大阪地方裁判所令和6年2月16日判決(令和2年(ワ)第10058号)解説

Ⅰ はじめに

本判例は、労働時間の認定や未払賃金の請求において、労働者と使用者の間でどのような条件が労働時間として認められるかを詳細に示しています。本件では、電気工事作業に従事していた労働者が未払の割増賃金や年次有給休暇の取得妨害に関して訴えを提起しました。裁判所は、移動時間や準備・片付けの時間が労働時間に該当するかどうかを具体的に判断し、労働時間管理の適正化と労働者の権利保護に関する重要な基準を提示しました。

本件は、労働時間の概念を明確にする一方で、企業の労務管理における留意点を示すものであり、実務上の参考になる判例といえます。

Ⅱ 事案の概要

本件は、電気工事作業等に従事していた原告らが、被告との労働契約に基づき、未払の割増賃金及びそれに伴う遅延損害金の支払を求めた事案です。原告X1と原告X2は、被告に対してそれぞれ時間外労働に対する割増賃金等の支払を請求しました。また、原告X2は年次有給休暇の権利行使が妨害されたとして、損害賠償も求めました。

Ⅲ 本件の争点

本件の主要な争点は以下の通りです。

  1. 労働時間の認定
  2. 既払金の有無
  3. 消滅時効の成否
  4. 付加金の有無及びその額
  5. 年次有給休暇取得妨害による債務不履行の成否及び損害額

本稿では、「労働時間の認定」に関する裁判所の判断に焦点を置いて解説します。

Ⅳ 労働時間の扱いに関する当事者の主張

原告らは、以下の時間を労働時間と認定すべきと主張しました。

  • 本件駐車場と各現場間の移動時間
  • 本件駐車場や倉庫での作業時間
  • 作業開始前や終了後の準備・片付け時間

一方、被告はこれらを争い、特に移動時間については労働時間と認定すべきでないと主張しました。

Ⅴ 労働時間についての裁判所の判断

このように、労働時間の扱いについて、当事者間の主張は対立しましたが、裁判所は以下のように判断しました。

(1)本件駐車場と各現場との間の移動時間について

労働時間該当性の判断基準

裁判所は、労働基準法32条所定の労働時間について、「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指し、これが労働時間に該当するか否かは、労働契約や就業規則等の定めによらず、客観的に判断されるべきであるとしています。

移動時間の評価

本件において、原告らは本件駐車場に集合して現場に向かい、または現場から駐車場に戻って解散することがありました。しかし、移動中の車内で特定の業務を行う義務はなく、被告も原則として直行直帰を認めていたため、移動時間を労働時間とすることはできないと判断しました。

例外的な認定

ただし、日勤後に夜勤に直行する場合や、現場からミーティングに向かう場合については、被告の指示に基づく移動であり、これらの移動時間は労働時間に該当すると認めました。

(2)始業時間・終業時間について

裁判所は、出面に記載された始業時刻と終業時刻を基準に労働時間を認定しました。

原告の主張

原告らは、出面記載の始業時刻の前後に準備や片付けの時間があったと主張しましたが、これを裏付ける証拠が不十分であり、出面記載の時刻に基づく判断が妥当であるとされました。

駐車場及び倉庫での作業

駐車場や倉庫での作業があったことは認められましたが、その頻度や具体的な時間が特定されていないため、これらの時間は労働時間に含まれないと判断されました。

(3)勤務の有無について争いがある日について

令和元年5月26日の原告X1の勤務

裁判所は、原告X1が研修に参加したことを認め、当日の午前8時から午後5時まで(2時間の休憩時間を除く)を労働時間と認定しました。

平成31年2月28日のミーティングの有無

原告らは当日にミーティングが行われたと主張しましたが、これを裏付ける証拠が不十分であり、裁判所はミーティングの開催を認めませんでした。

(4)休憩時間について

裁判所は、以下のように休憩時間を認定しました。

日勤と夜勤の間

同一日に日勤と夜勤を行った場合、現場が同じであればその間を休憩と認定し、異なる場合には帰宅したか直行したかによって判断しました。

ミーティングの日

ミーティングが行われた日は、現場からミーティング場所への移動時間を労働時間とし、それ以外を休憩時間と認定しました。

(5)労働時間に関するまとめ

以上の判断に基づき、裁判所は具体的な労働時間を認定しました。

Ⅵ 裁判所の判断

裁判所は、原告らの主張の一部を認め、以下のように判決しました。

  1. 原告X1に対し、105万6047円及びそのうち74万9476円に対する令和4年3月31日から支払済みまでの年14.6%の遅延損害金
  2. 原告X1に対し、43万8850円及びそれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまでの年3%の遅延損害金
  3. 原告X2に対し、54万0540円及びそのうち40万6982円に対する令和4年3月31日から支払済みまでの年14.6%の遅延損害金
  4. 原告X2に対し、40万6982円及びそれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまでの年3%の遅延損害金

Ⅶ 本裁判例を踏まえた実務上の留意点

本件判決を踏まえ、実務上の留意点は以下の通りです。

(1)労働時間の明確化

労働時間の認定においては、使用者の指揮命令下にあるかどうかが重要となります。本件では、移動時間が労働時間に含まれるかどうかが争点となりました。事前に労働時間を明確にし、労働契約や就業規則に詳細に記載することが重要です。

(2)記録の適切な管理

労働時間の管理には、労働者が実際に勤務した時間を正確に記録することが求められます。出面の記載が証拠として重要視された本件では、記録の正確性が労働時間の認定に大きく影響しました。

(3)未払賃金の対応

未払賃金が発生した場合には、早急に対応することが求められます。訴訟に至る前に労使間での協議を行い、未払分を清算することが望ましいです。

(4)労働者の権利保護

年次有給休暇の取得妨害が争点となった本件では、労働者の権利保護が重要なテーマとなりました。労働者の権利を侵害しないよう、適切な対応が求められます。