概要
労使協定は、労働組合又は、労働者の過半数を代表する者との書面による協定を労使間で締結する必要があります(労働基準法36条1項参照)。以下では、労働者の過半数を代表する者の選出方法の実務を解説します。
法令上の根拠
まず、労働者の代表者を選出するために事前に確認すべき法令上の根拠を解説します。
法令上の根拠は、労働基準法施行規則(以下「規則」という)第6条の2です。同規則には、以下の項目で説明する通り、法令上遵守すべき事項は、①代表者の資格要件、②使用者の意向を排除した選出方法、③使用者の代表者選出機会の配慮義務となります。
① 労働者の過半数を代表する者の資格(規則第6条の2第1項第1号)
労働者の過半数を代表する者は、「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者又は機密の事務を取り扱う者」(労働基準法第41第2号参照)ではないことが必要です。
すなわち、労働者の過半数を代表する者は、管理・監督者以外から選任する必要があります。
② 選出方法(規則第6条の2第1項第1号)
規則には、「法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であつて、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと」と規定されています。
すなわち、①労使協定の内容(例:時間外労働等)の明示、②労使協定を締結する代表者選出の知らせ、③代表者の選出を投票等により選出し、かつ、④使用者の指示等により選出されたものではないことが必要です。
③ 使用者の責務(規則第6条の2第4項)
規則には、「使用者は、過半数代表者が法に規定する協定等に関する事務を円滑に遂行することができるよう必要な配慮を行わなければならない」と規定されています。
すなわち、使用者は、適切な労働者の代表者を選出するための機会を設け(例:場所の提供等)、選出方法(例:投票用紙の準備等)に協力するよう配慮しなければいけません。
④ 規則第6条の2の趣旨(目的)
本規則を定めた趣旨(目的)は、労務管理について使用者と一体的な立場にある者を排除し、かつ、労働者の過半数から労使協定を締結する者として明確な支持を受けた者に協定を締結させることで労使協定に労働者の自主的な意思を十分に反映させ、内容の妥当性を確保しようとしたものと説明されています。
裁判例の解説
労使協定の有効性について判断した裁判例を解説します。
有効と判断した裁判例は、以下の(2)(4)、無効と判断した裁判例は、以下の(1)(3)(5)、となります。
(1)京都地裁平成29年4月27日判決(平成26年(ワ)第3195号)
判決文の抜粋
被告は、労働者代表の選出は、社会保険労務士の指示に従い、従業員のうちの事務を担当していた者に任せていたと述べるのみであり、その具体的な選出方法について何ら説明することができず、結局のところ、当該事業所に属する従業員の過半数の意思に基づいて労働者代表が適法に選出されたことをうかがわせる事情は何ら認められない。
解説
当該判決は、社労士という専門家の指示に従ったという理由では何ら免責されず、結局のところ、労働者の過半数を代表する者の選出方法の記録という証拠を残していなかったことから、代表者の選出過程が不透明であり、労使協定は無効と判示しています。
(2)東京地裁平成30年1月5日判決(本訴:平成26年(ワ)第21733号、反訴:平成28年(ワ)第34741号)
判決文の抜粋(下線は筆者)
当該事業場の労働者にとって、自主的な判断をする機会が与えられ、かつ、当該事業場の過半数の労働者がその候補者を支持していると明確に認められる民主的な手続が執られているということができれば投票や挙手以外の方法(例えば労働者間の話合いや持ち回り決議)でも足りるが、使用者の意向によって選出された者であってはならず、また、単にある者が過半数代表者として使用者と協定を締結することにつき、積極的に異議を述べる者がいないというだけでは足りないというべきである。また、使用者が選出手続に関与することは、労働者の自主的な判断及び民主的な手続を妨げない限度でのみ許容されるから、使用者の意向で代表者又はその候補者を指名することは、労働者から見て、その者以外の者も代表者又はその候補者となりうることが明確にされて、かつ、使用者を指名した者を支持せず、別の者を過半数代表者として支持することで使用者から何らかの不利益な取り扱い(労働基準法施行規則6条の2第3項参照)を
受けるおそれがないと信頼するに足る事情が存しない限り、労働者の自主的な判断を妨げると認めるべき事情というべきである。
労使協定を締結したAは、「○○さんを従業員代表とすることに同意します」と記載されているが、何に関する従業員代表であるか、説明の記載はない書面に社員が署名押印する方法で過半数代表者に選出されていること、上記書面は総務担当者から社員に回覧されて、社員が署名押印する方法で作成されており、従業員代表となる「○○さん」の部分は支店長等の意向に基づいて回覧開始時に氏名が既に記入されていたこと、上記手続のほか、社員に対し、過半数代表者の立候補や推薦を募る明確な手続はとられていないことが認められる。
解説
当該判決は、①労働者の意思確認として積極的に異議を述べていない事実のみで賛成したものとみなすことができないこと、②使用者の意向で代表者を氏名する場合、労働者の自主的判断を妨げないことについて厳格な要件が課されること、③労使協定の内容を明示した上で代表者を選出すべきこと、④代表者の氏名を事前に記入して労働者の同意をとる手続きをすべきでないと判示しています。
異議を述べる者がいないからという理由で代表者を選出した方法は、不適切です。
また、①労使協定の内容が不明のままで代表者を選別しないこと、②事前に代表者の氏名を記入した書面を渡さないこと(空欄のまま)が適切です。
(3)東京地裁令和2年11月25日判決(平成30年(ワ)第8602号等)
判決文の抜粋
本件証拠上、●の選出手続が具体的に明らかではないことからすれば、●が、被告の所属する事業場の過半数代表者であるとは認められない
解説
代表者の選出手続は、証拠により明らかにする必要があります。
証拠は、人証(労働者の証言)、物証(書面)がありますが、人証では、証人が記憶に基づき証言することから、その主張の信用性に疑問が生じるため、投票等の物証が望ましいです。
(4)東京地裁令和3年4月8日判決(平成29年(ワ)第22858号等)
判決文の抜粋
Aが従業員代表になったのは、部長の推薦を契機とするものではあるが、会社側委員と従業員を代表する委員で構成される安全衛生委員会の推薦を受けていること、安全衛生委員会がAを推薦したのは、平成25年2月、全乗務員の参加が義務づけられている定例教育会において、従業員代表の説明がなされた上で、立候補者を募ったものの、立候補者がいなかったという事情があったからであること、後に行われた同年3月の定例教育会において、Aを従業員代表として選出することについて、従業員の意見を実際に確認しており、反対する者が数名いることも確認していることを総合考慮すると、たとえAを従業員代表に選任することについて賛成する者の挙手を求めていなかったとしても、従業員代表の選出手続が行われていないということはできず、また、Aが使用者の意向に基づき選出された従業員代表であるということもできない。
解説
当該判決は、労働者の代表の選出手続きが有効と判示しました。
①定例会で労働者の代表の選任について説明をし、立候補者を募ったこと、②会議の場で労働者の意見を実際に確認して、代表者を選出した事実等により有効な選出手続となりました。なお、①ないし②を裁判所が認定した証拠としては、証人の供述だけではなく、会社が書面として物証を残した点が重要です。
(5)東京地裁令和3年10月14日判決(平成30年(ワ)第17285号)
判決文の抜粋
被告の取締役兼工場長であるFは、証人尋問において、〜(略)〜労働者代表の選出方法に関する証言には曖昧な部分がある。〜(略)〜Jも、証人尋問において、労働者代表としてHが選出されていた旨述べているものの、他方で、労働者代表選挙はない、労働者代表の選出方法については理解できないなどと述べたり、労働者代表は会社が選んだなどと述べたりしており、労働者代表の選出過程についての証言は一貫していない。〜各労使協定届には、労働者代表であるHの選出方法は「投票による選出」と記載されており、これらの労使協定と変形労働時間制に関する労使協定の締結日は同じ日であるのにもかかわらず、その選出方法は、協定届上も一貫していない。
〜以上のように、各証人の労働者代表の選出方法についての証言は曖昧で一貫性を欠くものであることに加え、上記で指摘した事実を踏まえると、Hが労働者代表として適法に選任されたとは認められない。
解説
当該判決は、証人の証言内容には一貫性がなく、書証上も整合性が取れない文言があることから、適法な代表者の選任方法ではないと判断しました。
書面等の物証を残さず、尋問等の証人による方法では、労働者の選任手続の適法な認定が非常に困難な例として参考になります。
労使協定の締結の実務
以上の法令、裁判例をふまえると労働者の過半数の代表者を選任する労使協定の手続としては以下の方法が考えられます。
①労使協定の内容を明らかにした書面を作成し、②協定する内容を労働者に知らせ、③労働者の代表者の選任方法を労働者の投票等で客観的に記録に残した上で、④選任された代表者と労使協定を締結します。
上記②の実務の具体的方法としては、ⅰ事前に労働者に対して文書で通知する、ⅱ説明会の開催を開く等が考えられます。
上記③の実務の具体的方法としては、ⅰ投票による選任、ⅱ集会の場での挙手による選出(挙手による選出の場合は、●名賛成、●名反対等の記録を書面で残し(議事録)、選出された代表者の署名等により記録化することが望ましいです)等が考えられます。
実務では、当然、業務の効率性をふまえて、選任手続の方法を選択せざるをえませんので、具体的な選任方法等について悩んだ場合は、ぜひご相談ください。
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