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はじめに

なぜ今、運送業界でハラスメント対策が急務なのか?

「2024年問題」に直面する運送・物流業界は、長時間労働の是正や人材確保が喫緊の経営課題となっています。このような厳しい環境下で、もう一つ見過ごすことのできない重大なリスク、それが「職場におけるハラスメント」です。

納期厳守のプレッシャーやドライバー間のコミュニケーション不足といった運送業界特有の労働環境は、残念ながらパワーハラスメント(パワハラ)やセクシュアルハラスメント(セクハラ)の温床となりやすい側面があります。

ハラスメントは、被害を受けた従業員の心身を深く傷つけ、休職や離職につながるだけでなく、職場の士気を低下させ、生産性を著しく悪化させます。さらに、ひとたび問題が顕在化すれば、企業は法的責任を問われ、多額の損害賠償を命じられるだけでなく、「ハラスメントが横行する会社」という評判が広まり、企業イメージの失墜や採用難といった深刻な事態を招きかねません。

本稿では、運送業界の経営者・労務担当者の皆様が、ハラスメントのリスクを正しく理解し、実効性のある対策を講じられるよう、法律の専門家として、実際の裁判例を交えながら解説します。

【基本編】パワハラ・セクハラの法的定義と運送業における具体例

まず、法律でどのように定義されているのか、基本を正確に押さえることが対策の第一歩です。

パワーハラスメント(パワハラ)とは

パワハラは、2022年4月から中小企業を含むすべての事業主に対策が義務化されており、法律(労働施策総合推進法)では、以下の3つの要素をすべて満たすものと定義されています。

  1. 優越的な関係を背景とした言動
    上司から部下へ、という関係に限りません。経験豊富な先輩ドライバーから新人へ、あるいは配車担当者からドライバーへ、さらには複数のドライバーが集団で特定の従業員に行う行為など、抵抗や拒絶が難しい関係性であれば該当します。
  2. 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
    安全運転や荷物の丁寧な扱いを指導すること自体は、業務上必要です。しかし、その指導が社会通念に照らして、明らかにやり過ぎである場合、この要件に該当します。これが「正当な指導」との境界線になります。
  3. 労働者の就業環境が害されるもの
    その言動によって従業員が身体的・精神的な苦痛を受け、仕事に集中できないなど、能力の発揮に看過できないほどの支障が生じる状態を指します。

厚生労働省は、パワハラに該当しうる行為を以下の6つの類型に分類しています 。運送業の現場で起こりがちな例と共に確認しましょう。

類型 解説 運送業での具体例
身体的な攻撃 暴行・傷害など、身体への直接的な攻撃。 ・荷物の積み下ろしミスを理由に、頭を叩く、胸ぐらを掴む。 ・伝票や工具を投げつける。
精神的な攻撃 脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言など。 ・他の従業員の前で「運転手失格だ」「使えない」と大声で叱責する。 ・ミスを理由に、人格を否定するような発言を繰り返す。
人間関係からの切り離し 隔離・仲間外し・無視など。 ・特定のドライバーだけを、意図的に重要な運行情報から外す。 ・事務所内で、集団で挨拶をしても無視する。
過大な要求 業務上明らかに不要なことや、遂行不可能なことの強制。 ・休憩時間を取れないような、到底無理な配送スケジュールを強要する。 ・業務とは無関係な、上司の私的な用事(洗車など)を強制する。
過小な要求 能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや、仕事を与えないこと。 ・嫌がらせ目的で、ベテランドライバーに一日中洗車や事務所の掃除だけをさせる。 ・気に入らないという理由で、特定のドライバーに全く配車をしない。
個の侵害 私的なことに過度に立ち入ること。 ・有給休暇の申請理由を執拗に聞き出し、プライベートな予定に口を出す。 ・休日の過ごし方や家族構成について、業務に関係なく根掘り葉掘り聞く。

セクシュアルハラスメント(セクハラ)とは

セクハラは、男女雇用機会均等法で防止措置が義務付けられており、大きく2つの類型に分けられます。

  1. 対価型セクシュアルハラスメント
    従業員の意に反する性的な言動に対し、拒否や抵抗をしたことへの見返りとして、解雇、降格、減給、不利益な配車といった不利益を与えることです。
  2. 環境型セクシュアルハラスメント
    性的な言動によって職場環境が不快なものとなり、従業員の就業意欲を低下させ、能力発揮に支障が生じることです。

重要なのは、行為者の意図は関係なく、受け手が「不快」と感じるかどうかが判断の基準となる点です。また、男女を問わず、誰もが被害者にも加害者にもなり得ます。

類型 運送業での具体例
対価型 ・デートの誘いを断った事務員を、不利益なシフトに変更する。 ・性的な関係を拒否したドライバーに、収益性の高い仕事を回さなくなる。
環境型 ・助手席や車内で、不必要に肩や腰、手などに触れる。 ・点呼の際に、容姿や服装について執拗にからかう。 ・トラックのキャビンや事務所にヌードポスターを貼る。

【実践編】運送業界の裁判例から学ぶハラスメントのリスク

ハラスメントが企業にどれほど甚大な影響を及ぼすか、実際の裁判例を通じて具体的に見ていきましょう。

ケース1:パワハラ複合事例(2017年2月12日 大阪地裁にて和解成立)

大手運送会社の長距離トラック運転手が、月100時間を超える長時間労働という過酷な環境下で、複数のパワハラ行為を受け、重度のうつ病を発症した事例です。

煽り運転の被害に遭ったにもかかわらず、相手が得意先であるという理由で会社から「当て逃げしたことにしろ。さもなければ辞めろ」と虚偽申告を強要されました。さらに、支店に戻ると上司に

土下座をさせられ、「反省出勤」として炎天下で無給の草むしりをさせられるという懲罰的行為を受けました。

この事件は、長時間労働という背景に加え、精神的攻撃、過大な要求、過小な要求といった複数のパワハラが複合的に行われたケースとして、最終的に会社側が責任を認めて謝罪し、解決金を支払う形で和解に至りました。

ケース2:勤務時間外のセクハラ(大阪セクシュアルハラスメント(運送会社)事件:1998年12月21日 大阪地裁判決)

ある運送会社の飲み会後、二次会のカラオケで、男性上司が女性従業員をソファーに押し倒し、キスをするなどのわいせつ行為を行った事例です。

裁判所はこれを悪質なセクハラと認定し、行為者本人だけでなく、会社にも「使用者責任」があるとして、連帯して慰謝料の支払いを命じました。この判例は、たとえ勤務時間外の懇親の場であっても、職務の延長と見なされれば会社も責任を免れないことを明確に示しています。「プライベートな場だから」という言い訳は通用しません。

ケース3:荷主からのハラスメント(カスタマーハラスメント)

運送業界では、荷主や納品先の担当者からの理不尽な要求や暴言、いわゆる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」も深刻な問題です。

「予定時間ギリギリの到着に1時間以上怒鳴り続けられる」「契約にない積み込み作業を強要される」「長時間の荷待ちを強いられる」といった行為は、ドライバーに大きな精神的苦痛を与えます。

企業には、従業員が安全に働ける環境を提供する「安全配慮義務」があり、これには顧客からのハラスメントから従業員を守る義務も含まれます。従業員一人で抱え込ませず、組織として毅然と対応することが不可欠です。

【対策編】企業が講じるべきハラスメント防止策と発生時の対応

では、企業は具体的に何をすべきなのでしょうか。

1. 企業の法的責任を理解する

ハラスメントが発生した場合、企業は主に2つの法的責任を問われる可能性があります。

  • 使用者責任(民法715条)
    従業員が業務に関連して他者に損害を与えた場合、会社も連帯して賠償責任を負います。裁判でこの責任を免れることは極めて困難です。
  • 安全配慮義務違反(労働契約法5条)
    会社は、従業員が安全で健康に働ける職場環境を提供する義務を負っています。ハラスメントを放置することは、この義務に違反し、損害賠償責任が発生します。岡山県貨物運送事件(2014年6月27日仙台高裁判決)では、新入社員が過重労働と上司のパワハラにより死亡したとして、会社の安全配慮義務違反が問われました。

2. 法律で義務付けられた「予防措置」を徹底する

パワハラ防止法(労働施策総合推進法)は、すべての企業に以下の措置を講じることを義務付けています。

  • 方針の明確化と周知・啓発
    • 「当社はハラスメントを一切許さない」というトップメッセージを明確に発信する。
    • 就業規則にハラスメントの禁止規定と懲戒処分について明記する。
    • 本稿で解説したような内容を盛り込んだ研修を定期的に実施する。
  • 相談体制の整備
    • 従業員が安心して相談できる窓口を設置し、全従業員に周知する。
    • 相談担当者には、プライバシー保護や公平な対応について十分な教育を行う。
  • 発生後の迅速かつ適切な対応
    • 相談があった場合、迅速に事実関係を調査する体制を整える。
    • ハラスメントの事実が確認された場合、被害者への配慮措置(配置転換など)と、行為者への厳正な処分(懲戒処分など)を行う。
    • 再発防止策を講じる。

3. 管理職の意識改革と指導方法の見直し

ハラスメント防止の鍵を握るのは、現場の管理職です。管理職には、日頃から部下とのコミュニケーションを密にし、ハラスメントの兆候を早期に発見する役割が求められます。

また、自身の指導が「パワハラ」と受け取られないよう、常に自問自答する必要があります。神奈川中央交通(大和営業所)事件(1999年9月21日横浜地裁判決)では、事故を起こしたバス運転手への懲罰目的での炎天下の除草作業が、指導の範囲を逸脱した違法なパワハラと認定されました。指導はあくまで業務改善や部下の成長を目的とし、感情的に叱責したり、人格を否定したりする行為は厳に慎まなければなりません。

おわりに

ハラスメント対策は弁護士にご相談ください

ハラスメント問題は、放置すれば従業員の心身を蝕み、会社の存続をも揺るがしかねない重大な経営リスクです。問題が起きてから対応するのではなく、問題が起きない職場環境を構築する「予防」こそが最も重要です。

当事務所では、運送業界の実情に即したハラスメント対策を全面的にサポートいたします。

  • 予防法務
    就業規則の整備、ハラスメント防止規程の作成、従業員・管理職向け研修の実施
  • 有事対応
    ハラスメント相談窓口の設置・運用支援、内部調査の実施、被害者・行為者への対応に関するアドバイス
  • 紛争解決
    従業員との交渉、労働審判、訴訟対応

ハラスメントに関するお悩みは、一人で抱え込まず、ぜひ一度、労働問題に精通した弁護士にご相談ください。貴社の健全な発展と、すべての従業員が安心して働ける職場づくりを、法的側面から支援いたします。


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