はじめに

時間は最も重要で、取り戻せない資源

「匿名の犯人を特定したいけれど、一体いつになったら判明するのだろう?」
「手続きが長引いて、その間ずっと不安な気持ちで過ごすのは耐えられない…」

発信者情報開示請求を決意した方にとって、解決までにかかる「期間」は、費用と並ぶ大きな関心事です。この手続きにおいて、時間は単なる待ち時間ではありません。それは、加害者を特定するための手がかりである「ログ」の寿命を刻む、重要かつ取り戻すことのできない資源です。

この記事では、発信者情報開示請求の手続きの流れと、その内訳を解説します。さらに、2022年の法改正がもたらした変化を踏まえ、手続きを可能な限りスピーディーに進め、一日でも早く平穏を取り戻すための具体的な戦略をお伝えします。

2022年施行「発信者情報開示命令」のポイント

投稿者の特定に時間がかかる最大の理由は、サイト運営者やプロバイダが個人情報を開示するには、原則として裁判所の命令が必要だからです。ここでは、手続きの迅速化を目指して導入された新制度「発信者情報開示命令」の具体的な流れを見ていきましょう。

従来の手続き(2022年10月以前):2つの訴訟という高いハードル

かつては、①サイト運営者(コンテンツプロバイダ、以下CP)に対しIPアドレスを開示させるための「仮処分申立て」と、②そのIPアドレスを元に接続事業者(アクセスプロバイダ、以下AP)に対し氏名・住所を開示させるための「訴訟提起」という、2つの別個の裁判手続きを踏む必要がありました。これにより、1年以上の期間を要することも珍しくありませんでした。

新しい手続き(2022年10月以降):一体化された申立て

改正プロバイダ責任制限法により創設された「発信者情報開示命令」は、これら2つの手続きを一体化し、一つの手続きで完結させることを可能にしました。

発信者情報開示命令のステップ

  1. 申立て(被害者→裁判所)
    被害者の代理人弁護士が、CPを相手方として、裁判所に包括的な「発信者情報開示命令」の申立てを行います。この申立書には、IPアドレス等の「開示命令」、APの名称の「提供命令」、そして後述するAPへの「消去禁止命令」など、必要な複数の命令を一度に盛り込みます。
  2. 提供命令(裁判所→CP)
    裁判所は申立てを受理すると、まずCPに対し、投稿者が利用したAP(例:NTTドコモ)の名称を提供するよう命じる「提供命令」を迅速に発令します。
  3. APへの通知と消去禁止命令(裁判所→AP)
    APの名称が判明すると、裁判所はそのAPに対し、開示命令事件が係属していることを通知します。同時に、被害者側の申立てに基づき、APが保有するログを審理が終結するまで消去してはならないとする「消去禁止命令」を発令します。これが、ログ消失のリスクを回避する重要なステップです。
  4. 審理と意見聴取(裁判所・CP・AP)
    裁判所は、CPとAP双方から主張や反論を聞きます。特にAPは、発信者(契約者)本人に対し「あなたの情報を開示してよいか」という意見照会を行う義務があります。この照会と回答に一定の期間を要することが、手続きが長期化する一因です。
  5. 最終的な開示命令(裁判所→AP)
    すべての審理を終え、権利侵害が明白であると裁判所が判断した場合、APに対して発信者の氏名・住所・メールアドレスなどを開示するよう命じる最終的な「開示命令」が発令されます。

新制度は「迅速化」されたが「瞬間的」ではない

この新しい制度は、被害者が行うべき法的手続きを一度の申立てに集約した点で画期的です。従来のように、最初の仮処分が終わるのを待ってから次の訴訟を準備する必要がなくなり、時間と費用のロスが大幅に削減されました。

しかし、注意すべきは、この制度が手続きを「瞬間的」にするものではないという点です。申立てが一本化されても、裁判所が審理する時間、CPやAPが社内手続きを経て応答する時間、そして法律で義務付けられた発信者への意見照会にかかる時間は、依然として必要です。そのため、法改正後もなお、解決までには数ヶ月単位の期間を要するという現実を理解しておくことが重要です。

被害者ができる加速戦略:解決へのルートを描く

この長期戦を少しでも短縮するために、被害者自身が取るべき行動は明確です。

1. 発見後、即座に行動を開始する

これが最も重要です。「もう少し様子を見よう」というためらいが、致命的な時間ロスにつながります。

  • 完璧な証拠保全
    投稿内容だけでなく、URLが表示された状態のページ全体のスクリーンショットを、発見したその日のうちに撮影・保存してください。投稿日時が分かるように記録することも重要です。
  • 迷わず相談
    悩んでいる間にログは消えていきます。すぐにインターネットトラブルに強い弁護士を探し、相談の予約を入れてください。

2. ネットトラブルに「精通した」弁護士を選ぶ

弁護士の専門性と経験値が、解決までのスピードを直接左右します。

  • 経験の差がスピードの差
    経験豊富な弁護士は、申立書の作成、各プロバイダの内部事情や担当窓口、応答の傾向などを熟知しており、無駄なやり取りを排して最短ルートで手続きを進めることができます。
  • 不慣れな弁護士のリスク
    この分野に不慣れな弁護士に依頼すると、調査や確認に余計な時間がかかり、結果的にログ保存期間を徒過するリスクが高まります。

3. 弁護士への協力を惜しまない

依頼後は、弁護士と二人三脚です。迅速な協力が期間短縮に直結します。

  • 迅速なレスポンス
    弁護士からの質問や資料提出の依頼には、可能な限り早く対応しましょう。
  • 正確な情報提供
    事実関係を時系列でまとめたメモを用意するなど、正確な情報を整理して提供することで、弁護士の作業効率が上がります。

弁護士が担う加速装置としての役割

専門家である弁護士は、被害者個人では不可能な方法で手続きを加速させます。

  • 初動スピード
    ご依頼を受ければ、弁護士は即座に証拠を精査し、申立書の作成に着手します。個人が法律や手続きを調べている時間を、専門家はすべて実際の準備と行動に充てることができます。
  • 「消去禁止命令」の戦略的活用
    経験豊富な弁護士は、本案の申立てと同時に、あるいはそれに先立って「消去禁止命令」を申し立て、まずログの保全を確実に行います。 これにより、時間との戦いにおいて圧倒的優位に立つことができます。
  • 裁判所・プロバイダとの円滑なコミュニケーション
    裁判所の書記官やプロバイダの法務担当者との専門的なやり取りも、弁護士がスムーズに行うことで、手続きの停滞を防ぎ、迅速な進行を促します。

まとめ:スピードが結果を左右する

発信者情報開示請求は、裁判手続きが必須であるため、どうしても数ヶ月から1年程度の期間を要する長期戦です。しかし、その期間は、あなたの初動の速さと、依頼する弁護士の専門性・経験値によって、短縮することが可能です。

誹謗中傷を発見したら、一日でも早く、ネットトラブルの経験豊富な弁護士に相談し、依頼する

これが重要です。

悩んでいる間に、投稿者を特定できる唯一の手がかりであるログは、刻一刻と消えていきます。後悔しないためにも、どうか勇気を出して、迅速に行動を起こしてください。


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