はじめに
店舗数が増えると、スタッフどうしや店舗と本部の間でコミュニケーションが行き届かなくなり、情報の分断や評価の不公平感、店長への過度な負担といったひずみが生じやすくなります。こうしたひずみは、優越的な関係を背景としたハラスメントの温床となり、離職や紛争につながることがあります。
本稿では、多店舗経営で生じやすいコミュニケーションとパワーバランスの問題を整理し、パワーハラスメント防止のために事業主が負う措置義務(労働施策総合推進法)と、職場環境配慮義務、そして店舗をまたいだ相談・対応体制の作り方を解説します。2026年10月1日から義務化されるカスタマーハラスメント対策にも触れます。
Q&A
Q1. パワハラ防止の対応は、中小規模の美容室にも義務がありますか?
はい。パワーハラスメント防止のための雇用管理上の措置義務は、2020年6月に大企業で施行され、2022年4月からは中小企業にも義務化されました(労働施策総合推進法30条の2)。規模を問わず、すべての事業主が、相談体制の整備などの措置を講じる義務を負っています。
Q2. どこまでが「パワハラ」に当たるのですか?
パワハラは、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの、と定義されています。この3つをすべて満たすものが該当します。業務上の必要性に基づく適正な指導は該当しませんが、人格を否定する言動や、見せしめのような叱責は問題となります。
Q3. 店舗が離れていて目が届きません。どう対応すべきですか?
店舗をまたいだ相談窓口を設け、定期的な面談や匿名で相談できるルートを整えることが有効です。相談を放置して被害が生じると、使用者責任(民法715条)や職場環境配慮義務違反として、会社が損害賠償責任を問われるおそれがあります。本部が一元的に事実確認と対応を行う体制を整えることが重要です。
解説
1. 多店舗経営で生じるコミュニケーションのひずみ
【図】多店舗特有のひずみと、パワハラ防止法の措置義務に基づく一元的な相談・対応体制
店舗が分かれていると、スタッフは自店の中だけで情報が完結しがちになり、店舗間で評価基準や待遇の違いに対する不満が生まれやすくなります。店長は、本部の方針と現場の実情との板挟みになり、過度な負担を抱えることもあります。こうした構造は、特定の人物に権限や情報が集中する属人的な運営を生み、健全なコミュニケーションを妨げます。
コミュニケーションのひずみは、それ自体が直ちに違法というわけではありませんが、放置するとハラスメントや離職、トラブルの土壌となります。多店舗経営では、現場任せにせず、本部が横断的に状況を把握する仕組みが求められます。
2. パワーハラスメントとは(定義と6つの類型)
職場におけるパワーハラスメントは、前述の3要素で定義されます。厚生労働省は、典型的な行為を次の6類型に整理しています。実際の判断は、行為の目的や状況、継続性などを踏まえて総合的に行われます。
| 類型 | 例 |
| 身体的な攻撃 | 暴行、傷害 |
| 精神的な攻撃 | 脅迫、名誉毀損、侮辱、人格を否定する暴言 |
| 人間関係からの切り離し | 隔離、仲間外し、無視 |
| 過大な要求 | 遂行不可能な業務の強制、私的な雑用の強制 |
| 過小な要求 | 能力とかけ離れた程度の低い仕事しか与えない |
| 個の侵害 | 私的なことに過度に立ち入る |
重要なのは、適正な業務指導とハラスメントの線引きです。業務上の必要性があり、態様も相当であれば指導の範囲ですが、人格攻撃や見せしめ的な叱責は範囲を超えます。指導の場面では、目的と改善点を具体的に伝え、感情的な言動を避けることが、トラブルの予防になります。
3. 事業主の措置義務(パワハラ防止法)
労働施策総合推進法は、事業主に対し、パワーハラスメント防止のために雇用管理上必要な措置を講じる義務を課しています。厚生労働省の指針は、講ずべき措置を大きく4つの柱に整理しています。すなわち、①事業主の方針の明確化と周知・啓発、②相談に応じ適切に対応するために必要な体制の整備、③ハラスメントが生じた場合の迅速かつ適切な事後対応、④相談者・行為者のプライバシー保護と、相談したことを理由とする不利益取扱いの禁止です。
これらは中小企業にも2022年4月から義務付けられています。就業規則やハラスメント防止規程に方針と懲戒の根拠を定め、全スタッフへ周知することが、措置義務を果たす出発点となります。
4. 職場環境配慮義務と会社の法的責任
会社は、労働契約に付随して、従業員が安全で働きやすい職場環境を保つよう配慮する義務を負っています(労働契約法5条の安全配慮義務を含む職場環境配慮義務)。ハラスメントの相談を受けながら適切に対応せず、被害が拡大した場合には、この義務に違反したとして、会社自身が損害賠償責任を負うことがあります。
また、従業員が職務に関連して他の従業員に加えた加害行為について、会社は使用者責任(民法715条)を問われる可能性があります。ハラスメントは、加害者個人だけでなく、会社の責任に直結する問題であるという認識が必要です。
5. 店舗横断の相談・対応体制の作り方
措置義務を実質的に果たすには、店舗ごとではなく、本部に一元的な相談窓口を設けることが効果的です。直属の上司に相談しにくい事案に備え、本部の担当者や外部の専門窓口など、複数の相談ルートを用意します。匿名での相談や、店舗を越えた面談の機会も、早期発見に役立ちます。
相談を受けた後は、事実関係を迅速かつ公正に確認し、必要に応じて行為者への措置や配置の見直し、再発防止策を講じます。その際、相談者のプライバシーを保護し、相談したことで不利益な取扱いをしないことを徹底します。対応の記録を残すことも、後の紛争に備えるうえで重要です。
6.カスタマーハラスメントへの備え(2026年10月1日から)
ハラスメント対策は、社内にとどまりません。2025年の法改正により、顧客等からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)への対策が、事業主の措置義務として2026年10月1日から施行されます。労働者を一人でも雇用するすべての事業主が対象です。
美容業は顧客との接点が多く、施術への過度なクレームや、従業員への威圧的な言動が生じやすい業種です。対応方針の明確化、相談体制の整備、行為への具体的な対応手順をあらかじめ定め、社内のパワハラ対策と一体的に整えておくことが望まれます。
7. 予防のためのコミュニケーション設計
ハラスメントの予防には、日頃のコミュニケーション設計が欠かせません。経営理念や行動基準を共有し、店舗を越えた情報共有の機会を設けることで、孤立や分断を防ぎます。評価基準を明確にし、公平に運用することも、不満の蓄積を抑えます。
あわせて、管理職向けの研修を行い、適正な指導とハラスメントの違いを理解してもらうことが効果的です。風通しのよい職場づくりは、離職の防止と人材の定着にもつながり、多店舗経営の安定に寄与します。
弁護士に相談するメリット
ハラスメント対策は、規程の整備と運用体制の構築が要となります。弁護士に相談することで、次のような備えが可能です。
- 就業規則・ハラスメント防止規程の整備:方針の明確化、懲戒の根拠、相談手順を定めた規程を整え、措置義務を実質的に果たす土台を作ります。
- 相談・調査体制の構築と研修:店舗横断の相談窓口の設計や、事実確認の手順、管理職向け研修について、実務に即した助言を行います。
- 紛争・訴訟対応:ハラスメントをめぐる紛争が生じた際の事実調査、被害者・行為者への対応、訴訟対応を、弁護士法人長瀬総合法律事務所が支援します。
弁護士法人長瀬総合法律事務所では、茨城県内の4拠点(牛久本部・日立支所・水戸支所・守谷支所)及び東京支所で、美容室・サロンの経営に関するご相談を承っております。開業や許認可、店舗運営、労務管理から事業承継・廃業まで、初回のご相談から解決まで一貫してサポートいたしますので、お気軽にご相談ください。
まとめ
多店舗経営のコミュニケーション問題とハラスメントは、体制整備によって予防できます。要点は次のとおりです。
- パワハラ防止の措置義務は、2022年4月から中小企業にも義務化されている。
- パワハラは3要素で判断され、適正な指導との線引きが重要である。
- 相談の放置は、職場環境配慮義務違反や使用者責任として会社の損害賠償責任につながる。
- 店舗横断の相談・対応体制を整え、2026年10月1日からのカスタマーハラスメント対策も併せて準備する。
ハラスメント対策や相談体制の整備でお悩みの際は、問題が深刻化する前に弁護士へご相談ください。早期の体制づくりが、紛争の予防と人材の定着につながります。
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