はじめに
2024年問題への対応を考える上で、時間外労働の「年960時間」規制と並んで、いや、それ以上に日々の運行管理に直結するのが「改善基準告示」の改正です。正式名称を「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」というこの告示は、トラックドライバーの健康を確保し、交通労働災害を防止するために、拘束時間や休息期間などの具体的な基準を定めています。
2024年4月1日から施行された新しい改善基準告示は、特に「休息期間」の考え方が大きく変更され、これまで以上に厳格な労務管理が求められるようになりました。この改正内容を正確に理解し、日々の運行計画や勤務シフトに落とし込まなければ、気づかぬうちに法令違反の状態に陥り、運輸局による行政処分の対象となるリスクがあります。
「法律(労働基準法)は守っているから大丈夫」という認識は、もはや通用しません。本記事では、運送事業者の経営者様、運行管理者様に向けて、新しくなった改善基準告示の変更点を新旧比較も交えながら分かりやすく整理し、特に重要な「拘束時間」と「休息期間」の考え方、そして「分割休息」などの特例ルールの正しい運用方法について、法務の専門家である弁護士が解説します。
Q&A
Q1. 「改善基準告示」とは、労働基準法とはどう違うのですか?
労働基準法が労働条件に関する最低基準を定めた「法律」であるのに対し、改善基準告示は、自動車運転者という特殊な業務に従事する労働者の健康保護などの観点から、厚生労働大臣が定めた「行政上の基準(告示)」です。
改善基準告示に違反しても、それ自体に直接的な罰則(懲役や罰金)はありません。しかし、運輸局は、この告示の遵守状況を監査(巡回指導など)の重要なチェック項目としており、違反が認められれば車両停止や営業停止といった「行政処分」の根拠となります。
また、告示違反の常態化は、労働基準法が定める安全配慮義務違反を問われる可能性もあり、法的な拘束力は弱いものの、実務上は絶対に遵守すべきルールといえます。
Q2. 今回の改正で、運行管理者として一番気を付けるべき「休息期間」のルールは何ですか?
最も重要な変更点は、「1日の休息期間は、継続11時間以上与えることを基本とし、最低でも9時間を下回ってはならない」とされた点です。
これまでは「継続8時間以上」でしたので、大幅に延長されました。例えば、あるドライバーが20時に終業した場合、次の始業は原則として翌朝の7時以降でなければなりません。
この「勤務終了時から次の勤務開始時までの時間」を正確に管理することが、新しいルールの下での最大のポイントです。安易に9時間ギリギリの運用を常態化させるのではなく、あくまで「11時間以上が基本」という原則を念頭に置いた運行計画が求められます。
Q3. どうしても継続した休息期間が確保できない場合、「分割休息」はいつでも使えるのでしょうか?
いいえ、いつでも自由に使えるわけではありません。分割休息は、あくまで例外的な措置であり、厳格な要件が定められています。
利用が認められるのは、業務の必要上やむを得ず、ドライバーが十分な仮眠を取れる施設(トラックの寝台(ベッド)など)で過ごせる場合に限られます。
その上で、「1回あたり継続4時間30分以上、合計で10時間以上」(一定の条件下)の休息を確保する必要があります。例えば、「3時間の仮眠を3回」といった方法は認められません。
このルールを誤って運用すると、休息期間を与えなかったと見なされ、行政処分の対象となるため、導入には慎重な検討が必要です。
解説
1. 「改善基準告示」とは何か? – その目的と法的効力
改善基準告示は、トラック、バス、タクシーといった自動車運転者のための特別な労働時間ルールです。その目的は、長時間労働や不規則な勤務になりがちなドライバーの過労を防ぎ、健康を守ることで、ひいては国民の安全な交通を確保することにあります。
前述の通り、告示自体に罰則はありません。しかし、その役割は重大です。
- 運輸局による行政処分の基準
運輸局が運送会社に対して行う監査や巡回指導では、この改善基準告示が遵守されているかが厳しくチェックされます。違反が確認されれば、是正勧告に始まり、度重なる違反や悪質なケースでは車両使用停止、事業停止、そして最も重い許可の取消しといった行政処分に繋がります。 - 労働基準監督署の監督指導
労働基準監督署も、監督指導の際に改善基準告示を参考に行います。告示違反は、労働基準法の趣旨に反する労働実態があると判断される一因となります。 - 安全配慮義務違反のリスク
会社は、従業員が安全で健康に働けるよう配慮する義務(安全配慮義務)を負っています。改善基準告示に違反するような勤務をさせた結果、ドライバーが過労で事故を起こしたり、健康を害したりした場合、会社は安全配慮義務違反として、多額の損害賠償責任を問われる可能性があります。
このように、改善基準告示は、運送事業を継続する上で遵守が必須の「事実上の法律」と理解すべき重要なルールなのです。
2. 【徹底比較】新旧「改善基準告示」の変更点
2024年4月1日に施行された新しい告示のポイントを、改正前と比較しながら見ていきましょう。
項目 | 改正前(旧基準) | 改正後(新基準) | 主なポイント |
---|---|---|---|
1年の拘束時間 | 3,516時間 | 原則3,300時間(労使協定により最大3,400時間) | 年間216時間(原則)の大幅短縮。労使協定があっても116時間短縮。 |
1か月の拘束時間 | 原則293時間(最大320時間) | 原則284時間(労使協定により最大310時間) | 原則9時間短縮。最大値も10時間短縮。上限超えの連続月数にも制限あり。 |
1日の拘束時間 | 原則13時間(最大16時間) | 原則13時間(上限15時間、14時間超は週2回が目安) | 最大値が1時間短縮。14時間超の勤務の常態化は認められない。 |
1日の休息期間 | 継続8時間以上 | 継続11時間以上を基本とし、最低9時間を下回らない | 最も重要な変更点。ドライバーの休息時間を大幅に確保する必要がある。 |
運転時間 | ・2日平均1日9時間 ・2週平均1週44時間 |
(変更なし) | 運転時間自体のルールは維持。 |
分割休息 | 特例あり(1回4時間以上、合計10時間以上等) | 1回継続4時間30分以上、合計10時間以上(3分割まで)等 | 分割休息のルールがより具体的かつ厳格化された。 |
予期せぬ事象 | (規定なし) | 予期せぬ事象(※)に遭遇し、対応した場合の特例あり | 故障や災害時など、客観的記録が求められる。 |
※予期せぬ事象:運転中に発生した車両故障、予期せぬ渋滞、災害や事故の発生など
3. 複雑なルールの理解①:拘束時間と休息期間の正しいカウント方法
これらの基準を正しく運用するには、「拘束時間」と「休息期間」の定義を正確に理解する必要があります。
拘束時間とは?
「始業時刻」から「終業時刻」までの時間で、労働時間と休憩時間(手待ち時間を含む)の合計時間です。ポイントは、実際に運転している時間や荷役作業をしている時間だけでなく、指示があればすぐに動ける状態で待機している「手待ち時間」や、食事や休憩をとっている「休憩時間」もすべて拘束時間に含まれるという点です。
(例)8:00点呼・始業 → 12:00〜13:00休憩 → 19:00荷役終了 → 20:00帰庫・終業報告
この場合、実労働時間は11時間、休憩時間は1時間ですが、拘束時間は12時間(8:00〜20:00)となります。
休息期間とは?
「終業時刻」から、次の「始業時刻」までの時間です。この時間は、完全にドライバーの自由な時間であり、会社は業務に関する一切の指示をしてはなりません。この休息期間を「継続して9時間以上、基本は11時間以上」確保しなければなりません。
(例)20:00に終業した場合、次の始業はどんなに早くても翌朝の5:00以降(9時間後)であり、基本的には翌朝の7:00以降(11時間後)に設定する必要があります。
休日の考え方
休日は、「休息期間」に加えて「24時間の連続した時間」を与える必要があります。つまり、最低でも「9時間+24時間=33時間」の連続した自由な時間が必要です。これも「継続8時間+24時間=32時間」だった旧基準から変更されています。
4. 複雑なルールの理解②:「分割休息」の厳格な運用ルール
長距離輸送などで、どうしても継続した休息期間を与えることが難しい場合に備え、「分割休息」という例外的な制度が用意されています。しかし、その利用には厳しい条件があります。
利用できる場面
輸送先の都合による待機など、業務の必要上やむを得ない場合に限られます。会社の都合で任意に選択できるものではありません。
場所の要件
ドライバーが他人に邪魔されずに、横になって体を休めることができる場所が必要です。トラックに備え付けられた有効な長さ・幅のある寝台(ベッド)や、営業所・待機所の仮眠室などが該当します。
時間の要件
一定期間(1か月程度)における全勤務回数の半分が上限とされ、以下のルールを守る必要があります。
-
- 分割された休息は、1回につき継続4時間30分以上であること。
- 分割された休息期間の合計が、10時間以上であること。
- 休息の分割は3回を超えないこと。
例えば、「4時間30分+5時間30分」の2分割や、「4時間30分+3時間+3時間」といった3分割(合計10.5時間)は可能ですが、「4時間+6時間」や「5時間+5時間」は、1回が4時間30分に満たない部分があるため(前者の4時間部分)、原則として認められません(※例外規定あり)。このようにルールが複雑なため、安易な導入は避け、専門家のアドバイスを求めることが賢明です。
弁護士に相談するメリット
改善基準告示への対応は、単に時間を計算するだけでなく、法的な解釈や実務運用上の判断が求められる場面が多々あります。運送業に詳しい弁護士は、以下のような側面から貴社をサポートできます。
- 実態に即した労務管理体制の構築支援
貴社の運行形態や荷主との関係性をヒアリングした上で、改善基準告示を遵守できる、現実的で持続可能な勤務シフトや運行計画の策定を法的な観点から助言します。 - 就業規則・関連規程の整備
新しい改善基準告示の内容を反映した就業規則や、複雑な「分割休息」に関する規程などを、法的に有効な形で整備します。これにより、社内ルールが明確になり、労使間のトラブルを未然に防ぎます。 - 行政監査(巡回指導)への対応
運輸局による監査の際に、改善基準告示の遵守状況を適切に説明できるよう、記録の整備方法や説明内容について具体的なアドバイスを提供します。万が一、是正勧告を受けた場合にも、改善計画の策定などをサポートします。 - グレーゾーンの法的判断
「この手待ち時間は休憩時間にできるか?」「この場合の分割休息は認められるか?」といった、判断に迷うグレーゾーンについて、判例や行政通達に基づいた的確な法的見解を提供し、コンプライアンス違反のリスクを低減します。
まとめ
新しい改善基準告示は、運送事業者にとって厳しい制約であると同時に、ドライバーの健康と安全を守り、業界全体の労働環境を健全化するための重要な一歩です。このルールを「コストを増やす厄介な規制」と捉えるか、「働きがいのある職場を作り、人材を確保・定着させるためのチャンス」と捉えるかで、企業の未来は大きく変わります。
まずは、自社のドライバー一人ひとりの拘束時間と休息期間の実態を正確に把握することから始めてください。そして、改正された基準を正しく理解し、運行計画や労務管理体制に反映させていくことが急務です。
ルールの解釈や運用に少しでも不安があれば、決して自己判断で進めず、専門家である弁護士にご相談ください。弁護士法人長瀬総合法律事務所は、運送業界が直面する法務課題の解決を通じて、事業者の皆様が安心して事業を継続できるよう支援いたします。
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