はじめに

M&A(企業の合併・買収)において、買い手と売り手の間で「買収価格」の合意に至ることは、長い交渉プロセスの大きなマイルストーンです。しかし、価格が決まったからといって、M&Aが成功したとは言えません。むしろ、M&Aの成否を分ける法的なリスク管理は、その後の最終契約書(DA:Definitive Agreement)の条項設計に集約されていると言っても過言ではありません。

特に、M&A契約における最大の係争ポイントとなりやすいのが、「表明保証条項(Representations and Warranties)」と「アーンアウト条項(Earn-out)」です。

表明保証条項は、対象企業の財務や法務の内容が正確であることを売り手が保証するものであり、M&A後の「こんなはずじゃなかった」というリスクを誰が負担するかを決める核心的な条項です。

一方、アーンアウト条項は、将来の業績に応じて買収対価を追加で支払う仕組みであり、売り手と買い手の「価格に対する見解の相違」を埋める有効な手段である反面、買収後の経営方針を巡って激しい対立を生む火種にもなり得ます。

これらの条項は、単なる定型文言として処理するのではなく、個別の案件のリスクや将来予測に合わせて精緻に設計しなければ、後日、巨額の損害賠償請求や支払いを巡る泥沼の紛争に発展しかねません。

本記事では、M&Aの実務において極めて重要な「表明保証」と「アーンアウト」について、その仕組みや目的、交渉における攻防のポイント、そして法的リスクを回避するための条項設計の秘訣を解説します。

Q&A

Q1. 表明保証条項に違反があった場合、どのような責任を負うことになりますか?

売り手が契約書で表明・保証した内容(例:簿外債務はない、決算書は正確である等)が事実に反していた場合、これを「表明保証違反」といいます。

違反があった場合、買い手は売り手に対して、その違反によって被った損害の賠償(補償)を請求することができます。また、違反が重大であり、M&Aの目的を達成できないようなケースでは、契約の解除が認められる場合もあります。ただし、実務上の契約では、補償請求ができる期間(1年〜3年程度)や、補償額の上限(譲渡価格の〇〇%まで等)が設定されることが一般的です。

Q2. アーンアウト条項とは具体的にどのような仕組みですか?

アーンアウト条項とは、M&Aのクロージング(決済・引渡し)時に固定の対価を支払うだけでなく、「クロージング後、一定期間(1年〜3年など)に目標とする売上や利益を達成した場合に、追加で対価を支払う」という取り決めです。

例えば、「譲渡価格は5億円とする。ただし、買収後1年間のEBITDAが1億円を超えた場合、追加で1億円を支払う」といった形で設定されます。これにより、売り手は高値での売却チャンスを得られ、買い手は業績不振のリスクを軽減できるため、価格交渉が膠着した場合の打開策として利用されます。

Q3. 買い手がデューデリジェンス(DD)で問題点を知っていた場合でも、表明保証違反を主張できますか?

これは「サンドバッキング(Sandbagging)」と呼ばれる論点です。

日本の民法の原則論からすれば、買い手が違反事実を知っていた場合(悪意)、損害賠償請求は認められにくい傾向にあります。しかし、M&A契約の実務では、契約書の中で明示的にルールを決めることが一般的です。「買い手が知っていたか否かを問わず、表明保証違反があれば補償請求できる」とする条項(プロ・サンドバッキング条項)を入れるか、逆に「知っていた事項については請求できない」とするか(アンチ・サンドバッキング条項)、交渉力によって決まります。

解説

M&Aにおける「不確実性」と契約によるリスク配分

M&A取引には、2つの大きな「不確実性」が存在します。

  1. 情報の非対称性: 売り手は自社のことを熟知しているが、買い手はデューデリジェンス(DD)を行ってもすべてを把握しきれない(過去・現在のリスク)。
  2. 将来の不確実性: 対象企業が買収後に計画通りの利益を上げられるか分からない(将来のリスク)。

この2つのリスクを契約上どう配分するかを解決するツールこそが、「表明保証」と「アーンアウト」です。

  • 表明保証 = 「過去・現在」の情報の正確性を売り手が保証し、リスクを分担する仕組み。
  • アーンアウト = 「将来」の成果に応じて対価を変動させ、リスクとリターンを分担する仕組み。

表明保証条項(Representations and Warranties)の解説

(1) 意義と機能

表明保証とは、契約の一方当事者(主に売り手)が他方当事者(主に買い手)に対し、一定の時点(契約締結日およびクロージング日)において、対象企業に関する事実関係が真実かつ正確であることを宣言し、保証するものです。

この条項の最大の機能は、「DDで発見できなかったリスク(隠れた瑕疵)」が顕在化した場合に、買い手が売り手に金銭的な補償を求められるようにすること(損害填補機能)です。また、重大な違反がある場合にはクロージングを拒絶できるという機能(クロージングの前提条件)も持ちます。

(2) 主な項目

表明保証の項目は、大きく「基本表明」と「業務表明」に分類されます。

  • 基本表明(Fundamental Representations)
    • 売り手の能力(契約締結権限があるか、倒産手続き中ではないか)。
    • 株式の所有(株式を適法かつ有効に保有しており、担保権などが付いていないか)。
    • これらは取引の根幹に関わるため、違反時の補償上限額を設けず、期間も長く設定される(時効まで等)ことが一般的です。
  • 業務表明(Business Representations)
    • 財務: 財務諸表が会計基準に従って適正に作成されており、簿外債務がないこと。
    • 税務: 過去の納税が適正に行われており、未納や追徴課税のリスクがないこと。
    • 労務: 未払い残業代がないこと、労使紛争がないこと、社会保険に適切に加入していること。
    • 法務: 法令違反がないこと、重要な訴訟が係属していないこと、契約違反がないこと。
    • 資産・知財: 事業に必要な資産や知的財産権を保有しており、第三者の権利を侵害していないこと。

(3) 交渉のポイント:売り手 vs 買い手

表明保証条項の内容は、売り手と買い手の利益が鋭く対立するため、契約交渉の主戦場となります。

  • 「重要な点において(in all material respects)」の限定(重要性基準)
    • 売り手:「些細なミスですべて補償させられてはたまらないため、『重要な点において』正確であると限定したい」と主張します。
    • 買い手:「何が重要かは主観的であり、立証が難しくなるため、限定を外したい」と主張します。
  • 「知る限り(to the best of knowledge)」の限定(知識要件)
    • 売り手:「従業員の個人的な不法行為など、経営陣が知り得ないことまで保証できない。あくまで『知る限り』保証するとしたい」と主張します。
    • 買い手:「知らないからといってリスクを買い手が被るのは不合理。知っているか否かに関わらず保証すべき」と主張します。
  • 補償の範囲と制限
    • 補償期間(サバイバル期間): 売り手は短く(1年など)、買い手は長く(3〜5年など)設定したがります。税務や労務などは時効期間(5年等)を考慮して長めに設定されることがあります。
    • 補償の上限(キャップ): 売り手は譲渡対価の10〜20%程度に制限したいと考えますが、買い手は全額(100%)またはそれ以上を求めます。
    • 下限(バスケット/免責金額): 少額の請求(数万円単位など)が乱発されるのを防ぐため、「損害額の合計が〇〇万円を超えるまでは請求できない」とする規定を設けることが一般的です。

(4) 表明保証保険の活用

近年、M&A契約交渉の膠着を防ぐために「表明保証保険」の利用が増えています。これは、表明保証違反による損害を保険会社が填補する仕組みです。

  • 買い手用保険: 買い手が保険料を支払い、違反があった場合に保険会社から保険金を受け取る。売り手への求償権を放棄させることで、売り手の売却後リスク(補償リスク)を遮断できるため、入札案件などで有利な条件を提示するために使われます。

アーンアウト条項(Earn-out)の徹底解説

(1) 意義と仕組み

アーンアウトとは、M&A対価の一部を「後払い」かつ「条件付き」にする設計です。

例えば、譲渡対価総額10億円のうち、7億円をクロージング時に支払い、残り3億円については「買収後2年間の平均営業利益が1億円を超えた場合に支払う」といった契約です。

(2) 利用される背景

アーンアウトは、主に以下の場面で活用されます。

  • バリュエーション(企業価値評価)のギャップ解消: 売り手は「将来急成長するから高く買ってくれ」と言い、買い手は「実績がないから安くしか買えない」と言う場合、将来の結果で白黒つける形にします。
  • 売り手(経営者)の残留・動機付け: 創業者等が買収後も一定期間経営に関与する場合(ロックアップ)、高いパフォーマンスを発揮し続けるインセンティブとして機能します。

(3) アーンアウトのリスクとデメリット

アーンアウトは一見合理的に見えますが、「買収後の経営」が絡むため、非常に紛争になりやすい条項です。

  • 買い手の経営方針との衝突
    売り手(旧経営者)は、アーンアウト達成のために「短期的な売上」を追求したいと考えます。一方、買い手(新株主)は、「長期的成長のための投資(コスト増)」を行いたいと考えるかもしれません。この際、買い手が広告宣伝費を大量に投下して利益を圧縮した場合、売り手は「アーンアウトの支払いを逃れるために利益を操作した」として反発します。
  • 評価指標の曖昧さ
    「利益」といっても、営業利益なのか、経常利益なのか、EBITDAなのか。会計方針の変更や、親会社管理費(配賦費)の取り扱いによって数字は大きく変わります。ここを厳密に定義しておかないと、計算方法を巡って揉めるリスクがあります。
  • 統合プロセス(PMI)の阻害
    アーンアウト期間中は、旧来のやり方で数字を上げたい売り手と、早期にグループ統合を進めたい買い手との間で軋轢が生じ、PMIが遅れる原因になることがあります。

(4) 紛争防止のための条項設計

アーンアウト条項を導入する場合、以下の点を契約書で詳細に定める必要があります。

  • 指標の明確化: 恣意性が入りにくい「売上高」や「売上総利益」を指標にする、あるいは特定の会計基準に従うことを明記する。
  • 運営の独立性と買い手の裁量: アーンアウト期間中、売り手がどの程度の経営権限を持つのか、逆に買い手はどの程度経営に介入できるのか(事業計画の変更、従業員の解雇、予算の承認権など)を明確にする。
  • 加速条項(アクセラレーション): アーンアウト期間中に買い手が対象企業を第三者に転売したり、事業を停止させたりした場合、残りのアーンアウト対価を直ちに全額支払うといった条項を設ける。

リスク管理の実務プロセス

M&Aにおけるリスク管理は、契約書の文言調整だけでなく、プロセス全体で意識する必要があります。

  1. 徹底的なデューデリジェンス(DD)
    表明保証はあくまで「最後の命綱」です。まずは法務・財務・ビジネスDDを徹底して行い、リスクを洗い出すことが先決です。発見されたリスクは、表明保証でカバーするのではなく、価格交渉(減額)やクロージング前の是正(契約変更、未払い金の精算など)で対応するのが原則です。
  2. 開示別紙(ディスクロージャー・スケジュール)の作成
    売り手は、表明保証の例外事項(例:「係争中の訴訟はない。ただし、別紙記載の件を除く」)をリストアップした「開示別紙」を作成します。これを正確に作成することで、売り手はその事項についての表明保証違反責任を免れることができます。逆に、買い手はこのリストを精査し、容認できるリスクかどうかを判断します。
  3. 契約後のモニタリング
    アーンアウトを設定した場合、買い手は定期的に財務状況をモニタリングしつつ、売り手とのコミュニケーションを密にする必要があります。意図的に数字を操作していると疑われないよう、経営判断の根拠を明確にしておくことが重要です。

弁護士に相談するメリット

表明保証条項やアーンアウト条項の設計・交渉は、高度に専門的かつ戦略的な判断が求められます。弁護士に相談することで、以下のようなメリットが得られます。

  1. 自社に有利な契約条件の獲得
    売り手側であれば「補償の制限(期間短縮・金額上限)」を、買い手側であれば「広範な表明保証と強力な補償条項」を獲得するため、法的根拠と相場観に基づいた交渉を行います。
  2. 「サンドバッキング」等の高度な論点への対応
    買い手がDDで知った事実をどう扱うか、プロ・サンドバッキング条項を入れるべきかなど、日本法およびM&A慣行に照らした微妙な判断をサポートします。
  3. アーンアウト紛争の予防策定
    将来のトラブルを予測し、アーンアウトの計算式、会計処理のルール、期間中の経営権限の分配について、極めて具体的かつ詳細な条項を作成します。これにより、「言った言わない」や「計算が違う」といった紛争を未然に防ぎます。
  4. 表明保証保険の活用支援
    表明保証保険を導入する場合、保険会社との交渉や、保険適用を前提とした契約書の修正が必要となります。これらの専門的な手続きを支援します。

まとめ

M&A契約における「表明保証条項」と「アーンアウト条項」は、取引のリスクとリターンを当事者間で配分するための極めて重要なツールです。

表明保証は「過去と現在」の情報の正確性を担保し、万が一の際の補償を確保するための盾となります。一方、アーンアウトは「将来」の不確実性を乗り越え、価格合意を形成するための架け橋となりますが、同時に買収後の経営対立を生む諸刃の剣でもあります。

これらの条項に定型的な正解はありません。対象企業の規模、業種、リスクの所在、そして当事者の力関係によって、最適な条項設計は千差万別です。安易にひな形を流用したり、リスクを理解せずに合意したりすることは、将来の会社経営に致命的なダメージを与える可能性があります。

M&Aを成功させ、その後の事業成長を実現するためには、初期の検討段階から交渉の終盤まで、M&A法務に精通した弁護士のサポートを受けることを強くお勧めします。

弁護士法人長瀬総合法律事務所では、多数のM&A案件で培ったノウハウを活かし、貴社の利益を最大化し、リスクを最小化するための契約交渉と条項設計をサポートいたします。M&Aをご検討の際は、ぜひお気軽にご相談ください。


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