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質問
当社は、従業員数十人程度の建設会社です。当社では、請け負った工事現場に従業員を派遣して工事を行っていますが、現場まで向かう方法は各従業員に任せています。
最近になって、従業員が各自で申し合わせて一旦当社事務所に集合した後、自動車に乗り合わせて現場まで移動しているようです。
この場合、当社は、従業員が会社事務所から現場まで移動するときの移動時間も、労働時間にあたるとして、賃金を支払わなければならないのでしょうか。
回答
ご質問のケースでは、現場までの移動時間は労働時間にはあたらず、賃金を支払う必要はないといえます。
解説
移動時間が労働時間に該当するか
労働時間の定義
労働時間とは、「使用者の作業上の指揮監督下にある時間または使用者の明示または黙示の指示によりその業務に従事する時間」と定義されます(資料1「労働法」(第11補訂版)478頁)。
裁判例においても、問題の時間において、労働者が業務に従事しているといえるか、業務従事のために待機中といえるか、それら業務従事またはその待機が使用者の義務づけや指示によるのか、などを考察して労働時間性を判断しています(資料1)。
三菱重工業〔会社側上告〕事件:最一小判平12・3・9民集54巻3号801頁
大星ビル管理事件:最一小判平14.2.28民集56巻2号361頁
大林ファシリテイーズ事件:最二小判平19.10.19 民集61巻7号2555頁。
なお、労働災害の認定実務における業務の過重性判断にあたって検討する労働時間も、原則としてこれに該当するかどうかで判断されています(資料2「労災事件救済の手引【第2版】」91頁)。
かかる労働時間の定義を前提に、移動時間が労働時間に該当するかどうかを検討する必要があります。
移動時間の労働時間制
移動時間の分類
移動時間については、①通勤時間、②始業後の移動時間、③出張前後の移動時間等の労働時間該当性が問題となります。
① 通勤時間
通勤時間は、就労地での労務提供という労働者側の債務の履行準備行為であるとして、労働時間に含めないとされることが一般的です。
労働災害認定実務においても同様に考えており、業務の過重性の評価対象としないとされています。なお労災認定基準の作成にあたっては、平均的な労働者の生活時間中の通勤時間を約1時間20分として考慮しています。
もっとも、当該時間が「通勤時間」なのか「始業後の移動時間」なのかについて、具体的事実に沿って問題となります。
② 始業後の移動時間
始業後の移動時間については、いったん事業場(会社事務所)に出勤した後に、作業現場や営業等での外回りに出る場合には、事業場に出勤した以降の移動時間も、原則として労働時間に含めるべきであるとする見解があります。
また、この点については、労災認定基準には明確な記載はありませんが、具体的事実関係に即して労働時間該当性が判断されると指摘されます。裁判例でも具体的事実関係に即して結論が分かれています。
【労働時間該当性を肯定した事例】
- 総設事件・東京地判平成20.2.22(労判966号51頁)(資料6)
【労働時間に該当性を否定した事例】
- 高栄建設事件・東京地判H10.11.16(資料4)
- 阿由葉工務店事件・東京地判平成14・11・15(労判836号148頁)(資料5)
会社事務所への立ち寄りが指示されていたと認められるか、会社事務所で行っている具体的な作業・行動などといった点を評価して判断される傾向にあると指摘されます。
③ 出張前後の移動時間
労働災害実務では、出張先への移動時間について、実作業を伴わず使用者からの拘束の程度も低いとして、自ら乗用車を運転して移動する場合や、移動時間中にパソコンで資料作成を行う場合等、具体的に業務に従事している実態が明確に認められないときには、過重性の評価を行う労働時間としては算定しない、ただし当該時間は当然に拘束時間に含まれることから、拘束時間としての評価、検討を要するとしています。
もっとも、出張の目的が物品の運搬であり、移動(旅行)中に当該物品の監視をする必要がある等、出張の移動そのものが業務性を有する場合には、労働時間に算入することとなります。
裁判例における判断
本件では、移動時間のうち、②始業後の移動時間という分類が問題となります。②始業後の移動時間が、労働時間に該当するかどうかが争われた裁判例は以下のとおりです。
東京地判H10.11.16(高栄建設事件)
会社の寮から労務を提供すべき場所である使用者の指示に係る各工事現場までの往復時間は、いわゆる通勤時間の延長ないしは拘束時間中の自由時間ともいうべきものである以上、原則として賃金を発生させる労働時間に当たらないものとされた事例
東京地判H14.11.15(阿由葉工務店事件)
上記裁判例では、移動時間の労働時間該当性について、以下のように判示しています(下線部・編者付記)。
「建築現場で職務に就く社員の所定就業時間(現場での作業の開始時刻から終了時刻まで)は、午前8時から午後6時までとされており、実際もそのように運用されていたこと、原告は、出勤の際、会社事務所に立ち寄り、車両により単独又は複数で建築現場に向かっていたこと、この車両による移動は、被告が命じたものではなく、車両運転者、集合時刻等も移動者の間で任意に定めていたことが認められる。
これらの事実によれば、原告が行った会社事務所と工事現場との往復は、通勤としての性格を多分に有するものであり、これに要した時間は、労働時間、すなわち、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間に当たらないものというべきである。
イ 原告は、上記時間が労働時間であることの根拠として、①会社事務所への集合時間が午前7時に決まっていたこと、②会社事務所において被告代表者等から当日の作業予定を指示されるため、同事務所への出頭が必要であったこと、③原告が、作業現場に向かう車両を運転することが多かったことを挙げる。
しかし、上記①については、これに反する被告代表者の供述等に照らし、直ちに採用できず、仮に原告主張のとおりであったとしても、上記ア認定の作業現場への移動態様に照らすと、このことを根拠に作業現場への移動時間が労働時間ということはできない。
上記②については、証拠(乙12、被告代表者)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、当日の作業内容が決まっていない場合は、会社事務所において被告代表者等から当日の作業内容を指示されていたが、前日までに当日の作業内容が決まっていたことが多く、この場合は当日に改めて作業内容につき会社事務所において指示されず、その必要もなかったことが認められ、これらの事実によれば、上記②は採用することができない。
上記③については、原告の陳述等の他に、原告が作業現場への移動にあたり車両を運転することが多かったことを認めるに足りる的確な証拠はない上、上記ア認定の作業現場への移動態様に照らすと、原告による車両の運転が業務又はこれに準じる行為に当たると認めることはできない」
東京地判H20.2.22(総設事件)
被告の従業員であった原告らが、被告会社から解雇されたとして、在職中の残業代金及び解雇予告手当を退職後に請求した事案において、原告らの出勤状況及び被告における作業の指示状況からすると、原告らは直行の場合を除いて少なくとも午前6時50分以降は、使用者の作業上の指揮監督下にあるか使用者の明示又は黙示の指示によりその業務に従事しているものと考えるのが相当である等として未払賃金相当分の支払請求について、消滅時効にかからない部分の請求を認容しつつ、原告らによる解雇予告手当については、被告に対して、原告各人がそれぞれ退職の意思表示をした日に退職の合意が成立したとして、原告らの請求を棄却した事例。
結語
以上の次第であり、②始業後の移動時間が労働時間に該当するかどうかは、具体的事実関係に即して労働時間該当性が判断されることになるといえます。
会社事務所への立ち寄りが指示されていたと認められるか、会社事務所で行っている具体的な作業・行動などといった点を評価して判断される傾向にあると指摘する文献もあります。
もっとも、具体的な裁判例をみると、東京地判H14.11.15(阿由葉工務店事件)のように、労働者が出勤の際に会社事務所に立ち寄り、車両により単独又は複数で建築現場に向かっていたからといって、当然に労働時間に該当するわけではなく、「車両による移動は、被告が命じたものではなく、車両運転者、集合時刻等も移動者の間で任意に定めていた」ということであれば、会社事務所と工事現場との往復は、通勤としての性格を多分に有するものであり、これに要した時間は、労働時間、すなわち、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間に当たらない」と判断されています。
したがって、②始業後の移動時間が労働時間に当たるかどうかは、労働者が会社事務所に立ち寄ったことだけで決まるものではなく、会社事務所への立ち寄りが会社から指示されたものかどうか、会社事務所で行っている具体的な作業・行動等を評価して判断されるといえます。
ご質問のケースでは、会社が従業員に対して、会社事務所に集合することを義務付けているわけではない上、会社事務所で業務の打ち合わせを行っているような実態もないようですので、現場までの移動時間は労働時間にあたらず、賃金を支払う必要はないといえます。
参考資料
- 「労働法」(第11補訂版)
- 「労災事件救済の手引【第2版】」
- 判例タイムズ1366号24頁 残業代請求事件の実務(中)
- 高栄建設事件・東京地判H10.11.16
- 阿由葉工務店事件・東京地判平成14.11.15(労判836号148頁)
- 総設事件・東京地判平成20.2.22(労判966号51頁)
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