ポイント
- 採用内定通知の時点で労働契約が成立したと認められる傾向にある
- 採用内定を取り消すことができる場合は限定的に解されている
- コロナウイルス感染症対応による経営環境悪化だけを理由に採用内定を取り消すことができるわけではなく、整理解雇4要件を満たすかどうかを検討する必要がある
- 企業は、経営状況を誠実に説明し、内定者と協議した上で内定の合意解約を目指すことが望ましい
相談例
当社は飲食店を経営しています。
新型コロナウイルス感染症対応のために緊急事態宣言が発令される前後から、外出自粛要請の影響もあり、売上が大幅に減少しています。これ以上売上の減少が継続すると、事業自体を継続できるかどうかも危うい状況です。
大学新卒の方に対して内定を出していたのですが、このように経営状況が危うい中で、内定を取り消したいと考えています。内定を取り消すことは可能でしょうか。
回答
企業が採用内定通知を出した時点で労働契約が成立したと認められる傾向にあるところ、本件でも企業と内定者との間で労働契約が成立していると解される可能性が高いといえます。
企業と内定者との間で労働契約が成立している場合、内定取消を行うことは、内定取消の意思表示は解雇にあたり、解雇権濫用法理が適用されます。
企業は、安易に内定取消をできるわけではなく、この理はコロナウイルス感染症対応による経営環境悪化の場合でも変わりません。経営環境悪化による解雇の場合には、整理解雇に該当すると考えられますが、整理解雇の4要件を満たすかどうかを慎重に検討する必要があります。
企業としては、できる限りの経営努力を重ねることが求められますが、場合によっては内定者と協議し、内定の合意解約も視野に入れることになるでしょう。
解説
1 コロナウイルス感染症対応に伴う内定取消の状況
新型コロナウイルス感染症対応による経営環境悪化のために、企業による内定取消が起きているとの報道がなされています。
国は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大をめぐる新卒者の採用内定取消等の状況を踏まえ、2020年4月13日から、全国56ヵ所に設置している新卒応援ハローワークに、内定取消し・入職時期の繰下げにあわれた学生のための「新卒者内定取消等特別相談窓口」を設置しました。
2 内定の法的性質
国は、内定取消のための対応窓口を設置していますが、そもそも企業は自由に採用内定を取り消すことができるかどうかという問題があります。
この点、採用の手続は、①企業による募集、②これに対する労働者の応募③企業から労働者に対する採用内定の通知、④就労開始日の到来及び就労開始という流れで進むことが一般的です。
この①から④の過程において、いつの時点で労働契約が成立するかは、個別事案ごとに具体的な事実関係をもとに判断されることになりますが、②採用内定通知の時点で、労働契約が成立したと認められるケースが多いといえます(大日本印刷事件・最判昭54.7.20労判323号19頁参照)。なお、「内定」ではなく「内々定」という表現であったとしても、具体的な事情によっては、企業と内定者との間に労働契約が成立しているとみることができる場合もあるといえます。
したがって、内定通知を出した時点で、企業と内定者との間には、労働契約が成立しているとみることが通常といえます。
3 内定取消の効果
企業と内定者との間に労働契約が成立している場合、企業が内定を取り消すことは、解雇にあたることになります。
したがって、企業による内定取消が有効とされるためには、解雇権濫用法理に照らし(労働契約法16条)、解雇の客観的合理性と社会通念上の相当性を満たす必要があります。
なお、企業によっては、内定通知を出す際に、内定の取消事由を採用内定通知書や誓約書に記載していることがあります。この場合、採用内定通知書や誓約書記載の「採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したもの」とみなされることになりますが、内定取消事由に該当するからといって、当然に内定取消ができるわけではありません。採用内定取消事由が記載されている場合であっても、内定取消は解雇である以上、前記のとおり、解雇権濫用法理に反しないかどうかを検討する必要があります。
この点、前掲大日本印刷事件最高裁判決は、以下のように判示し、内定取消事由が規定された内定の場合には、解約権留保付労働契約が成立しているとした上で、解雇権濫用法理に照らし、内定取消の是非を検討しています。
「わが国の雇用事情に照らすとき、大学新規卒業予定者で、いつたん特定企業との間に採用内定の関係に入つた者は、このように解約権留保付であるとはいえ、卒業後の就労を期して、他企業への就職の機会と可能性を放棄するのが通例であるから、就労の有無という違いはあるが、採用内定者の地位は、一定の試用期間を付して雇用関係に入つた者の試用期間中の地位と基本的には異なるところはないとみるべきである。ところで、試用契約における解約権の留保は、大学卒業者の新規採用にあたり、採否決定の当初においては、その者の資質、性格、能力その他いわゆる管理職要員としての適格性の有無に関連する事項について必要な調査を行い、適切な判定資料を十分に蒐集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものと解され、今日における雇用の実情にかんがみるときは、このような留保約款を設けることも、合理性をもつものとしてその効力を肯定することができるが、他方、雇用契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮するとき、留保解約権の行使は、右のような解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許されるものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(当裁判所昭和四三年(オ)第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決、民集二七巻一一号一五三六頁)。右の理は、採用内定期間中の留保解約権の行使についても同様に妥当するものと考えられ、したがつて、採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。」
4 コロナウイルス感染症対応による経営悪化を理由とした内定取消の可否
このように、内定取消は解雇に該当するところ、新型コロナウイルス感染拡大による経営状況悪化を理由とする内定取消は、整理解雇に該当することになります。
整理解雇とは、会社が経営不振の打開等、経済的理由から余剰人員削減を目的として行う解雇のことをいいます(「整理解雇」の詳細については、「解雇ー社員の整理解雇」の解説もご覧ください)。
整理解雇が認められるための要件については多数の判例が出されており、その中で整理解雇の正当性判断に関する4つの基準が確立されています。
具体的には、以下の4つの基準が挙げられます。
- 人員削減の必要性
- 人員削減の手段として解雇を選択することの必要性(解雇回避努力義務)
- 被解雇者選定の妥当性
- 手続の妥当性(労働者との協議・説明)
新型コロナウイルス感染症対応による経営悪化の場合であっても、この理は変わらないものといえます。
厚生労働省が公表する「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」(令和2年4月17日時点)においても、「新卒の採用内定者について労働契約が成立したと認められる場合には、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない採用内定の取消は無効となります。事業主は、このことについて十分に留意し採用内定の取り消しを防止するため、最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講ずるようにするとともに、まずはハローワークにご連絡ください。また、新入社員を自宅待機等休業させる場合には、当該休業が使用者の責めに帰すべき事由によるものであれば、使用者は、労働基準法第26条により、休業期間中の休業手当(平均賃金の100分の60以上)を支払わなければならないとされています。」と指摘されています。
5 コロナウイルス感染症対応に悩む企業が採るべき対応
以上にみてきたように、新型コロナウイルス感染症対応による経営悪化に陥っていたとしても、企業は安易かつ一方的に内定を取り消すことは難しいと言わざるを得ません。
企業としては、事業存続に向けたできる限りの経営努力が求められる厳しい立場にあります。
もっとも、企業がどれほど経営努力を重ねたとしても、どうしても事業存続の途が見通し難い場合には、内定者と早期に話し合い、協議による内定の合意解約も視野にいれることになります。