【質問】
このたび、当社の社員Xが通勤経路を偽って申告し、過大に通勤手当てを受け取っていたことが判明したことから、Xを懲戒解雇することとしました。ところが、懲戒解雇されたXから、懲戒解雇は無効であるとの訴訟が提起されてしまいました。
Xは通勤手当てをだまし取っていただけでなく、日常の勤務態度も著しく不良であったことから、普通解雇事由にも該当するものとして、予備的に普通解雇も主張しようと思いますが、このような主張は認められるでしょうか。
【回答】
裁判例上、懲戒解雇を普通解雇へと転換することは否定的に解されていますが、懲戒解雇が争われた訴訟の係属中に、懲戒解雇事由をもって普通解雇事由に該当するものとして普通解雇を予備的に主張することは認められています。
ただし、普通解雇がなされるまでは雇用関係は継続していたこととなるため、会社は社員に対してその間の賃金を支払う必要があることに注意が必要です。
【解説】
1. 懲戒解雇と普通解雇の相違
懲戒解雇とは、社員の企業秩序違反を理由に、当該社員を懲戒する目的で行う解雇をいいます。
懲戒解雇も普通解雇も、いずれも使用者が一方的に雇用契約を解約する旨の企業の意思表示という点では同じものといえますが、懲戒解雇の場合、①退職金規程等において退職金を不支給とする旨の規定がある場合が多いこと、②懲戒解雇は、「労働者の責に帰すべき事由」(労基法20条1項但書)に該当するものとして、解雇予告手当を支払わなくてよい場合があること、③実務上、再就職に際して大きな障害となることがあること、という違いがあります。
もっとも、懲戒解雇も懲戒の一手段ですから、就業規則等において具体的に規定する必要があり、就業規則等に規定がない場合には、社員が重大な企業秩序違反行為を行った場合であっても懲戒解雇は認められないこととなります。
2. 懲戒解雇を普通解雇へ転換することの可否
前述のとおり、懲戒解雇と普通解雇とは相違点があるものの、いずれも使用者が一方的に雇用契約を解約する旨の企業の意思表示という点では同じものとして、懲戒解雇を普通解雇へと転換することが認められるとも思われます。
もっとも、近時の裁判例の多くは、懲戒解雇を普通解雇に転換することを否定しています。
裁判例 |
内容 |
硬化クローム工業事件(東京地裁昭和60年5月24日) |
就業規則の懲戒解雇事由に「無断欠勤14日を超えるもの及びはなはだしく職務に不熱心な者」との定めがある場合において、17日間欠勤した労働者を懲戒解雇した事案について、無断欠勤14日を超える者には該当するが、それだけでは職務不熱心であるとは認められず、懲戒解雇事由には該当せず無効であるとした上で、懲戒解雇は無効であるとしても普通解雇としての効力を有するとの主張に対して、「解雇の意思表示は使用者の一方的な意思表示によってなされるものであるから、これに右のような無効行為の転換のごとき理論を認めることは相手方の地位を著しく不安定なものにすることになり許されない。」とした。 |
与野市社会福祉協議会事件(浦和地裁平成10年10月2日労判750号) |
お茶汲み拒否等の軽微な言動を理由とする懲戒解雇が争われ、使用者が予備的に普通解雇への転換を主張した事案について、懲戒解雇は懲戒権の濫用として無効とした上で、普通解雇への転換の主張については、「制裁としての懲戒解雇と普通会ことでは趣旨が異なり、かような無効行為の転換を認めれば、相手方の地位を著しく不安定なものとするばかりか安易な懲戒解雇を招来することにもなりかねず、本件懲戒解雇をもって普通解雇の意思表示に転換することは許されない」として、普通解雇への転換を否定した。 |
3. 予備的に普通解雇を主張することの可否
以上のとおり、裁判例に照らすと、懲戒解雇を普通解雇へ転換することは否定的といえますが、一方で、懲戒解雇と普通解雇は、その要件・効果が異なることから、懲戒解雇事由に該当するとしてなした懲戒解雇について、処分として過大であり懲戒解雇としては無効であるとしても、当該事由が普通解雇事由に該当するとして、予備的に普通解雇を主張することは認められています。したがって、懲戒解雇が争われて訴訟になっているケースにおいて、訴訟係属中に、懲戒解雇とした事由をもって、普通解雇事由に該当するものとして普通解雇とすることも可能とされています(三菱重工相模原製作所事件(東京地裁平成2年7月27日労判568号))。
ただし、普通解雇がなされるまでは雇用関係は継続していたこととなるため、会社は社員に対してその間の賃金を支払う必要があることに注意が必要です。
(注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき作成しておりますが、最新の法例、判例等との一致を保証するものではございません。また、個別の案件につきましては専門家にご相談ください。
【参考文献】
菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)