同一労働同一賃金における定年後再雇用職員の基本給・賞与等の待遇差

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はじめに 本稿の趣旨

令和2年10月28日、名古屋地方裁判所において、正職員(無期雇用)と定年後再雇用職員(有期雇用)との間における①基本給、②精励手当、③家族手当、④賞与、に関する待遇差について、労働契約法20条違反の有無が争われた裁判の判決が下されました(名古屋地方裁判所平成28年(ワ)第4165号令和2年10月28日民事第1部判決)(以下「本件」といいます)。

本件は、自動車学校で勤務していた原告ら定年退職後再雇用された嘱託職員が、正職員との間の待遇差が不合理であると訴えた事案です。

本件は、原告ら嘱託職員の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるという判断を下したことで、大きな注目を集めました。なお、基本給のみならず、賞与についても嘱託職員が、正職員との間の待遇差が不合理であると判断された点も、注目に値します。

基本給は、一般に労働契約に基づく労働の対償の中核であり、およそ人を雇用するすべての企業において、労働条件を設定する上で避けて通ることができない労働条件の一つといえます。

一方、定年後再雇用労働者に対しては、定年前とは、基本給を始めとした労働条件に大きな相違を設定するという賃金体系を採用する企業は少なくありません。

こうした賃金体系を採用する企業にとって、定年退職後再雇用された嘱託職員と正職員との間の基本給に関する待遇差が違法であると判断した本件の衝撃は相当なものであることが予想されます。

本件に先立ち、定年退職後再雇用された労働者と正社員との待遇差が問題となった長澤運輸事件最高裁判決(最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決・民集72巻2号202頁[1])でも、基本給に関する待遇差は違法とは判断されていない中、本件が今後の労務管理の実務に与える影響を無視することはできないものと思われます。

本稿では、本件の事実関係の概要を整理するとともに、本件が与える実務上の影響について考察したいと思います。なお、本稿の内容は、あくまでも筆者の一考察に過ぎないことにご留意ください。

労働契約法20条の規制内容及び同一労働同一賃金ガイドラインの考え方

労働契約法20条の規制内容

本件最高裁判決を検討する前提として、労働契約法20条の規制内容について説明します。

労働契約法20条は、「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」と規定しています。

労働契約法20条は、同一の使用者に雇用されている有期契約労働者と無期契約労働者について、「期間の定めがあること」によって両者の労働条件に相違がある場合、①職務の内容、②当該職務の内容及び配置の変更の範囲並びに③その他の事情を考慮して、その相違が「不合理」なものであることを禁止した規定といえます。③その他の事情とは、「有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断する際に考慮されることとなる事情は、労働者の職務内容及び変更範囲並びにこれらに関連する事情に限定されるものではない」と判示されているように(長澤運輸事件最判平成30年6月1日)、広く諸事情が考慮されるものと解されます。

労働契約法20条は、「均衡待遇規定(不合理な待遇差の禁止)」であるといわれますが、かかる規定内容は、改正後のパート有期法第8条においても基本的に変わるものではないと解されます。

同一労働同一賃金ガイドラインの考え方

かかる労働契約法20条の解釈を明らかにした長澤運輸事件最判平成30年6月1日及びハマキョウレックス事件最判平成30年6月1日を踏まえ、国は、平成30年12月28日、「短時間・有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針」(以下「同一労働同一賃金ガイドライン」といいます。)を公表し、同一労働同一賃金に関する基本的な考え方及び各手当に関する考え方を例示しました。

もっとも、同一労働同一賃金ガイドラインにおいても、「事業主が、第3から第5までに記載された原則となる考え方等に反した場合、当該待遇の相違が不合理と認められる等の可能性がある。」と記載されているように、同一労働同一賃金ガイドラインのみでは、無期契約労働者と有期契約労働者との間の待遇差が直ちに違法とまでは断言できるわけではなく、待遇の相違が不合理といえるかどうかは、個別のケースによって判断されることになります。

したがって、同一労働同一賃金ガイドラインだけでは、無期契約労働者と有期契約労働者との間の福利厚生等に関する待遇差が合理性を有するといえるかどうかは判断できない場合があることに留意する必要があります。

同一労働同一賃金ガイドラインにおける基本給の考え方

なお、同一労働同一賃金ガイドラインでは、基本給に関し、以下の考え方が掲載されています。

1 基本給

(1)基本給であって、労働者の能力又は経験に応じて支給するもの

 基本給であって、労働者の能力又は経験に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の能力又は経験を有する短時間・有期雇用労働者には、能力又は経験に応じた部分につき、通常の労働者と同一の基本給を支給しなければならない。また、能力又は経験に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた基本給を支給しなければならない。

(問題とならない例)

イ 基本給について、労働者の能力又は経験に応じて支給しているA社において、ある能力の向上のための特殊なキャリアコースを設定している。通常の労働者であるXは、このキャリアコースを選択し、その結果としてその能力を習得した。短時間労働者であるYは、その能力を習得していない。A社は、その能力に応じた基本給をXには支給し、Yには支給していない。

ロ A社においては、定期的に職務の内容及び勤務地の変更がある通常の労働者の総合職であるXは、管理職となるためのキャリアコースの一環として、新卒採用後の数年間、店舗等において、職務の内容及び配置に変更のない短時間労働者であるYの助言を受けながら、Yと同様の定型的な業務に従事している。A社はXに対し、キャリアコースの一環として従事させている定型的な業務における能力又は経験に応じることなく、Yに比べ基本給を高く支給している。

ハ A社においては、同一の職場で同一の業務に従事している有期雇用労働者であるXとYのうち、能力又は経験が一定の水準を満たしたYを定期的に職務の内容及び勤務地に変更がある通常の労働者として登用し、その後、職務の内容や勤務地に変更があることを理由に、Xに比べ基本給を高く支給している。

ニ A社においては、同一の能力又は経験を有する通常の労働者であるXと短時間労働者であるYがいるが、XとYに共通して適用される基準を設定し、就業の時間帯や就業日が日曜日、土曜日又は国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)に規定する休日(以下「土日祝日」という。)か否か等の違いにより、時間当たりの基本給に差を設けている。

(問題となる例)

 基本給について、労働者の能力又は経験に応じて支給しているA社において、通常の労働者であるXが有期雇用労働者であるYに比べて多くの経験を有することを理由として、Xに対し、Yよりも基本給を高く支給しているが、Xのこれまでの経験はXの現在の業務に関連性を持たない。

 

(2)基本給であって、労働者の業績又は成果に応じて支給するもの

 基本給であって、労働者の業績又は成果に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の業績又は成果を有する短時間・有期雇用労働者には、業績又は成果に応じた部分につき、通常の労働者と同一の基本給を支給しなければならない。また、業績又は成果に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた基本給を支給しなければならない。

なお、基本給とは別に、労働者の業績又は成果に応じた手当を支給する場合も同様である。

(問題とならない例)
イ 基本給の一部について、労働者の業績又は成果に応じて支給しているA社において、所定労働時間が通常の労働者の半分の短時間労働者であるXに対し、その販売実績が通常の労働者に設定されている販売目標の半分の数値に達した場合には、通常の労働者が販売目標を達成した場合の半分を支給している。

ロ A社においては、通常の労働者であるXは、短時間労働者であるYと同様の業務に従事しているが、Xは生産効率及び品質の目標値に対する責任を負っており、当該目標値を達成していない場合、待遇上の不利益を課されている。その一方で、Yは、生産効率及び品質の目標値に対する責任を負っておらず、当該目標値を達成していない場合にも、待遇上の不利益を課されていない。A社は、待遇上の不利益を課していることとの見合いに応じて、XにYに比べ基本給を高く支給している。

(問題となる例)

 基本給の一部について、労働者の業績又は成果に応じて支給しているA社において、通常の労働者が販売目標を達成した場合に行っている支給を、短時間労働者であるXについて通常の労働者と同一の販売目標を設定し、それを達成しない場合には行っていない。

 

(3)基本給であって、労働者の勤続年数に応じて支給するもの

 基本給であって、労働者の勤続年数に応じて支給するものについて、通常の労働者と同一の勤続年数である短時間・有期雇用労働者には、勤続年数に応じた部分につき、通常の労働者と同一の基本給を支給しなければならない。また、勤続年数に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた基本給を支給しなければならない。

(問題とならない例)

 基本給について、労働者の勤続年数に応じて支給しているA社において、期間の定めのある労働契約を更新している有期雇用労働者であるXに対し、当初の労働契約の開始時から通算して勤続年数を評価した上で支給している。

(問題となる例)

 基本給について、労働者の勤続年数に応じて支給しているA社において、期間の定めのある労働契約を更新している有期雇用労働者であるXに対し、当初の労働契約の開始時から通算して勤続年数を評価せず、その時点の労働契約の期間のみにより勤続年数を評価した上で支給している。

 

(4)昇給であって、労働者の勤続による能力の向上に応じて行うもの

 昇給であって、労働者の勤続による能力の向上に応じて行うものについて、通常の労働者と同様に勤続により能力が向上した短時間・有期雇用労働者には、勤続による能力の向上に応じた部分につき、通常の労働者と同一の昇給を行わなければならない。また、勤続による能力の向上に一定の相違がある場合においては、その相違に応じた昇給を行わなければならない。

本件の概要

事案の概要

本件は、自動車学校の経営等を目的とする株式会社である被告を定年退職した後に、有期労働契約を被告と締結して就労していた原告らが、無期労働契約」という)を被告と締結している正職員との間に、労働契約法20条に違反する労働条件の相違があると主張して、被告に対し、不法行為に基づき、上記相違に係る損害賠償を求めるなどの請求をするものです。

事実関係等の概要

本件における正職員と原告ら嘱託職員の労働条件等は、以下の一覧表をご参照ください。

労働条件 正職員 定年退職後再雇用者(嘱託職員)(原告2名)
就業規則 正職員に適用される就業規則及び給与規程 嘱託規程
定年制 満60歳が定年であり、定年に達した日の翌日に退職 期間1年間の有期労働契約を締結し、これを更新することで原則として65歳まで再雇用する
基本給 一律給+功績給 嘱託職員の賃金体系は勤務形態によりその都度決め、賃金額は本人の経歴、年齢その他の実態を考慮して決める
正職員定年退職時に比べ減額して支給
役付手当 正職員が主任以上の役職に就いている場合、当該役職の区分に応じて支給する 支給なし
家族手当 (1)所得税法上の控除対象配偶者、(2)満20歳未満で所得税法上の扶養親族に該当する子女を扶養家族とする場合,その人数に応じて支給する 支給なし
皆精勤手当 正職員が所定内労働時間を欠落なく勤務した場合に支給する 正職員定年退職時に比べ減額して支給
敢闘賞 施設ごとに定めた基準に基づき、正職員が1か月に担当した技能教習等の時間数に応じ、職務精励の趣旨で支給する 正職員定年退職時に比べ減額して支給
賞与 夏季及び年末の2回
各季の賞与は,各季で正職員一律に設定される掛け率を各正職員の基本給に乗じ、さらに当該正職員の勤務評定分(10段階)を加算する方法で算定される
原則として支給しない
例外的に、正職員の賞与とは別に勤務成績を勘案して支給することがある
嘱託職員一時金として支給されていた

また、正職員と原告ら嘱託職員の職務内容等の異動については、以下のように整理できます。

  1. 原告2名は、正職員を定年退職し嘱託職員となって以降も、従前と同様に教習指導員として勤務をしていた。
  2. 再雇用に当たり主任の役職を退任したこと以外、定年退職の前後で、その業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(「職務の内容」)に相違はなかった。
  3. 当該職務の内容及び配置の変更の範囲(「職務内容及び変更範囲」)にも相違はなかった。

本件の争点

本件では、正職員と原告ら嘱託職員との間における、①基本給、②精励手当、③家族手当、④賞与の待遇差が、労働契約法20条に違反するかどうかが争点となりました。

本件の判断内容

本件は、①基本給、②精励手当、③家族手当、④賞与の待遇差に関し、以下のように判示しました。

労働契約法20条の判断基準

本件は、労働契約法20条違反の判断基準について、ハマキョウレックス事件最高裁判決を引用し、以下のように判示しました。

労働契約法20条にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である。そして、両者の労働条件の相違が不合理であるか否かの判断は規範的評価を伴うものであるから、当該相違が不合理であるとの評価を基礎付ける事実については当該相違が同条に違反することを主張する者が、当該相違が不合理であるとの評価を妨げる事実については当該相違が同条に違反することを争う者が、それぞれ主張立証責任を負うものと解される(以上、最高裁平成30年6月1日第二小法定判決・民集72巻2号88頁。以下「最高裁判決1」という)。

なお、上記判断基準にもあるように、ハマキョウレックス事件最高裁判決では、労働者20条に違反するかどうかの評価根拠事実に関する主張立証責任の所在を明確にしている点に留意が必要です。

本件は、ハマキョウレックス事件最高裁判決を引用した上で、原告ら嘱託職員が定年退職後再雇用された者であることから、長澤運輸事件最高裁判決も引用し、さらに労働契約法20条の判断基準について、以下のように判示しました。

定年制は、使用者が、その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら、人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに、賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ、定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は、当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。これに対し、使用者が定年退職者を有期労働契約により再雇用する場合、当該者を長期間雇用することは通常予定されていない。また、定年退職後に再雇用される有期契約労働者は、定年退職するまでの間、無期契約労働者として賃金の支給を受けてきた者であり、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることも予定されている。そして、このような事情は、定年退職後に再雇用される有期契約労働者の賃金体系の在り方を検討するに当たって、その基礎になるものであるということができる。
そうすると、有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において、労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たると解するのが相当である。

本件は、長澤運輸事件最高裁判決同様、定年退職後再雇用されたことを、労働契約法20条の不合理性の判断要素である「その他の事情」として考慮することを明示しています。

また、本件は、賃金項目ごとに労働契約法20条違反の有無を判断するという長澤運輸事件最高裁判決と同様の枠組みを明示しています。

労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合、個々の賃金項目に係る賃金は、通常、賃金項目ごとに、その趣旨を異にするものであるということができる。そして、有期契約労働者と無期契約労働者との賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、当該賃金項目の趣旨により、その考慮すべき事情や考慮の仕方も異なり得るというべきである。そうすると、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に関する労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきである。なお、ある賃金項目の有無及び内容が、他の賃金項目の有無及び内容を踏まえて決定される場合もあり得るところ、そのような事情も、有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮されることになる(以上、最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決・民集72巻2号202頁。以下「最高裁判決2」という)。

職務内容等の相違について

本件は、前記「労働契約法20条の判断基準」記載の判断基準を示した上で、正職員と原告らの職務内容等の相違について、以下のように判断しました。

  • 原告らは、再雇用に当たり主任の役職を退任したことを除いて、定年退職の前後で、その職務内容及び変更範囲に相違はなかった。
  • 仮に、主任退任により職務の内容に相違が生じていたとしても、嘱託職員となって以降は、役付手当が不支給となったことで、当該相違は、既に労働条件に反映されているといえる。

本件は、「もっぱら、「その他の事情」として、原告らが被告を定年退職した後に有期労働契約により再雇用された嘱託職員であるとの点を考慮することになる。」と述べ、定年後再雇用という事情のみで、不合理性を判断することを判示しました。

①基本給について

以上を踏まえ、本件は、①基本給に関する待遇差について、以下のように整理しています。

  • 被告の正職員の基本給は、その勤続年数に応じて増加する年功的性格を有する。
  • 被告の正職員の基本給との比較として、賃金センサスに言及する。
  • 原告らは、定年退職時の基本給と比較して、嘱託職員時の基本給は、45%以下、48.8%以下となっている。
  • 原告らが定年退職時に受給していた賃金は、一般に定年退職に近い時期であるといえる55歳ないし59歳の賃金センサス上の平均賃金を下回るものであり、むしろ、定年後再雇用の者の賃金が反映された60歳ないし64歳の賃金センサス上の平均賃金をやや上回るにとどまる。
  • 総支給額(役付手当、賞与及び嘱託職員一時金を除く)についても、原告P1は、正職員定年退職時の労働条件で就労した場合の56.1%ないし56.4%、原告P2は61.6%、59%、ないし63.2%にとどまる。
  • 正職員定年退職時と嘱託職員時の差額は、総支給額に賞与(嘱託職員一時金)も含めると、さらに大きくなる。
項目 内訳 金額
被告の正職員の基本給 被告全体の正職員の基本給平均額 月額14万円前後
若年正職員の基本給平均額 月額約11万2000円から約12万5000円
勤続30年以上の正職員の基本給平均額 月額約16万7000円から約18万円
平成25年賃金センサス
産業計・男女計・学歴計
55歳ないし59歳
「きまって支給する現金支給額」 月額37万3500円(男計であれば42万0900円)
「所定内給与額」 月額35万1300円(男計であれば39万4800円)
「年間賞与その他特別給与額」 年額101万1900円(男計であれば118万4900円)
平成25年賃金センサス
産業計・男女計・学歴計
60歳ないし64歳
「きまって支給する現金支給額」 月額27万5800円(男計であれば29万6300円)
「所定内給与額」 月額26万2100円(男計であれば28万1100円)
「年間賞与その他特別給与額」 年額49万7000円(男計であれば54万3300円)
平成26年賃金センサス
産業計・男女計・学歴計
55歳ないし59歳
「きまって支給する現金支給額」 月額38万3600円(男計であれば43万2600円)
「所定内給与額」 月額36万8000円(男計であれば40万6100円)
「年間賞与その他特別給与額」 年額108万9700円(男計であれば127万7800円)
平成26年賃金センサス
産業計・男女計・学歴計
60歳ないし64歳
「きまって支給する現金支給額」 月額28万0600円(男計であれば30万0500円)
「所定内給与額」 26万6500円(男計であれば28万4700円)
「年間賞与その他特別給与額」 年額55万1600円(男計であれば60万6300円)
原告P1 定年退職時の基本給 月額18万1640円
嘱託職員時の基本給【45%以下】 1年目が月額8万1738円
その後低下し,最終年まで月額7万4677円
原告P2 定年退職時の基本給 月額16万7250円
嘱託職員時の基本給【48.8%以下】 1年目が月額8万1700円
その後低下し,最終年まで月額7万2700円

本件は、基本給に関する待遇差について、詳細な金額の対比をした上で、不合理性の評価を基礎づける事実と、妨げる事実を整理しています。

評価根拠事実 評価妨害事実
  1. 職務内容及び変更範囲に相違はない。
  2. 正職員と比較して基本給が50%以下。
  3. 嘱託職員の基本給が若年正職員の基本給を下回る。
  4. 正職員定年退職時の賃金は、同年代の賃金センサスを下回る。
  5. 基本給以外の賞与等の総額でも、定年退職時の賃金の60%をやや上回るかそれ以下にとどまる。
  6. 労使自治が反映されたともいえない。
  7. 基本給は、一般に労働契約に基づく労働の対象の中核。賞与も基本給を反映する。
  1. 正職員の基本給は長期雇用を前提とし、年功的性格を有する。今後役職につくことも想定される。
  2. 嘱託職員の基本給は、長期雇用を前提とせず、年功的性格を含まない。
  3. 嘱託職員は高位の役職につくことは想定されていない。
  4. 退職金の支払いを受ける。
  5. 要件を満たせば高年齢雇用継続基本給付金及び老齢厚生年金の支給を受けることが予定される。
  6. 実際に原告らも受給していた。

 

以上の事実認定を踏まえた上で、本件は、基本給に関する待遇差に関し、原告らの正職員定年退職時と嘱託職員時の各基本給に係る金額という労働条件の相違は、労働者の生活保障という観点も踏まえ、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当であると結論付けました。

②皆精勤手当及び敢闘賞(精励手当)について

本件は、②皆精勤手当及び敢闘賞(精励手当)について、支給の趣旨は、所定労働時間を欠略なく出勤すること及び多くの指導業務に就くことを奨励することであって、その必要性は、正職員と嘱託職員で相違はないから、両者で待遇を異にするのは不合理であると結論づけました。

なお、②皆精勤手当及び敢闘賞(精励手当)については、被告側も、「被告は、これらを清算することについて吝かではない。」と述べて、支払うことを認めていることが判決文からうかがわれます。

③家族手当について

本件は、③家族手当に関し、以下のように判示し、不合理な待遇差にはあたらず、労働契約法20条には違反しないと判断しました。

被告は、労務の提供を金銭的に評価した結果としてではなく、従業員に対する福利厚生及び生活保障の趣旨で家族手当を支給しているのであり、使用者がそのような賃金項目の要否や内容を検討するに当たっては、従業員の生活に関する諸事情を考慮することになると解される。そして、被告の正職員は、嘱託職員と異なり、幅広い世代の者が存在し得るところ、そのような正職員について家族を扶養するための生活費を補助することには相応の理由があるということができる。他方、嘱託職員は、正職員として勤続した後に定年退職した者であり、老齢厚生年金の支給を受けることにもなる。

これらの事情を総合考慮すると、正職員に対して家族手当を支給する一方、嘱託職員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することはできず、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるということはできない。

④賞与について

被告は、正職員に対する賞与と同趣旨で、嘱託職員に対し、嘱託職員一時金を支給していたものと認められる。

基本給に関する検討と同様の事情があてはまる。

他方、賞与は、月例賃金とは別に支給される一時金であり、労務の対価の後払、功労報償、生活費の補助、労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものであり、有期契約労働者と無期契約労働者の間で相違が生じていたとしても、これが労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かについては慎重な検討が求められる。

そして、前記(4)ウの基本給に関する検討と同じく、正職員は、長期雇用を前提としており、今後役職に就くこと、あるいはさらに高位の役職に就くことが想定されている一方、嘱託職員は、長期雇用が前提とされず、今後役職に就くことも予定されていないこと、嘱託職員は、正職員を60歳で定年となった際に退職金の支払を受け、それ以降、要件を満たせば、高年齢雇用継続基本給付金及び老齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることが予定され、現に、原告らはこれらを受給していたことを指摘できる。

しかし、これらの事実は、定年後再雇用の労働者の多くに当てはまる事情であり、賞与について労働契約法20条違反の有無について慎重な検討が求められることを踏まえても、前記イの事実、とりわけ原告らの職務内容及び変更範囲に変更がないにもかかわらず、嘱託職員一時金は正職員の賞与に比べ大きく減額されたものであり、その結果、若年正職員の賞与をも下回ること、しかも、賃金の総額も、賃金センサス上の平均賃金を下回る正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまることを正当化するには足りないというほかない。

以上のとおり、原告らは、被告を正職員として定年退職した後に嘱託職員として有期労働契約により再雇用された者であるが、正職員定年退職時と嘱託職員時でその職務内容及び変更範囲には相違がなかった一方、原告らの嘱託職員一時金は、正職員定年退職時の賞与を大幅に下回る結果、原告らに比べて職務上の経験に劣り、基本給に年功的性格があることから将来の増額に備えて金額が抑制される傾向にある若年正職員の賞与をも下回るばかりか、賃金の総額が正職員定年退職時の労働条件を適用した場合の60%をやや上回るかそれ以下にとどまる帰結をもたらしているものであって、このような帰結は、労使自治が反映された結果でもない以上、賞与が多様な趣旨を含みうるものであること、嘱託職員の賞与が年功的性格を含まないこと、原告らが退職金を受給しており、要件を満たせば高年齢雇用継続基本給付金及び老齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることができたことといった事情を踏まえたとしても、労働者の生活保障という観点からも看過し難い水準に達しているというべきである。

そうすると、原告らの正職員定年退職時の賞与と嘱託職員時の嘱託職員一時金に係る金額という労働条件の相違は、労働者の生活保障という観点も踏まえ、原告らの基本給を正職員定年退職時の60%の金額(前記(4)において不合理であると判断した部分を補充したもの)であるとして、各季の正職員の賞与の調整率(前記前提事実(2)イ(イ)aないしl)を乗じた結果を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。

本件は、賞与に関しても、①基本給と同様、正職員と原告ら嘱託職員との間の待遇差は不合理であると判断し、原告らの基本給を正職員定年退職時の60%の金額(であるとして、各季の正職員の賞与の調整率乗じた結果を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められると結論づけました。

本件の実務上の影響

本件は、①基本給、②皆精勤手当及び敢闘賞(精励手当)、④賞与に関する待遇差について、不合理であり労働契約法20条に違反すると判断しました。

このうち、①基本給と④賞与に関する待遇差が労働契約法20条に違反すると判断したことは、賃金の根幹をなす要素に影響を及ぼしかねません。

本件判決のインパクトを整理すると、以下の3つが挙げられます。

基本給の待遇差も違法となりうる

前記のとおり、本件は、正職員と定年退職後再雇用された嘱託職員の間の基本給の待遇差を違法と判断したものですが、基本給の待遇差が労働契約法20条に違反すると判断した裁判例はごく少数に限られているということが現状です。

基本給の待遇差を違法と判断した裁判例としては、長澤運輸第1審判決(東京地判平成28年5月13日)と学校法人産業医科大学(第2審)(福岡高判平成30年11月29日)があります。もっとも、長澤運輸事件第1審判決は、その後の控訴審判決及び最高裁判決によって、基本給の待遇差は違法ではないと判断されたため、実務上の影響はあまりないと考えられます。

基本給の待遇差に関しては、現時点では学校法人産業医科大学(第2審)(福岡高判平成30年11月29日)のほかには、本件が先例的意義を有することになります。

基本給の待遇差として違法となる程度のメルクマール

次に、本件は、基本給の待遇差に関し、「労働者の生活保障という観点」から、60%を下回る限度で違法であるというメルクマールを示しました。

以前から、正職員と定年退職後再雇用職員との待遇差は、どの程度の開きがあれば違法となるかという議論がありましたが、本件が示した60%という水準は、今後の実務対応を検討する上で参考となります。

基本給よりも賞与の判断はより慎重?

また、本件は、基本給だけでなく賞与に関する待遇差も違法という判断を下していますが、賞与に関する待遇差の判断にあたっては、以下のように慎重に検討すべきであると述べています。

「賞与は、月例賃金とは別に支給される一時金であり、労務の対価の後払、功労報償、生活費の補助、労働者の意欲向上等といった多様な趣旨を含み得るものであり、有期契約労働者と無期契約労働者の間で相違が生じていたとしても、これが労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かについては慎重な検討が求められる」

具体的に、基本給の待遇差と比較して賞与の待遇差の検討にあたってはどのような違いが生じるのかは明確ではありませんが、基本給の待遇差は、賞与の待遇差よりも許容されにくい場合がありうると解することはできます。

まとめ

本件判決を受けて、定年退職後再雇用の従業員の基本給を見直すことを検討する企業が出てくることも予想されます。

特に、本件が基本給に関し、「労働者の生活保障という観点」から、60%を下回る限度で違法であるというメルクマールを示したことは、今後の定年退職後再雇用従業員の待遇を検討する上で考慮すべき事例といえます。

もっとも、既存の定年退職後再雇用従業員について、一斉に見直しを進めるべきかという点については、今後の裁判の蓄積を待ってもよいのではないかと思われます。

前記のとおり、基本給の待遇差が違法と判断した事例として、長澤運輸事件第1審判決が挙げられますが、同裁判例が言い渡されたときには、実務にも大きな衝撃をもって迎えられました。

もっとも、長澤運輸事件控訴審判決では、第1審判決の結論が覆り、基本給の待遇差は違法ではないと判断されました。

企業としては、本件判決の影響を検討しつつ、今後の裁判の動向や他の事例の集積を待った上で、基本給や賞与等、特に重要な賃金体系の見直しを図ることが望ましいかと思われます。

引用・出典

[1] 拙稿 重要判例解説 長澤運輸事件最高裁判決

重要判例解説 長澤運輸事件最高裁判決

重要判例解説

2020.12.14

重要判例解説 長澤運輸事件最高裁判決

平成30年6月1日、最高裁判所第二小法廷は、本件控訴審判決を一部変更し、精勤手当の不支給、及び精勤手当を計算の基礎に含める超勤手当の扱いについては労働契約法20条に違反すると判断しました。一審判決と控訴審判決、そして最高裁判決で、それぞれ異なる判断が下されたことになります。今後の労働実務にも大きな影響を及ぼし得る判決であることから、その要点を把握しておくことは極めて重要といえます。

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