の判断理由

高等裁判所は、第一審判決を全面的に支持し、会社の控訴を棄却しました。その判断理由は以下の通りです。

各種手当の「出来高払制賃金」該当性について(争点1)

裁判所はまず、「出来高払制その他の請負制」とは、「労働者の賃金が労働給付の成果に一定比率を乗じてその額が定まる賃金制度」をいうと定義しました。その上で、本件の引越運送業務における「労働給付の成果」とは、「作業量や運搬距離」をもって評価するのが相当であると判示しました。

この基準に基づき、各手当を検討した結果、いずれも出来高払制賃金には該当しないと結論付けました。

  • 業績給A(売上給)
    売上額は、営業担当者と顧客との交渉によって決まるものであり、必ずしも作業員の「作業量」と連動しない。また、どの案件を担当するかは配車係の裁量で決まり、作業員自身の自助努力が賃金に反映される仕組みとは言い難い。
  • 業績給A(件数給)
    引越案件の規模は様々であり、担当した「件数」が多ければ作業量も多いとは限らず、作業量と連動しているとはいえない。
  • 業績給B、愛車手当、無事故手当
    これらは特定の作業や条件を満たした場合に支払われる手当であり、労働の成果である「作業量や運搬距離」に応じて支払われる賃金とは評価できない。

特に、会社側は各種手当が作業量と「相関関係にある」と主張しましたが、裁判所は「法の予定する出来高払制というためには、このような緩やかな相関関係では不十分である」と明確に指摘し、厳格な連動性を求めました。

アンケート手当等の臨時性について(争点2)

アンケート手当やキャンペーンに基づく支給金(その他・その他2)について、会社は「臨時に支払われた賃金」であり、基礎賃金から除外できると主張しました。

しかし裁判所は、アンケート手当の支給状況は「非常にまれに発生するものとはいえない」ことなどを理由に、臨時性を否定し、これらも基礎賃金に含めるべきと判断しました。

実労働時間の認定について(争点3)

裁判所は、会社が就業規則で勤務中の作業服着用を義務付け、勤務外での着用を禁止していることから、事業所内での着替えは使用者の指揮命令下にある業務準備行為であると認定しました。

そして、始業時刻については、従業員らが自己申告していたシフト上の始業時刻の5分前を、終業時刻については、タイムカードで退勤認証を行った時刻の5分後を、それぞれ労働時間の起算点・終点と認定しました。

1年単位の変形労働時間制の有効性について(争点4)

裁判所は、変形労働時間制が労働者の生活に与える影響を考慮し、制度の有効性には厳格な要件が必要であるとの立場を示しました。

その上で、会社の制度は、

  • 就業規則に複数のシフトが記載されているものの、どの日にどのシフトが適用されるのか具体的に特定されていない。
  • 会社側の都合で公休予定日が出勤日に変更される実態があり、労働者の生活設計に支障が生じ得る状態であった。

と指摘し、労働基準法が求める「労働日の特定」の要件を満たしていないとして、無効であると判断しました。

裁判所の判断内容(結論)

以上の判断に基づき、東京高等裁判所は、第一審判決を相当とし、会社の控訴及び従業員らの附帯控訴をいずれも棄却しました。

これにより、各種手当を基礎賃金に算入し、着替え時間を含めて算定した実労働時間に基づき、変形労働時間制を適用せずに計算した結果、会社が支払うべき未払割増賃金が存在するとし、さらにその支払い懈怠の悪質性から付加金の支払いも命じた第一審判決が維持されました。

実務に与える影響

本判決は、特に運送・引越業界をはじめとする多くの企業にとって、賃金制度設計と労働時間管理の実務を見直す上で、非常に重要な示唆を与えるものです。

「出来高払制」の安易な導入への警鐘

「業績給」や「インセンティブ」という名称を用いれば、自動的に割増賃金の算定基礎から除外できるわけではないことが、改めて明確に示されました。賃金を労働の成果と連動させ、かつそれを出来高払制賃金として法的に有効なものとするためには、「誰の」「どの労働の成果」に、「どのような比率で」連動するのかを客観的かつ明確に設計する必要があります。特に、労働者本人の努力でコントロールし難い「売上額」などを基準とすることには、本判決に照らして高いリスクが伴うといえます。

労働時間の的確な把握の重要性

タイムカードの打刻時間だけでなく、着替え、準備、片付け、朝礼といった業務に付随する時間も、会社のルールや指示によって義務付けられている場合は労働時間に該当します。使用者は、従業員の実際の業務開始から終了までの全ての時間を把握し、管理する義務があります。形式的な勤怠管理にとどまらず、業務の実態を調査し、必要に応じて運用を見直すことが求められます。

変形労働時間制の厳格な運用

変形労働時間制は、適切に運用すれば労使双方にメリットのある制度ですが、その要件は厳格です。就業規則や労使協定において、対象期間の労働日と各日の始業・終業時刻を具体的に特定することが絶対条件です。また、協定で定めた休日を会社の都合で安易に変更するような運用は、制度全体の有効性を否定される原因となり得ます。制度を導入している企業は、その運用が法の趣旨に沿ったものであるか、今一度点検すべきでしょう。

本件は、賃金制度や労働時間制度が、形式だけでなく、その実態や運用実態に即して法的に評価されることを示す好例です。企業経営者及び人事労務担当者の皆様は、本判決を機に、自社の労務管理体制について改めてご確認いただくことを強くお勧めいたします。


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