はじめに
運送業界で古くから採用されてきた「歩合給(出来高払制)」。ドライバーの頑張りが直接給与に反映されるため、モチベーション向上の手段として有効な側面がある一方、その運用をめぐっては、未払い残業代請求訴訟の最大の火種となってきました。
多くの経営者が、「歩合給なのだから残業代は発生しない」あるいは「歩合給に残業代が含まれている」といった誤解をされています。しかし、最高裁判所の判例により、その考えは明確に否定されています。歩合給制度の下でも、労働基準法が定める時間外労働、休日労働、深夜労働に対する割増賃金(残業代)の支払い義務は、当然に発生します。
本稿では、法的に有効な歩合給制度を構築・運用するためのポイントを解説します。
Q&A:歩合給と残業代に関するよくある質問
Q1. 売上の〇〇%を給与として支払う、という完全歩合給制度です。この場合でも、残業代は別途支払う必要があるのですか?
はい、必ず別途支払う必要があります。労働基準法上の労働者である限り、たとえ完全歩合給であっても、法定労働時間を超えて働けば、時間外労働に対する割増賃金が発生します。法律は、給与の名称や計算方法に関わらず、労働時間に基づいて割増賃金の支払いを義務付けているからです。「歩合給に残業代が含まれている」という主張は、原則として認められません。
Q2. 歩合給を支払っているドライバーの残業代は、どのように計算すればよいのでしょうか?
非常に複雑ですが、最高裁判例(国際自動車事件)が示した計算方法を正確に理解し、適用しなければ、計算間違いによる未払いが生じるリスクが高いです。基本的には、歩合給を「通常の労働時間の対価部分」と「割増賃金部分」に按分して計算し、法定の割増賃金額に満たない場合は差額を支払う必要があります。
Q3. 労働基準法で保障されている「出来高払制の保障給」とは何ですか?
これは、歩合給で働く労働者の収入が、本人の責任ではない理由(荷物が少ない、渋滞など)で極端に低くなることを防ぐためのセーフティネットです。労働基準法第27条は、出来高払制を使用する場合、会社は労働時間に応じ、一定額の賃金を保障しなければならない、と定めています。一般的には、平均賃金の6割程度が保障の目安とされています。この保障給の定めがない歩合給制度は、それ自体が違法と判断される可能性があります。
解説
なぜ「歩合給=残業代込み」という考えは通用しないのか
多くの経営者が陥る誤解の根源は、歩合給を「労働の成果に対する対価」と一括りに捉えてしまう点にあります。しかし、労働基準法は、賃金を以下の2つに明確に区別して規律しています。
- 通常の労働時間の賃金
所定労働時間内の労働に対する対価。 - 割増賃金
法定労働時間を超えた労働(時間外・休日・深夜)に対して、法律がペナルティ的に上乗せを義務付けた対価。
歩合給は、あくまで前者の「通常の労働時間の賃金」の支払い方法の一種です。したがって、後者である「割増賃金」は、歩合給とは別に、法定の計算方法に基づいて支払われなければならないのです。
法的に有効な歩合給制度を構築するためのチェックポイント
最高裁判例と労働基準法の規定を踏まえ、法的に有効な歩合給制度を構築するためには、就業規則(賃金規程)や雇用契約書に以下の点を明確に定める必要があります。
- 賃金体系の明確化
生活給としての安定性を確保するため、一定額の固定給部分を設け、それを補完する形で歩合給を組み合わせるハイブリッド型の制度が望ましい。 - 割増賃金計算ロジックの明記
歩合給部分に対する割増賃金の計算方法として、国際自動車事件判例の趣旨に沿った按分計算のロジックを具体的に規定する。 - 保障給の定め
労働基準法第27条に基づき、労働時間に応じた一定額の保障給を明確に規定する。
これらの定めが曖昧であったり、欠けていたりする場合、その賃金制度は未払い残業代請求訴訟において極めて不利な立場に置かれることになります。
まとめ
「歩合給だから残業代は不要」という考えは、もはや過去の遺物です。その誤った認識のまま経営を続けることは、いつ爆発するとも知れない時限爆弾を抱え続けることに他なりません。ドライバーの努力に報いる有効なインセンティブとして歩合給制度を維持しつつ、未払い残業代という巨大な経営リスクを回避するためには、自社の賃金制度を、最新の判例という「法的ものさし」で正確に測り直し、必要であれば抜本的に見直すことが重要です。
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