【質問】

このたび、当社の社員Xが、当社に無断でライバル会社の役員を兼務し、当社の営業機密等を流用していたことが判明したことから、Xを解雇することを検討しています。
ところが、当社の就業規則では、解雇事由として「業務に堪えられないとき」、「業務効率が著しく劣悪な者」など、社員の職務遂行の不能しか規定しておらず、Xのような競業行為をした場合や非行を行った場合を解雇事由として規定していませんでした。
Xの行為が当社の就業規則上の解雇事由に直接当てはまらない以上、Xを解雇することは認められないのでしょうか。

【回答】

近時の裁判例の動向に照らせば、就業規則上の解雇事由以外の理由で社員を解雇すること自体は可能といえます。
したがって、就業規則上の解雇事由として社員の職務遂行の不能しか規定がない場合であっても、Xの競業行為を理由として解雇することも、それが解雇権の濫用に該当しない限りは認められるものと思われます。もっとも、今後は就業規則の解雇事由に包括条項を追加することが望ましいといえます。

【解説】

1. 就業規則上の解雇事由の意義

解雇事由は、懲戒事由の場合と同様に、就業規則において列挙されているのが一般的です。この点、2003年労基法改正において、企業において解雇事由をあらかじめ明示させるべく、解雇事由を就業規則の絶対的記載事項として規定しています(労基法89条3号)。
多くの就業規則では、具体的な解雇事由を列挙するとともに、「その他やむを得ない事由」や、「前各号に準ずる重大な事由」等の包括条項も解雇事由として規定していることから、通常は就業規則上の解雇事由が限定列挙(当該事由以外の解雇は認められない)なのか、それとも例示列挙(当該事由は例示に過ぎず、その他の事由に基づく解雇も認められる)のかが問題となることはあまりないかと思います。
しかし、ご相談のケースのように、包括条項の定めのない就業規則もあり、その場合、就業規則上の解雇事由の意義が問題となります。

2. 裁判例

就業規則上の解雇事由の意義について、過去の裁判例においては限定列挙と解釈するものが多く見られましたが、最近の裁判例では例示列挙と解釈し、包括条項の定めがない場合でも解雇を認めるケースが増えています。
限定列挙と解した裁判例は、以下のとおりです。

裁判例

概要

大阪フィルハーモニー交響楽団事件(大阪地裁平成元年6月29日労判544号)

就業規則の解雇事由として「業務に堪えられない者」など労働者の職務遂行不能のみを解雇事由と定めている場合において、使用者が労働者の競業行為を理由に普通解雇した事案において、解雇事由が限定列挙であると解すべき必然性はなく、また、限定列挙と解した場合、非行により使用者に重大な損害を与えた者ですら解雇できず、不都合な結果を招くことから、例示列挙と解した。

東洋信託銀行事件(東京地裁平成10年9月14日労判757号)

就業規則上、懲戒解雇の規定しかない場合において、従業員としての不適格を理由としてなした普通解雇について、就業規則に懲戒解雇に関する規定しか設けられていないことをもって、就業規則上普通解雇権を一切放棄したということはできないとして、普通解雇を認めた。

ナショナル・ウェストミンスター銀行(三次仮処分)事件(東京地裁平成12年1月21日労判782号)

就業規則の解雇事由として、労働者の職場規律違反行為、適格性の欠如等、労働者に何らかの落ち度があることを内容とする規定がある場合に、労働者に対して整理解雇を行った事案において、解雇自由の原則から、使用者は就業規則所定の普通解雇事由に該当する事実が存在しなくても、客観的に合理的な理由があって解雇権の濫用に当たらない限り雇用契約を終了させることができ、就業規則に普通解雇事由が列挙された場合でも、限定列挙の趣旨が明らかである場合を除き、例示列挙の趣旨と解するのが相当である、とした。

3. ご相談のケースについて

就業規則上の解雇事由として社員の職務遂行の不能しか規定がない場合であっても、Xの競業行為を理由として解雇することも、それが解雇権の濫用に該当しない限りは認められるものと思われます。もっとも、今後は就業規則の解雇事由に包括条項を追加することが望ましいといえます。