はじめに

2024年4月1日、運送業界は歴史的な転換点を迎えました。いわゆる「2024年問題」です。これは、働き方改革関連法の適用により、自動車運転業務における時間外労働の上限が年間960時間に規制されたことに端を発する、業界全体を揺るがす構造的な課題群を指します。

これまで日本の物流を支えてきた運送業界は、ドライバーの長時間労働に依存する側面があったことは否定できません。しかし、この法改正により、従来のビジネスモデルのままでは事業の継続が困難になる可能性があります。ドライバーの収入減少、運送キャパシティの低下、そしてそれに伴う売上・利益の減少や人手不足の深刻化など、多くの運送事業者の経営者様が、先行きに大きな不安を抱えていらっしゃるのではないでしょうか。

しかし、この変革は決して悲観すべきことばかりではありません。むしろ、旧来の業界慣行を見直し、労働環境の改善、生産性の向上、そして荷主との適正な取引関係の構築を実現するための絶好の機会と捉えることもできます。

本記事では、運送業の2024年問題の核心である法改正の全体像を分かりやすく解説するとともに、運送事業者が今すぐ着手すべき具体的な対策について、法務の専門家の視点からご説明します。

Q&A

Q1. そもそも「2024年問題」とは、法的に何がどう変わったのですか?

最も大きな変更点は、これまで適用が猶予されていた「時間外労働の上限規制」が、2024年4月1日から自動車運転業務にも適用されるようになったことです。具体的には、労働基準法に基づき、特別な事情がある場合でも時間外労働の上限が「年間960時間」に制限されました。これに伴い、「改善基準告示」も見直され、ドライバーの拘束時間や休息期間に関する基準もより厳格化されています。従来の労働時間に依存した運行計画や給与体系では、法律に違反してしまうリスクが生じます。

Q2. 時間外労働の上限規制(年960時間)に違反してしまった場合、どのような罰則があるのでしょうか?

労働基準法に定められた時間外労働の上限規制に違反した場合、事業者に対して「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」という刑事罰が科される可能性があります。これは、単なる行政指導ではなく、刑事罰であるという点が重要です。意図的でなくとも、労働時間管理が不十分で結果的に上限を超えてしまえば、処罰の対象となり得ます。企業の社会的信用の失墜にも繋がるため、厳格なコンプライアンス体制の構築が不可欠です。

Q3. 2024年問題への対策として、まず何から手をつければよいのでしょうか?

まず着手すべきは、「ドライバーの労働時間の正確な把握」です。自社のドライバー一人ひとりが、いつからいつまで働き、どこからが時間外労働で、休憩や休息は適切に取れているのか。この実態を客観的な記録に基づいて把握しないことには、具体的な対策の立てようがありません。デジタルタコグラフやクラウド型の勤怠管理システムなどを活用し、手待ち時間や荷待ち時間を含めた全ての労働時間を、1分単位で正確に管理する体制を構築することが、全ての対策の第一歩となります。

解説

1. 運送業の2024年問題の核心 – なぜ「問題」なのか?

「2024年問題」とは、単に法律が変わったという話にとどまりません。法改正が、運送業界の構造的な課題を浮き彫りにし、事業の根幹を揺るがす複合的な「問題」として立ち現れているのです。

時間外労働の上限規制(年960時間)の開始

2024年問題の直接的な原因は、働き方改革関連法の一環として、自動車運転業務に対して時間外労働の上限が罰則付きで設けられたことです。これにより、これまで長時間労働を前提として成り立っていた運行計画や業務体系が通用しなくなりました。

ドライバーの収入減少と離職リスク

運送業界では、走行距離や荷物の量に応じて支給される歩合給や、長時間労働による残業代が給与の大きな部分を占めているケースが多くあります。労働時間が短縮されることで、ドライバーの手取り収入が減少し、生活に影響が及ぶ可能性があります。これは、ドライバーのモチベーション低下や、より条件の良い他業種への人材流出を加速させる要因となり得ます。

運送キャパシティの低下と売上・利益の減少

一人のドライバーが運べる時間が減るということは、会社全体としての輸送能力(キャパシティ)が低下することを意味します。これまで10時間かかっていた長距離輸送が、規制によって1日で運べなくなる、といった事態も起こり得ます。仕事の依頼を断らざるを得なくなったり、輸送効率が落ちたりすることで、企業の売上や利益が直接的に減少するリスクに直面します。

人件費・採用コストの増加

減少した輸送能力を補うためには、新たなドライバーを採用する必要があります。しかし、少子高齢化や労働条件を理由に、運送業界はすでに深刻な人手不足に陥っています。採用競争が激化すれば、採用コストや人件費は高騰します。また、後述する割増賃金率の引き上げも、人件費を押し上げる要因となります。

 

これらの課題が相互に絡み合い、運送事業者の経営を圧迫するのが「2024年問題」の本質です。

2. 働き方改革関連法のポイント – 押さえるべき3つの法改正

2024年問題に対応するためには、関連する法改正の内容を正確に理解することが不可欠です。特に重要な3つのポイントを解説します。

① 時間外労働の上限規制(年960時間)

労働基準法第36条に基づく時間外労働の上限は、原則として「月45時間・年360時間」とされています。しかし、臨時的な特別な事情がある場合に労使が合意すれば、これを上回る時間外労働が可能になる「特別条項付き36協定」を締結できます。

2024年4月1日から、自動車運転業務については、この特別条項を適用したとしても、以下の上限を遵守しなければならなくなりました。

  • 時間外労働時間の上限:年960時間

これに加え、以下の規制も引き続き適用される点に注意が必要です。

  • 時間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6回まで
  • 時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満
  • 時間外労働と休日労働の合計について、「2~6か月平均」がすべて80時間以内

これらの規制に違反すると、前述の通り「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科される可能性があります。

② 月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の引上げ

これまで大企業にのみ適用されていた、月60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率の引き上げ(50%以上)が、2023年4月1日から中小企業にも適用されています。

例えば、月80時間の時間外労働が発生した場合、60時間までは法定の25%以上の割増率、60時間を超えた20時間分については50%以上の割増率で残業代を計算する必要があります。

この引き上げられた割増賃金の支払いに代えて、有給の休暇(代替休暇)を付与する制度も利用できますが、そのためには労使協定の締結が必要です。この改正は、人件費の増加に直結するため、給与計算システムの改修や賃金規程の見直しが急務となります。

③ 「改善基準告示」の改正

ドライバーの健康確保の観点から、労働時間等の基準を定めた「改善基準告示(自動車運転者の労働時間等の改善のための基準)」も、2024年4月1日に合わせて改正されました。主な変更点は以下の通りです。

項目 改正前 改正後
1年の拘束時間 3,516時間 原則3,300時間(労使協定により最大3,400時間)
1か月の拘束時間 原則293時間(最大320時間) 原則284時間(労使協定により最大310時間※)
1日の拘束時間 原則13時間(最大16時間) 原則13時間(上限15時間、14時間超は週2回程度が目安)
1日の休息期間 継続8時間以上 継続11時間以上を基本とし、9時間を下回らない

※1か月の拘束時間が284時間を超える月は連続3か月まで、など追加の要件あり

特に「1日の休息期間」が「継続8時間」から「継続11時間を基本とし、最低でも9時間」に延長された点は重要です。これにより、勤務終了から次の勤務開始までの時間をこれまで以上に確保する必要があり、運行計画に大きな影響を与えます。

なお、業務の必要上、継続11時間の休息期間が確保できない場合には、「分割休息」という特例も設けられていますが、運用には厳格なルールがあるため注意が必要です。

3. 2024年問題に対して運送事業者が今すぐやるべき対策

これらの法改正を踏まえ、運送事業者は多角的な対策を講じる必要があります。

① 労働時間の正確な把握と管理体制の構築

すべての対策の土台となるのが、客観的かつ正確な労働時間管理です。

  • 勤怠管理システムの導入:
    デジタルタコグラフ(デジタコ)やGPS機能付きの勤怠管理アプリなどを導入し、出勤・退勤時刻だけでなく、休憩、荷待ち、荷役作業といった全ての時間を記録・管理します。手書きの日報だけでは、客観的な証拠として不十分と判断されるリスクがあります。
  • 労働時間の定義の再確認:
    どこからどこまでが労働時間にあたるのかを、法的な観点から正しく理解する必要があります。例えば、ドライバーが指示を待っている「手待ち時間」は、自由に利用できない限り労働時間と見なされます。これらの時間を休憩時間として誤って処理しないよう注意が必要です。

② 就業規則・賃金規程の見直し

法改正に対応した社内ルールを整備することが不可欠です。

  • 36協定の再点検・締結
    新しい上限規制に沿った36協定を締結し、労働基準監督署へ届け出る必要があります。
  • 就業規則の改定
    時間外労働の上限、割増賃金率の変更、改善基準告示に沿った拘束時間・休息期間のルールなどを就業規則に明記します。
  • 賃金規程の見直し
    労働時間の減少がドライバーの生活に与える影響を緩和し、モチベーションを維持するための新たな賃金体系を検討します。固定残業代制度(みなし残業代)を導入している場合は、その有効性を弁護士に相談し、無効と判断されるリスクがないかリーガルチェックを受けることをお勧めします。歩合給と時間外労働の関係についても、判例の動向を踏まえた適切な制度設計が求められます。

③ 荷主との運賃交渉・契約内容の見直し

労働時間短縮による売上減少を補い、適正な利益を確保するためには、荷主との交渉が避けて通れません。

  • 「標準的な運賃」の活用
    国土交通省が告示した「標準的な運賃」は、運賃交渉における強力な根拠となります。自社の運賃がこれを下回っている場合、法令遵守のために必要なコストを具体的に示し、運賃改定を申し入れることが重要です。
  • 付帯業務の有料化
    これまでサービスとして無償で行ってきた荷待ち時間、荷役作業、検品作業などについて、その内容と料金を明確にし、対価を請求する交渉を行います。
  • 契約書の見直し
    運送委託契約書に、荷待ち・荷役時間の記録への協力や、長時間労働に繋がる無理な要求をしないといった条項を盛り込むことを検討します。

④ 生産性の向上とDX化の推進

限られた時間の中で最大限の利益を生み出すため、業務効率化は必須です。

  • 配車計画の最適化
    AIを活用した配車支援システムなどを導入し、最も効率的なルートや車両の組み合わせを算出することで、無駄な走行時間や待機時間を削減します。
  • 業務プロセスのデジタル化
    運行日報、点検記録、請求書発行などの事務作業をデジタル化・自動化することで、ドライバーや内勤スタッフの負担を軽減し、コア業務に集中できる環境を整えます。
  • 共同輸送・中継輸送の検討
    他の運送事業者と連携し、荷物を共同で運んだり、長距離輸送を途中で別のドライバーに引き継ぐ「中継輸送」を行ったりすることで、一社・一人あたりの負担を軽減します。

弁護士に相談するメリット

2024年問題への対応は、法務、労務、契約、経営戦略など、多岐にわたる専門知識を要します。弁護士、特に運送業界の実務に精通した弁護士に相談することで、以下のようなメリットが得られます。

  1. 法改正への的確かつ迅速な対応
    就業規則や36協定、賃金規程などの社内規程が最新の法令に適合しているかリーガルチェックを行い、実態に即した形で作成・改定をサポートします。法違反のリスクを未然に防ぎ、健全なコンプライアンス体制を構築できます。
  2. 労務トラブルの予防と解決
    ドライバーからの未払い残業代請求は、運送業において最も多い労務トラブルの一つです。弁護士は、訴訟リスクの低い給与体系の構築を助言し、万が一トラブルが発生した際にも、企業の代理人として交渉や訴訟対応を行い、ダメージを最小限に抑えます。
  3. 荷主との有利な交渉支援
    「標準的な運賃」や下請法、独占禁止法といった法的根拠に基づき、荷主との運賃交渉や契約交渉を有利に進めるための戦略立案をサポートします。弁護士が交渉の前面に立ったり、助言を行ったりすることで、対等なパートナーシップの構築を目指せます。
  4. 経営判断の総合的なサポート
    2024年問題は、M&Aや事業承継を検討するきっかけにもなり得ます。弁護士は、法務デューデリジェンス(法務監査)を通じて対象企業の法務リスクを洗い出し、円滑な事業承継やM&Aの実現を法的な側面から支援します。

弁護士法人長瀬総合法律事務所では、運送業界が直面する複雑な課題に対し、各企業の状況に合わせたオーダーメイドの解決策をご提案します。

まとめ

運送業の2024年問題は、間違いなく厳しい経営課題です。しかし、これは運送業界が、長時間労働に依存した構造から脱却し、持続可能なビジネスモデルへと転換するための避けられないプロセスでもあります。

「働き方改革」という言葉が示す通り、この変革の本来の目的は、働く人々がより良い環境で、その能力を最大限に発揮できるようにすることです。ドライバーの労働環境を改善し、魅力ある職場を提供することは、深刻化する人手不足を解消し、ひいては企業の競争力を高めることに繋がります。

法改正への対応は待ったなしの状況です。労働時間の管理体制構築、就業規則の見直し、そして荷主との粘り強い交渉。これらを先延ばしにすれば、行政処分や労務トラブルといった形で、より大きな経営リスクを抱えることになりかねません。

今こそ、自社の経営体制を法的な観点から総点検し、未来に向けた一歩を踏み出す時です。何から手をつければよいか分からない、自社の対応が正しいか不安だという経営者様は、ぜひ一度、運送業の法務に詳しい弁護士にご相談ください。

弁護士法人長瀬総合法律事務所は、運送事業者の皆様がこの大きな変革の波を乗り越え、発展していくための良きパートナーとしてサポートいたします。


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違反してしまうと刑事罰の対象になってしまうので、運送・物流業を営む方の対策は必須です。
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