相談事例

当社は、長距離トラック運転手が多いため、毎月の残業代が相当な金額になってしまっています。これ以上残業代がかさんでしまうと、経営にも支障をきたしかねません。

残業代の負担を軽減するために、固定残業代を導入しようと思いますが、固定残業代のメリット・デメリット、固定残業代の導入に必要な手続を教えてください。

解説

固定残業代とは

固定残業代とは、一定の金額により残業代、具体的には時間外労働割増賃金、休日労働割増賃金、深夜労働割増賃金を支払うことをいいます。なお、固定残業代は、「定額残業代」と呼ばれることもありますが、本稿では、「固定残業代」という呼称で統一します。

運送業界は、人手不足に加え、長距離輸送という事情のために、長時間労働になりがちな環境にあります。そこで、運送会社が人件費を抑制する手法の一つとして、固定残業代を導入するケースもよく見受けられます。

固定残業代には、大きく以下の2種類があります。

  1. 組込型:固定残業代を基本給に組み込んでいるケース
    例)「基本給に45時間分の時間外手当を含む」
  2. 手当型:固定残業代を基本給とは別建ての手当として支払っているケース
    例)「時間外手当」、「営業手当」、「●手当」等

固定残業代の要件

次に、固定残業代が有効と認められる要件についてみていきましょう。

裁判例をみると、固定残業代の有効要件に関する統一的な判断基準は示されていない印象を受けますが、以下では、便宜上、固定残業代の有効性が争われる裁判例の多くでみられる要件を紹介します。

明確区分性

基本給と明確に区分されていることをいいます。

対価要件

固定残業代が、割増賃金の対価という趣旨で支払われていることをいいます。

差額支払合意

固定残業代を超える割増賃金について差額を支払う旨の合意があることをいいます。

裁判例によっては差額支払の実態も検討されます。

固定残業代の時間数

45時間以内が無難と解されます(ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル事件 札幌高判平成24年10月19日 労判1064号37頁)。

固定残業代のメリット

固定残業代を導入するメリットは、以下の3つが挙げられます(以下では、わかりやすさのために、45時間分の時間外手当を含んだ固定残業代が設定されていると仮定します)。

給与計算事務処理負担の軽減

従業員が30時間分の残業をしたり、35時間分の残業をしたりしても、45時間以内であれば同額の固定残業代を支払えば足りるため、その都度残業代を個別に算定して給与計算をする事務処理の負担を軽減することができます。

長時間労働の抑制手段(ディスインセンティブ)

従業員が固定残業代以上の残業代を得るためには、45時間以上の残業をしなければなりません。従業員側からすれば、45時間以上もの残業をして固定残業代以上の残業代を得るよりも、残業時間を減らして固定残業代を得るほうが効率的であると考えやすいため、結果として長時間労働の抑制手段となることが期待できます。

採用上の訴求力を高める

固定残業代を導入することで、基本給はある程度抑えつつ、手取り総額を高めに呈示することができるため、応募者に対し、採用上の訴求力を高めることが期待できます。

固定残業代のデメリット

このように、固定残業代にはメリットがある一方、決して万能の制度ではなく、デメリットも存在します。

固定残業代のデメリットは、固定残業代の有効性が否定された場合に顕在化します。

時間外手当の未払い

固定残業代の有効性が否定された場合、時間外割増賃金を1時間分も支払っていないことになります。例えば、会社としては、45時間の時間外手当相当分として固定残業代を支払っているつもりでも、固定残業代の有効性が否定されれば、45時間はおろか、1時間分さえも支払っていないことになるため、30時間の残業に対し、別途30時間相当分の時間外手当を支払わなければならないことになります。

基礎賃金の単価の高額化

固定残業代の有効性が否定された場合、固定残業代部分が割増賃金の計算基礎となる賃金(労基法37条1項、5項、労基規21条)に組み入れることになるため、1時間あたりの単価が跳ね上がることになります。

付加金のリスク

固定残業代の有効性が否定された場合、1時間も割増賃金を払っていないことを前提に、付加金(労基法114条)の支払を命じられるリスクに晒されることになります。

以上のリスクを例示したものが、下記ケースになります。

①のケース(固定残業代を導入しようとしたものの固定残業代の有効性が否定されたケース)では、結局30万円に加えて残業代7万312円を支払うことになり、合計37万312円を負担することになります。

一方、②のケース(固定残業代を導入していないケース)では、月25万円に加えて残業代5万8593円を支払うことで済み、合計30万8593円を負担することで足りることになります。

なお、①のケースでは、さらに付加金も負担するリスクがあることを忘れてはなりません。

  • 所定労働時間は1日8時間×20日で160時間
  • 月30時間の時間外労働(深夜・休日なし)を行った

【①】

  • 月30万円を支給(基本給25万円、時間外手当相当分5万円分のつもり)
    【請  求】70,312円
    【基礎賃金】  1,875円(30万円÷160時間)×30時間×1.25

【②】

  • 250,000円を支給(基本給のみ)
    【請  求】58,593円
    【基礎賃金】1,562.5円(25万円÷160時間)×30時間×1.25

固定残業代を導入する場合の心構え

制度設計上のリスク

このように、固定残業代を導入することは、メリットもあればデメリットもあります。

特に、固定残業代を導入したものの、固定残業代の制度設計を誤ってしまい、固定残業代の有効性が否定された場合、前記のデメリットが生じることになり、残業代を削減するどころか、かえって残業代を高額化させてしまうリスクがあります。

従業員関係上のリスク

また、これまでは固定残業代がなかったにもかかわらず、残業代を抑えるために固定残業代を導入しようとした場合、従業員の不審感を招き、不満を抱かせるリスクがあります。

労働条件不利益変更のリスク

さらに、従前支払っていた手当の一部を固定残業代に代える場合には、従業員に対する不利益変更に該当するリスクがあります。

働き方改革関連法における固定残業代の注意点

みなし残業手当として60時間以上を想定している場合、時間外労働時間が月60時間を上回る部分には50%の割増賃金率を適用しなければなりません。

2023年4月以降に未払い賃金が発生することになるので注意が必要です。

ご相談のケースについて

残業代を削減するために固定残業代の導入を検討する企業は少なくありません。

もっとも、固定残業代は、メリットもある反面、有効性が否定された場合のデメリットは大きく、導入にあたっては慎重に検討する必要があります。

また、固定残業代を導入する場合には、就業規則の一部のみを変更すれば足りるというものではなく、正確な残業時間の測定が前提となる上、就業規則以外にも給与明細の記載方法も見直すことも求められます。

さらに、固定残業代の制度について、従業員の理解も得る必要があるため、丁寧な説明が求められます。

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