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相談事例
社内調査の結果、当社の従業員が会社の売上1000万円を着服したことが発覚しました。このような行為は絶対に許すことはできません。
当社の就業規則には懲戒処分の規定がありませんが、極めて悪質ですから懲戒解雇にしたいと考えています。懲戒解雇は難しいと言われていますが、犯罪にもなる悪質な行為なのですから、問題はなく認められると考えてよいでしょうか。
解説
懲戒処分とは
懲戒処分とは、企業秩序に違反した労働者に対する制裁罰をいい、労働契約関係における不利益な取扱いを使用者が一方的に行うことをいいます。
懲戒処分は、企業秩序を守るために行使される制裁ということができます。もっとも、企業秩序を守る手段は、懲戒処分に限られるものではありません。
使用者は、懲戒処分だけでなく、労働者に対する労務指揮権や業務命令権、人事権を保有しており、これらの手段によって対応することが可能です。
- 労務指揮権
使用者が労働者に対し、行うべき労働の内容・順序・時間配分等について指示を行うことをいいます。 - 業務命令権
業務の遂行全般について使用者が労働者に対して指示・命令を行うことをいいます。 - 人事権
労働者を企業の構成員として雇い入れて、その人を企業の中で活用し、そして企業から放出する一切の権限のことをいいます。
懲戒処分の要件
懲戒処分は、使用者が労働者に対して一方的に行うことができる制裁ですが、無制限ではなく、権利の濫用に該当する場合には無効とされます(労働契約法15条)。
懲戒処分が有効とされるための要件を整理すれば、以下のようになります。
労働契約法15条の規定 | 要件 |
---|---|
「使用者が労働者を懲戒することができる場合」 | 就業規則上懲戒事由と懲戒の種類が規定 |
「客観的に合理的な理由」 | 懲戒事由に該当すること |
「社会通念上相当」 |
|
なお、最高裁は、懲戒処分を科すために就業規則上、懲戒事由と懲戒の種類を予め規定しておくことが必要とする契約説か、不要とする固有権説のいずれの立場をとるのか明らかではありませんが、実務上は契約説の立場をとり、予め懲戒事由と懲戒の種類を就業規則に規定しておくことが無難といえます。
懲戒処分の種類
懲戒処分の種類は法定されておらず、具体的な種類やその内容は就業規則等の労働契約によって定められることになります。
一般的な懲戒処分の種類としては、以下の8つが設定されます。
- 戒告
- 譴責(けんせき)
- 減給
- 出勤停止・懲戒休職・懲戒停職
- 降格・降職
- 諭旨退職
- 諭旨解雇
- 懲戒解雇
1から8にいくに従って、懲戒処分は重いものと解されます。
各懲戒処分の内容を整理すれば、以下のとおりです。
戒告・譴責
戒告・譴責とは、いずれも将来を戒めることをいいます。
戒告と譴責の違いは、始末書を提出させるかどうかにあります。戒告は、始末書を提出させず将来を戒める一方、譴責は、始末書を提出させて将来を戒めます。
戒告・譴責の法的効果は、それ自体で直ちに具体的・実質的な不利益を伴うものではありません。もっとも、昇給・昇格・賞与の支給や考課査定上、不利に考慮されることがあります(富士重工事件 東京高判昭49年4月26日労判205・19)。
また、戒告・譴責と「厳重注意」の違いですが、厳重注意は、戒告・謝責に至らない程度の不始末に対する注意とされます。厳重注意は、通常、懲戒処分には位置付けられません。
減給
減給とは、本来ならばその従業員が受け取るべき賃金から、一定額を差し引くことをいいます。
減給の範囲は、労働基準法91条に規定されています。
制裁による減給に関する1回の限度額:平均賃金の1日分の半額
減給の総額:一賃金支払期に支払われる賃金総額の10分の1
賃金支払期の中で減給に値する懲戒事由が複数回あったとしても、減給の総額が当該賃金支払期に対して支払われる賃金総額の10分の1の範囲内に収まるように適用する必要があります。
また、該当する賃金支払期の中で適用しきれなかった減給分を次の賃金支払期に繰り越して、賃金総額の10分の1の範囲内で適用することは違法ではありません。
なお、減給との関係で、罰金制度の導入を検討する企業もあります。具体的には、以下のような相談を寄せられることがあります。
(相談例)
減給処分とは別に、業務上のルールに違反した場合、1回につき4万円の罰金をとるという制度を創ったのですが、問題はないでしょうか。
なお、罰金制度は、社長が新たに創ったルールですので、特に就業規則には規定していません。
上記のような罰金制度を創ることは、違法とされるおそれがあります。罰金制度も懲戒処分の「減給」に該当することから、労働基準法91条の規制を受けることになります。
したがって、例えば月給20万円の従業員に対して、罰金4万円を科すことは労働基準法91条に違反することになります。
また、罰金制度は、懲戒処分の「減給」に該当する以上、罰金制度に関するルールも就業規則に規定する必要があります。
出勤停止・懲戒休職・懲戒停職
出勤停止・懲戒休職・懲戒停職とは、従業員の就労を一定期間禁止することをいいます。なお、出勤停止・懲戒休職・懲戒停職という複数の種類がありますが、いずれも表現の違いにすぎません。
出勤停止等の効果は、就業規則に基づき、賃金が支給されず、勤続年数にも通算されないことが通例です。
出勤停止等の期間が問題となることが少なくありませんが、明示的な法規制はありません。もっとも、出勤停止等の期間中は賃金が支給されないため、労働者にとっては重大な不利益の処分といえます。裁判例では、以下のものがあります。
- 20日間の出勤停止(ダイハツ工業事件 最判昭和58年9月16日)
- 3ヶ月の懲戒休職(岩手県交通事件 盛岡地一関支判 平成8年4月17日)
降格・降職
降格・降職とは、従業員の役職・職位・職能資格等を引き下げることをいいます。また、昇格の停止または延期が定められているケースもあります。
降格・降職の結果、減給となることもありえます。降格・降職に伴って賃金が下がる場合には、懲戒処分としての「減給」とは異なります。
ただし、降格・降職に伴って賃金が下がらない賃金設計であるにもかかわらず減給する場合には、二重の懲戒処分にあたりうることには注意が必要です。
降格・降級に関連して寄せられるご相談として、正社員から有期契約社員へ変更することが可能かどうかというケースがあります。
【相談例】
従業員に対して、降格処分に付すことにしましたが、この機会に、正社員からアルバイトに異動させることは可能でしょうか。
まず、懲戒処分としての降格は、労働契約の同一性があることを前提とした懲戒処分となります。(労働契約の終了を前提とした懲戒処分は、懲戒解雇にあたります。したがって、懲戒処分としての降格では、無期契約から有期契約に変更させることはできません(倉田学園事件 高松地裁平成元年5月25日)。
次に、人事権行使としての降格であれば、正社員から有期契約社員へ変更することができるかどうかという点ですが、人事権行使としても、無期契約の終了と有期契約の新たな締結の場面となるため、新たな有期契約の雇用契約書を締結する必要があります。したがって、対象従業員の同意を得なければ、使用者が一方的に正社員から有期契約社員へ変更することは認められません。
諭旨退職・諭旨解雇
諭旨退職・諭旨解雇とは、懲戒解雇に相当する、あるいは懲戒解雇に準ずる非違行為をした社員に対して情状酌量の余地がある場合に企業がとる温情的な措置をいいます。諭旨退職・諭旨解雇は、懲戒解雇よりは軽い懲戒処分といえます。
諭旨退職は、自主退職の形式をとる一方、諭旨解雇は、解雇の形式をとります。
使用者が諭旨退職を選択したものの、従業員が退職届を出さない場合、退職届の提出を強制することができるかどうかが問題となります。使用者としては、従業員に対し、退職届の提出を勧告することはできますが、強制することまではできません。したがって、従業員が退職届の提出に応じない場合には、使用者は懲戒解雇を選択することになります。
なお、諭旨退職を受けて従業員が退職届を提出した場合、自己都合退職として扱うことができるかどうかという問題があります。法的には、諭旨退職を受けた退職届の提出はあくまでも懲戒処分であり、従業員の自己都合退職とは異なることになります。もっとも、実務上は、諭旨退職を受けて従業員が退職届を提出した場合、自己都合退職として扱うことも見受けられますが、この場合は法的には諭旨退職ではなく退職勧奨を受けた自己都合退職と考えられます。
懲戒解雇
懲戒解雇とは、重大な企業秩序違反行為をした社員に対して、制裁として会社が一方的に労働契約を終了させることをいいます。
懲戒解雇は、懲戒処分の中でも最も重い処分にあたります。懲戒解雇は、通常は解雇予告も予告手当の支給もなく即時に行われます。
なお、即時解雇を行うためには、懲戒解雇事由について事前に所轄労働基準監督署長の認定を受けなければならないとされています(労働基準法20条3項・19条2項)。もっとも、所轄労働基準監督署長の認定は、「行政庁による事実の確認手続にすぎず、解雇予告手当支給の要否は、客観的な解雇予告除外事由の存否によって決せられ」ると解されています(グラバス事件=東京地判平成16年12月17日労判889・52)。同判決においては、「使用者は、除外認定を受けられなかったとしても、有効に即時解雇することを妨げられず、逆に、除外認定を受けた場合であっても客観的にみて除外事由が存しない場合には、解雇予告手当の支払義務を免れるものではない」とされています(上野労基署長(出雲商会)事件=東京高判平成14年7月30日訟月49・11・3176も同旨)。
このように、所轄労働基準監督署長の認定の有無は即時解雇の効力に影響を及ぼすものではないと考えられていますが、違反した場合には罰則が設けられていることにご留意ください(労働基準法119条1号)。
また、懲戒解雇となった場合には、退職金の全部または一部の不支給とする旨の就業規則を設定していることも少なくありません。
懲戒事由の種類
主な懲戒事由は、①経歴詐称、②職務懈怠、③業務命令違反、④職場規律違反、⑤職場外での非違行為に分類することができます。
経歴詐称
経歴詐称とは、採用時に、経歴を偽ったり秘匿したりすることをいいます。
経歴詐称は、労働契約の前提となる事実関係を偽るものであり、企業秩序の基礎となる使用者と従業員の信頼関係を失わせるものであって、懲戒事由に該当します。
もっとも、詐称された経歴の内容や従業員の職務内容との関連性に応じて、懲戒処分の重さは判断されることになります。
職務懈怠
職務解怠とは、従業員に求められる職務を怠慢することをいいます。
職務懈怠の具体例として、無断欠勤、遅刻、早退、出勤不良、職場離脱のほか、勤務状況・成績の不良および職務専念義務違反等が挙げられます。
また、上司や管理職の場合、部下に対する監督責任も職務懈怠の問題となることもあります。
業務命令違反
業務命令違反とは、使用者が従業員に対して行う業務命令に違反することをいいます。
使用者は、労働契約に基づき、従業員に対して、業務遂行のために指示命令を行うことができます(電電公社帯広電報電話局事件 最判昭和61年3月13日労判470・6)。
使用者の業務命令に違反することは、懲戒事由となります。業務命令には、日常的な労働における指示・命令だけでなく、出張命令、配転命令、出向命令、時間外労働・休日労働命令等も含まれます。
業務命令違反に対して懲戒処分を行うには、当該業務命令が有効であることが前提となります。
職場規律違反
職場規律違反とは、労務の遂行その他の行動に関する諸々の規定違反をいいます。
職場規律違反の具体例としては、金銭・物品の横領、背任、収賄、会社の物品の窃盗および同僚や上司への暴行・脅迫といった不正行為のほか、セクシュアル・ハラスメントおよびパワーハラスメントも挙げられます。
職場外での非違行為
職場外での非違行為とは、職場外の私生活上における、従業員たる地位・身分に伴う規律に違反するような非行をいいます。
従業員の私生活上の行為は、従業員の自由であり、原則として、従業員は使用者による規制を受けないといえます。
もっとも、私生活上の行為であっても、企業秩序に関係を有する行為については、使用者が懲戒処分を行うことが認められます(関西電力事件 最判昭和58年9月8日労判415・29)。
懲戒処分の実施手順
懲戒処分の実施をする場合には、①処分対象の事実確認、②処分理由の告知、③弁明機会の付与、④懲戒処分の種類の検討、⑤懲罰委員会への付議、⑥本人への通知、という手順で進めることになります。
① 処分対象の事実確認
懲戒処分を行う前提として、就業規則に規定する懲戒事由に該当する事実があるかどうかを検討する必要があります。
就業規則に規定される懲戒事由がある程度抽象的または包括的な表現(例:「会社の服務規律を乱したとき」、「会社の規則・命令に違反したとき」等)であっても許されると解されますが、懲戒事由に該当する事実は適切に認定する必要があります。
懲戒事由に該当する事実自体に争いがある場合には、懲戒処分を科すことは認められません。
また、従業員が問題行為を起こした後、就業規則に懲戒事由に関する規定が不足している場合に、就業規則に懲戒事由を追加した後に遡及適用することができるかどうかが問題となることがあります。この点、懲戒処分は、従業員の問題行為時点で就業規則等に明記してある必要があり、就業規則等の制定・改訂以前の問題行為に遡って適用することはできません。
② 処分理由の告知
従業員に懲戒処分を科す場合の告知方法については、法律上特段の規定はありません。したがって、懲戒処分の告知方法について、就業規則上の定めがない場合には、書面による懲戒処分の告知を行わなければならないわけではありません。
もっとも、実務上は、懲戒処分に付したことを明確にするため、書面による告知が望ましいといえます。
③ 弁明機会の付与
懲戒処分に際して、就業規則や労働協約上、弁明の機会の付与に関する規定がない場合には、必ずしも弁明の機会を付与しなければならないわけではありません。
もっとも、適正手続の観点から、特段の支障のない限り、就業規則や労働協約上の規定がないとしても、対象従業員の弁明の機会を付与することが望ましいといえます。
なお、対象従業員が使用者による調査に協力しない場合や、弁明の聴取に応じない場合には、弁明の機会を放棄したものとして、懲戒手続を進めることもやむを得ないと考えられます。
④ 懲戒処分の種類の検討
懲戒処分には、戒告から懲戒解雇まで、様々な種類のものがあります。
懲戒事由の重大性や対象従業員の役職等にかんがみて、適切な懲戒処分の種類を検討する必要があります。
⑤ 懲罰委員会への付議
就業規則や労働協約において、懲戒処分の実施にあたり、懲罰委員会の審議が必要と規定されている場合には、懲戒委員会の審議を経ずに懲戒処分を行うと、手続違反が軽微で結果に影響を与えないような例外的な場合を除いて無効と解されます。
したがって、原則として懲罰委員会の審議を省略することはできないと解されます。
⑥ 本人への通知
以上を経て、対象従業員の懲戒処分の種類が決定した場合には、会社から対象従業員に対して懲戒処分の理由及び内容を通知することになります。
ご相談のケースについて
ご相談のケースでは、会社の売上1000万円を着服したというものであり、重大な職場規律違反といえます。
もっとも、就業規則には懲戒処分の規定がないことから、懲戒解雇のみならず、懲戒処分を科すことも可能とは言い難い面があります。
会社としては、このような事態の再発を防止できるようにするために、早急に就業規則を整備することが求められます。
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