はじめに
解決へのスタートライン
長い時間と少なくない費用をかけ、発信者情報開示請求によって、ついに匿名の誹謗中傷投稿者の氏名と住所が判明した…。
しかし、投稿者の特定は、決してゴールではありません。むしろ、それはあなたの受けた被害を回復し、問題を解決するための「スタートライン」に立ったに過ぎません。特定をした今、あなたは加害者に対し、複数の法的アクションを選択する力を得たのです。
この記事では、投稿者を特定した後に被害者が取れる3つの主な選択肢、「①和解(示談)交渉」「②損害賠償請求訴訟」「③刑事告訴」について、それぞれの目的や特徴、そしてこれらをいかに戦略的に組み合わせるかについて、解説します。
選択肢1:民事上の責任追及(交渉と訴訟)
これは、あなたの受けた精神的・経済的損害を金銭で回復させるための手続きです。
迅速かつ柔軟な解決を目指す「和解(示談)交渉」
多くの場合、いきなり裁判を起こすのではなく、まず弁護士を通じて加害者との話し合いによる解決を目指します。
- 手続きの流れ:
- 弁護士が代理人として、加害者に内容証明郵便を送付します。通知書には、誹謗中傷の事実、慰謝料などの要求額、交渉に応じるよう求める旨などを記載します。
- 加害者が応じれば、弁護士同士での交渉が開始されます。
- 慰謝料の金額、支払い方法、謝罪の有無、再発防止策などについて合意を目指します。
- 合意に至れば、その内容を「示談書(和解契約書)」という法的に有効な書面にまとめ、双方が署名・押印して解決となります。
- 示談書に盛り込むべき重要条項:
-
- 慰謝料支払条項: 金額、支払期日、支払方法を明記。
- 謝罪条項: 謝罪の意思を明確に示させます。
- 投稿削除義務: 関連するすべての投稿を削除させます。
- 接触禁止条項: 今後一切、直接・間接を問わず接触しないことを約束させます。
- 口外禁止条項(守秘義務): 示談の事実や内容を第三者に口外しないことを約束させます。
- 清算条項: この示談書に定める以外に、両者間に何らの債権債務がないことを確認します。
- 違約金条項: 最も重要。 上記の約束(特に接触禁止や口外禁止)を破った場合に、高額な違約金を支払う義務を課すことで、将来の再発を抑止します。
- メリット: 裁判に比べて迅速(1~3ヶ月程度)に解決できる可能性があり、謝罪文の要求など、判決では得られない柔軟な条件を盛り込めます。
- デメリット: あくまで話し合いであるため、加害者が交渉を拒否したり、条件面で譲歩しなかったりすれば成立しません。
法的強制力を持つ最終手段「損害賠償請求訴訟」
和解交渉が不成立に終わった場合や、加害者に反省の色が全く見られない場合に選択する、裁判所を通じた正式な手続きです。
- 手続きの流れ: 弁護士が「訴状」を裁判所に提出し、約1ヶ月に1回のペースで口頭弁論が開かれ、最終的に裁判官が「判決」を下します。
- メリット: 相手が支払いを拒否しても、判決があれば、預金や給与の差し押さえといった強制執行が可能になります。裁判所という公的機関が、あなたの受けた被害を法的に認定してくれます。
- デメリット: 判決まで半年~1年以上かかることもあり、費用も高額になる傾向があります。
選択肢2:刑事上の責任追及(刑事告訴)
民事上の責任追及とは別に、加害者に国の法律に基づいて刑事罰(懲役、罰金など)を科すことを求める手続きです。これは「社会正義の実現」を目的とします。
2022年侮辱罪厳罰化
かつて、ネット上の「バカ」「死ね」といった侮辱的な投稿は、侮辱罪に該当しても「科料(1万円未満)」という極めて軽い罰で済まされることがほとんどでした。そのため、刑事告訴の抑止力は限定的でした。
しかし、2022年7月7日に施行された改正刑法により、状況は一変しました。
- 法定刑の引き上げ: 侮辱罪の法定刑に「1年以下の懲役・禁錮または30万円以下の罰金」が追加されました。
- 公訴時効の延長: 罪を起訴できる期間(公訴時効)が、従来の1年から3年に延長されました。
この改正は、単に罰が重くなっただけではありません。民事の和解交渉において、被害者側に強力な交渉カードをもたらしました。以前は「罰金9,000円」で済んだ加害者が、今では前科がつき、場合によっては刑務所に行くという深刻なリスクを負うことになったのです。この「刑事罰の現実的な恐怖」を背景にすることで、加害者側が民事の示談交渉に真摯に応じ、より高額な慰謝料の支払いや誠実な謝罪を受け入れざるを得ない状況を作り出すことが可能になりました。つまり、刑事告訴は、それ自体が目的であると同時に、民事解決を有利に進めるための戦略的手段となったのです。
刑事告訴の手続き
被害届と告訴状の違い
- 被害届: 犯罪被害があったことを警察に申告するだけのもので、警察に捜査義務は生じません。
- 告訴状: 犯人の処罰を求める強い意思表示であり、これを受理した警察・検察には捜査義務が生じます。名誉毀損罪や侮辱罪は「親告罪」であるため、被害者の告訴がなければ検察官は起訴できません。したがって、処罰を望むなら告訴状を提出する必要があります。
注意すべき「二重の時効」の罠
刑事告訴には、注意すべき2つの異なる時効が存在します。
- 公訴時効: 犯罪行為が終わった時から起算され、この期間を過ぎると検察官は起訴できなくなります。名誉毀損罪・侮辱罪ともに3年です。
- 告訴期間: 親告罪に特有の期間制限で、「犯人を誰であるか知った日から6ヶ月以内」に告訴しなければならない、という厳しいルールです(刑事訴訟法235条)。
例えば、発信者情報開示請求に8ヶ月かかってようやく加害者を特定したとします。公訴時効はまだ2年以上残っているため、安心してしまうかもしれません。
しかし、「犯人を知った日」は加害者の氏名・住所が判明した日であり、その日から既に8ヶ月が経過しているため、告訴期間(6ヶ月)は過ぎており、もはや刑事告訴する権利は永久に失われているのです。この「デュアル・デッドライン」を理解せずに行動すると、加害者に刑事責任を問う機会を逃すことになりかねません。加害者を特定したら、刑事告訴を検討する場合は、直ちに弁護士と相談する必要があります。
まとめ
専門家と共に描く、あなただけの解決への道筋
発信者情報の開示は、長い戦いの終わりではなく、始まりです。特定した加害者に対し、「和解交渉」「損害賠償請求訴訟」「刑事告訴」というカードを、いかに効果的に、そして戦略的に使っていくかが、あなたの被害を真に回復し、未来の平穏を守るための鍵となります。
どの選択肢がベストかは、加害者の社会的地位や経済力、反省の態度、そして何よりも「あなたが最終的に何を得たいのか」によって決まります。この最も重要な局面で、あなたの代理人として最善の解決へと導くのが弁護士の役割です。あなたの思い描く解決を実現するためぜひ専門家にご相談ください。
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