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【重要判例解説】国・札幌中央労基署長(一般財団法人あんしん財団)事件最高裁判決解説

(最高裁令和6年7月4日第一小法廷判決)療養補償給付支給処分等の取消訴訟における事業主の原告適格

1 はじめに

本判決は、労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づき支給された療養補償給付及び休業補償給付の各支給処分の取消しを求めた特定事業主が、当該支給決定の取消訴訟において原告適格を有するか否かを巡る争点について最高裁判所が判断したものです。原審では、特定事業主の原告適格を認め、本件を第1審に差し戻しましたが、最高裁はこれを破棄し、特定事業主には原告適格がないと判断しました。

この判決は、労災保険法の解釈と適用に関する実務上の指針を提供し、企業が労災支給処分に対応する際の重要な指針となるものです。

本稿では、本判決の事案の概要、第1審から第3審までの判断の経過を整理した上で、本判決から導かれる実務上の意義について解説します。

なお、本稿は執筆者の私見であることをご留意ください。

2 本件の事案の概要

本件は、特定事業の事業主である原告が、業務災害に起因する疾病に関して労働基準監督署長が行った療養補償給付および休業補償給付の支給決定(以下「本件各処分」)の取消しを求める事案です。原告は、本件各処分により労働保険の保険料の納付義務の範囲が増大して直接具体的な不利益を被るおそれがあるとして、本件各処分の取消しを求めました。

3 本件の原告、被告の概要

本件における当事者の概要は以下のとおりです。

 

4 第1審、第2審、第3審の各争点及び各争点に対する裁判所の判断

本件における第1審、第2審、第3審の各争点及び各争点に対する裁判所の判断の概要は以下のとおりです。

審級 争点 裁判所の判断
第1審 原告適格の有無、審査請求前置主義に係る訴えの適法性、業務に起因して適応障害を発病したと認められるか否か 原告は業務災害支給処分の法的効果によって直接に権利を侵害される者ではないため、原告適格を有しないと判断し、訴えを却下
第2審 特定事業主の業務災害支給処分の取消訴訟における原告適格の有無 特定事業主は、自らの事業に係る業務災害支給処分がされた場合、同処分の法的効果により労働保険料の納付義務の範囲が増大して直接具体的な不利益を被るおそれがあるため、原告適格を有すると判断し、原判決を取り消して第1審に差し戻し
第3審 特定事業主の業務災害支給処分の取消訴訟における原告適格の有無 特定事業の事業主は、上記労災支給処分の取消訴訟の原告適格を有しないと判断し、原判決を破棄して被上告人の控訴を棄却

(1)第1審の判断

ア 争点

イ 裁判所の判断

原告は業務災害支給処分の法的効果によって直接に権利を侵害される者ではないため、原告適格を有しないと判断し、訴えを却下した

(2)第2審の判断

ア 争点

特定事業主の業務災害支給処分の取消訴訟における原告適格の有無

イ 裁判所の判断

特定事業主は、自らの事業に係る業務災害支給処分がされた場合、同処分の法的効果により労働保険料の納付義務の範囲が増大して直接具体的な不利益を被るおそれがあるため、原告適格を有すると判断し、原判決を取り消して第1審に差し戻し。

(3)第3審の判断

ア 争点

特定事業主が業務災害支給処分により直接具体的な不利益を被るかどうか

イ 裁判所の判断

特定事業主の原告適格を認めない判断には法令違反があるとし、原判決を破棄し、第1審の判断を支持し、訴えを却下。

5 第1審の判断理由

第1審では、特定事業主である原告は、業務災害支給処分の法的効果により直接具体的な不利益を被る者とは言えないため、原告適格を有しないと判断されました。そのため、本件訴えはいずれも不適法であるとして却下されました。

6 第1審から第2審で判断が変更された経緯

第2審では、特定事業主は、業務災害支給処分により労働保険料の納付義務が増大するため、原告適格を有するとの判断がなされました。これは、第1審とは異なり、特定事業主の権利保護を重視した判断です。

7 第2審の判断理由

第2審では、特定事業主が自らの事業に係る業務災害支給処分により直接具体的な不利益を被るおそれがあることから、原告適格を有すると判断されました。そのため、原判決を取り消して第1審に差し戻すこととしました。

8 第2審から第3審で判断が変更された経緯

第3審では、特定事業主が業務災害支給処分により直接具体的な不利益を被ることはないとし、原告適格を認めた第2審の判断には法令違反があるとされました。そのため、第1審の判断を支持し、訴えを却下しました。

9 第3審の判断理由

第3審(最高裁)は、特定事業主である原告が業務災害支給処分の取消訴訟において原告適格を有しないと判断しました。その理由は以下の通りです。

(1)法律上の利益の有無

(2)労災保険法の解釈

(3)客観的に支給要件を満たさない給付

(4)保険料認定処分における不服申立て

特定事業の事業主は、自己に対する保険料認定処分についての不服申立てやその取消訴訟において、客観的に支給要件を満たさない労災保険給付の額が基礎とされたことにより労働保険料が増額されたことを主張することができるため、手続保障に欠けるところはないとされています。

これらの理由から、最高裁は原告適格を否定し、原判決を破棄して被上告人の控訴を棄却しました。

10 本件最高裁判決から導かれる労務管理における実務上のポイント

この最高裁判決は、労働災害補償保険に関する特定事業主の原告適格について重要な判断を示しました。実務上の意義として以下の点が挙げられます。

(1)原告適格の範囲の明確化

本判決により、特定事業主が労災支給処分に対する取消訴訟において原告適格を有するか否かについての基準が明確化されました。特定事業主が労災支給処分により直接具体的な不利益を被る場合には、原告適格が認められる一方、そうでない場合には原告適格が否定されることが確認されました。

(2)労災保険法の解釈と適用

労災保険法の趣旨に基づき、労災保険給付の迅速かつ公正な提供が強調されました。特定事業主に対して労災支給処分を争う機会を与えることが、労災保険法の目的を損なうものであることが明示されました。

(3)保険料認定処分の手続保障

特定事業主が保険料認定処分について不服申立てを行う際の手続保障が確認されました。これにより、特定事業主が労災支給処分に基づく労働保険料の増額に対して適切に対処する方法が提供されました。

(4)実務上の対応策

最高裁判決は、労災保険給付の支給決定が特定事業主の納付すべき労働保険料に直接的に影響を与えるものではないこと等を理由に、特定事業主の原告適格を否定しました。これにより、特定事業主が労災保険給付の取消訴訟を提起することができないことが明確にされました。

一方で、本件最高裁判決は、特定事業主が保険料認定処分に対する不服申立て等による手続保障を提示しています。

今後は、本件最高裁判決を踏まえ、企業が労災支給処分を争う際の方針を検討する必要があるといえます。


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