ポイント
- 中途採用者であっても、採用内定通知の時点で労働契約が成立したと認められる傾向にある
- 採用延期をすることは、使用者の責めに帰すべき事由による休業と解される場合、当初の入社予定日から賃金の支払義務が発生する
- 新型コロナウイルス感染症対応による採用延期をする場合、不可抗力によるものといえるかどうかを検討する必要がある
相談例
当社はホテル業を経営していますが、新型コロナウイルス感染症対応のために業績が急激に悪化しています。現在は、ほとんど利用客もいらっしゃらない状況が続いており、従業員にお願いする仕事もありません。
6月1日からは中途採用予定者が勤務する予定だったのですが、お願いする仕事もほとんどないため、勤務開始日を9月1日に延期したいと思います。勤務開始日を延期することは問題ないでしょうか。
回答
企業が採用内定通知を出した時点で労働契約が成立したと認められる傾向にあるところ、本件でも企業と内定者との間で労働契約が成立していると解される可能性が高いといえます。この理は、中途採用者であっても変わりません。
そして、採用内定により入社予定日を就労の始期とする労働契約が成立していることから、使用者の責に帰すべき事由による採用延期の場合、一時帰休と同じく「労働義務の免除」ないし「労務の受領の予めの拒否」と解されることになります。
したがって、使用者の責に帰すべき事由による採用延期の場合、内定者は、入社予定日である6月1日以降は、賃金全額の請求権を有することになります。
ただし、今回の新型コロナウイルス感染症対応による採用延期の場合、使用者の責に帰すべき事由によるものといえるかどうかは判断が難しく、現状では安易な結論を出し難いといえます。
解説
1 内定の法的性質
内定の法的性質の詳細については、「コロナウイルス感染症対応に伴う業績悪化による内定取消の可否」をご参照ください。
中途採用者であっても、企業が内定通知をした時点で、労働契約が成立したと解される傾向にあることは変わりません。
2 採用延期の法的効果
採用内定により、企業と内定者との間では、入社予定日を就労の始期とする労働契約が成立していることになります。
そして、内定後の企業の都合による採用延期は、一時帰休と同じく「労働義務の免除」ないし「労務の受領の予めの拒否」にあたります。
したがって、企業の都合による採用延期の場合、内定者は、内定通知の時点で労働者としての地位を有する上、入社予定日以後は、民法536条2項に基づき、賃金全額の請求権を有することになります。
本件では、当初の勤務開始予定日が6月1日であるところ、企業は、9月1日に勤務開始日を延期したとしても、6月1日分から賃金の支払義務を負うことになる可能性があります。
3 新型コロナウイルス感染症対応による採用延期が不可抗力といえるか
ただし、企業が採用延期によっても当初の勤務開始日以降の賃金の支払義務が生じることは、あくまでも企業の都合(「債権者の責めに帰すべき事由」)による場合に限られます(民法536条2項)。
また、労働基準法26条は、休業手当に関し、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」と規定しているところ、「使用者の責めに帰すべき事由による休業」とはいえない場合には、企業手当の支払義務は生じないことになります。
この点、新型コロナウイルス感染症対応による休業の場合、どのように解するかが問題となります。
厚生労働省は、「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」(令和2年4月17日時点)において、以下のように公表しています。
4 労働者を休ませる場合の措置(休業手当、特別休暇など)
<休業させる場合の留意点>
問1 新型コロナウイルスに関連して労働者を休業させる場合、どのようなことに気をつければよいのでしょうか。
新型コロナウイルスに関連して労働者を休業させる場合、欠勤中の賃金の取り扱いについては、労使で十分に話し合っていただき、労使が協力して、労働者が安心して休暇を取得できる体制を整えていただくようお願いします。
なお、賃金の支払いの必要性の有無などについては、個別事案ごとに諸事情を総合的に勘案するべきですが、労働基準法第26条では、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、使用者は、休業期間中の休業手当(平均賃金の100分の60以上)を支払わなければならないとされています。
また、労働基準法においては、平均賃金の100分の60までを支払うことが義務付けられていますが、労働者がより安心して休暇を取得できる体制を整えていただくためには、就業規則等により各企業において、100分の60を超えて(例えば100分の100)を支払うことを定めていただくことが望ましいものです。この場合、支給要件に合致すれば、雇用調整助成金の支給対象になります。
※不可抗力による休業の場合は、使用者の責に帰すべき事由に当たらず、使用者に休業手当の支払義務はありません。ここでいう不可抗力とは、①その原因が事業の外部より発生した事故であること、②事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることの2つの要件を満たすものでなければならないと解されています。例えば、自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合において、これを十分検討するなど休業の回避について通常使用者として行うべき最善の努力を尽くしていないと認められた場合には、「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当する場合があり、休業手当の支払が必要となることがあります。
厚生労働省の見解によっても、新型コロナウイルス感染症対応による休業が、「不可抗力による休業」といえるかどうかは、明確な基準が示されているわけではなく、曖昧さが残るままとなっています。
したがって、現時点では、新型コロナウイルス感染症対応による休業について、どのようなケースが「不可抗力による休業」といえるかどうかは明確ではないため、内定者としても、また企業としても、休業手当の支払義務があるのかどうかは慎重に検討する必要があります。