はじめに
人材の流動化が進む現代において、企業が自社の文化や業務に真に適合する人材を採用することは、ますます困難になっています。「紹介予定派遣」は、このような採用における「ミスマッチ」を防ぐための有効な手段として注目されています。一定期間「派遣」として実務を経験してもらった上で、直接雇用(正社員や契約社員)に切り替えるかどうかを判断できるため、企業・労働者双方にメリットがあります。
一方で、かつて派遣の一形態であった「特定派遣」は、2015年の労働者派遣法改正により廃止されました。この「特定派遣の廃止」という法改正は、過去の出来事であると同時に、現在の派遣先企業(受入企業)のコンプライアンス・リスクに直結する重要な法的教訓を含んでいます。
本稿では、「紹介予定派遣」の適切な運用方法と法的な留意点、そして「特定派遣の廃止」がもたらした派遣先リスクについて解説します。
Q&A:紹介予定派遣と特定派遣
Q1. 「紹介予定派遣」とは何ですか?
派遣期間(最長6ヶ月)の終了後、派遣先企業がその派遣労働者を直接雇用すること(正社員や契約社員として採用すること)を前提として行われる労働者派遣です。派遣期間は、企業と労働者がお互いを見極める「試用期間」のような役割を果たします。
Q2. 紹介予定派遣と通常の派遣の最大の違いは何ですか?
通常の派遣では、派遣先が派遣労働者を特定する行為(=事前の面接)は、原則として禁止されています。しかし、紹介予定派遣は、将来の直接雇用を前提としているため、例外的に派遣開始前の「面接」や「履歴書の送付」が認められています。これにより、企業は採用選考に近い形で候補者を選定できます。
Q3. かつての「特定派遣」とは何ですか? 現在はどうなっていますか?
(法的修正点)2015年の法改正以前、派遣事業は2種類に分かれていました。
- 一般派遣:登録型(仕事がある時だけ雇用)が中心。事業を行うには「許可」が必要(許可制)。
- 特定派遣:常用雇用型(派遣元が常に雇用)が中心。事業を行うには「届出」だけでよい(届出制)。
しかし、この「届出制」の特定派遣が、労働者保護の観点から問題視されたため、2015年の法改正(2018年9月完全移行)により、特定派遣の区分は完全に廃止されました。
現在、常用型・登録型を問わず、すべての労働者派遣事業は「許可制」に一本化されています。
Q4. 紹介予定派遣のメリットは何ですか?
最大のメリットは、採用の「ミスマッチ」を低減できることです。通常の採用面接だけでは見抜きにくい、実際の業務スキル、職場への適応力、協調性などを、最長6ヶ月間の派遣期間を通じて、実務の中でじっくりと見極めることができます。労働者側にも、社風や業務内容が自分に合うかを判断できるメリットがあります。
Q5. 紹介予定派遣で採用しない場合(本採用拒否)のリスクは?
派遣期間(最長6ヶ月)はあくまで「派遣契約」であり、その後の直接雇用契約の締結は「任意」です。したがって、期間満了時に本採用を拒否すること自体は、「解雇」にはあたりません。
しかし、本採用を拒否する場合には、派遣先は派遣元を通じて、労働者に対し「合理的な拒否理由」を明示する義務があります。「なんとなく社風に合わない」といった曖昧な理由では、後に労働者から「採用を不当に拒否された」として、損害賠償などを請求される紛争リスクが残ります。
詳細解説:導入メリットと法的留意点
紹介予定派遣の運用フロー
紹介予定派遣を導入する際の、法的に安全な標準フローは以下の通りです。
- 契約:派遣元と派遣先が「紹介予定派遣であること」を明記した派遣契約を締結します。
- 選考:派遣先が派遣労働者の面接・選考を行います(通常の派遣では禁止)。
- 派遣開始:派遣労働者として就業します。派遣先は労働者の適性・能力を評価します。
- 派遣期間:最長6ヶ月。この期間中に、直接雇用後の労働条件(給与、役職など)を労働者に明示します。
- 意思確認:派遣期間終了前に、派遣先は労働者に対し「直接雇用したいか」を、労働者は派遣先に「直接雇用されたいか」を、それぞれ派遣元を通じて意思表示します。
- 結果:双方が合意すれば、派遣契約終了の翌日から、派遣先と労働者の間で直接雇用契約が成立します。合意しない場合は、派遣契約の満了をもって終了となります。
本採用拒否(不採用)の場合の法的リスク管理
派遣先が本採用を拒否する判断は、法的には可能ですが、無制限ではありません。裁判例では、紹介予定派遣における本採用の拒否について、通常の解雇(解雇権濫用)ほど厳格ではないものの、それに準じた合理性が求められる傾向にあります。
企業がリスクを管理するためには、以下の点が重要です。
- 評価基準の明確化:派遣開始前に、どのような基準(スキル、協調性など)で本採用を判断するかを定めておく。
- 評価の記録:派遣期間中、定期的に面談を実施し、「この点が改善されなければ本採用は難しい」といった評価を客観的な事実(例:業務上のミス、勤怠状況)に基づき記録に残す。
- 具体的な理由の明示:不採用とする場合、これらの記録に基づき、「○○の業務スキルが、当社の求める水準に達しなかったため」など、具体的な理由を文書で通知する。
【重要】「特定派遣の廃止」が現在の派遣先に与えるリスク
(法的修正点)2018年に特定派遣が廃止されたことは、過去の法改正ですが、現在の派遣先企業に重大なリスクをもたらし続けています。
法改正により、かつての「特定派遣(届出制)」の事業者は、新たな「許可制」の基準(例:一定以上の資産要件、キャリアアップ教育体制の整備など)を満たして「許可」を取得し直す必要がありました。
しかし、この基準を満たせず、許可を得られないまま、実質的に派遣事業を続けている(または廃業すべきところを偽装請負などに切り替えている)元・特定派遣事業者が存在する可能性があります。
派遣先企業にとって最大のリスクは、取引先の派遣元が、この「許可」を適法に取得・維持しているかを確認しないまま、派遣労働者を受け入れ続けることです。
万が一、取引先の派遣元が「無許可の事業者」であった場合、派遣先は派遣法第40条の6第1項第2号に該当し、「労働契約申込みみなし制度」が適用されます。
これは、派遣先がその事実を知った(または知り得た)時点(通常は契約時)で、派遣労働者に対し、直接雇用の申込みをしたとみなされるという、強力なペナルティです。
導入と運用の注意点
紹介予定派遣を導入する企業は、採用のミスマッチ防止というメリットに目を向けるだけでなく、(1)本採用拒否時の紛争リスク管理、そして(2)前提として、取引先の派遣元が適法な「許可事業者」であるかの確認 、という二つの法的防衛策を講じる必要があります。
弁護士法人長瀬総合法律事務所に相談するメリット
紹介予定派遣は、派遣法と職業安定法が交錯する領域であり、また旧特定派遣事業者の問題 は、企業の取引先管理における法務リスクそのものです。
弁護士法人長瀬総合法律事務所は、以下のサポートを提供します。
- 紹介予定派遣契約書・覚書の作成
本採用拒否時のリスクを最小化し、労働条件の明示義務を遵守した契約書・通知書をレビュー・作成します。 - 派遣元事業者の適法性チェック
現在取引中または新規取引予定の派遣元が、適法な「許可事業者」であるか、また「優良派遣事業者」認定などコンプライアンス体制が整っているかを法的に確認するサポートを行います。 - 紛争対応
本採用拒否をめぐる労働者とのトラブルや、「みなし雇用」 の主張を受けた場合の初期対応・交渉を支援します。
まとめ
紹介予定派遣は、採用のミスマッチを防ぐ非常に有効な制度ですが、それは「採用しない自由」を無制限に保障するものではなく、合理的な理由に基づく評価プロセスが求められます。
また、それ以前の問題として、企業は「誰から」派遣を受け入れているかに、より一層の注意を払う必要があります。旧特定派遣の廃止 により、取引先の派遣元が適法な「許可事業者」であるかの確認は、今や派遣先企業が「みなし雇用」 という重大なリスクを回避するための必須の防衛策となっています。
弁護士法人長瀬総合法律事務所は、企業の採用戦略とコンプライアンス戦略の両面から、派遣制度の適切な活用を支援します。
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