はじめに

不動産競売は、市場価格よりも割安に物件を取得できる可能性があるため、不動産投資家やマイホーム購入希望者にとって魅力的な市場です。

しかし、その価格的メリットの裏には、一般の不動産取引とは比較にならないほど大きなリスクが潜んでいます。内覧ができないことによる物件状態の不確実性、占有者が居座るリスク、そして何より、落札後に欠陥が発覚しても法的な保護が著しく制限されるという現実があります。

本稿では、競売物件の購入を検討する際に必ず理解しておくべき法的・実務的リスクを、2020年改正民法の内容も踏まえて具体的に解説します。

Q&A

Q1.競売物件はなぜ安いのでしょうか?

価格が市場より低くなるのは、買受人が負うリスクの対価と言えます。主なリスク要因は、

  1. 内覧不可
    物件内部の状況を確認できないまま入札するため、雨漏りやシロアリ被害などの隠れた欠陥(瑕疵)がある可能性を覚悟しなければなりません。
  2. 占有者リスク
    落札後も元所有者や賃借人が退去せず、法的な明渡し手続きが必要になる場合があります。
  3. 限定的な情報:裁判所が提供する「3点セット」と呼ばれる資料のみが判断材料となり、情報が不十分です。

これらのリスクを嫌気して入札参加者が限られるため、価格が下がる傾向にあります。

Q2.競売物件購入における最大のリスクは何ですか?

法的な観点からの最大のリスクは、「契約不適合責任」が制限されることです。一般の売買であれば、購入した物件に契約内容と異なる欠陥があった場合、売主に対して修補や代金減額、契約解除などを請求できます。しかし、競売では、物件の「種類または品質」に関する不適合、つまり物理的な欠陥については、この責任を追及することが原則としてできません(民法第568条4項)。落札後に重大な欠陥が見つかっても、その修繕費用は全て買受人の自己負担となります。

Q3.落札後に占有者がいたらどうすればよいですか?

占有者が任意に退去しない場合、買受人は裁判所に対して「引渡命令」を申し立てることができます。これは、民事執行法第83条に定められた、競売手続きに付随する簡易・迅速な明渡し手続きです。申立ては、代金を納付した日から原則6ヶ月以内に行う必要があります。裁判所が引渡命令を発令しても占有者が従わない場合は、さらに強制執行を申し立て、執行官によって強制的に退去させることができます。

Q4.賃借人がいる物件を落札した場合、追い出すことはできますか?

一概には言えません。判断の基準は、その賃借人が「対抗要件」を備えているかどうかです。抵当権設定登記よりも前に、賃借権の登記や建物の引渡しといった対抗要件を備えている賃借人の場合、その賃貸借契約は新しい所有者(買受人)に対しても有効です。この場合、買受人は賃貸人としての地位を引き継ぐことになり、正当な事由なく一方的に退去を求めることはできません。3点セットの「物件明細書」で、賃借権が買受人に対抗できるか否かが記載されているため、入札前に必ず確認する必要があります。

Q5.買受希望者が弁護士に相談するメリットは何ですか?

弁護士は、競売物件に潜む法的リスクを事前に評価し、安全な取引をサポートします。具体的には、(1) 権利関係の調査:3点セットを法的な観点から精査し、登記簿からは読み取れない賃借権の対抗力や管理費滞納のリスクなどを分析します。(2) 入札手続きの支援:複雑な手続きを代行し、ミスのない入札を支援します。(3) 落札後の紛争対応:占有者との明渡し交渉や引渡命令申立て、強制執行手続きを代理し、スムーズな物件取得を実現します。

解説

最重要リスク:限定される契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)

2020年4月1日に施行された改正民法により、従来の「瑕疵担保責任」は「契約不適合責任」という概念に変わりました。これは、売買の目的物が種類、品質、数量に関して契約の内容に適合しない場合に、買主が売主に対して履行の追完(修補)、代金減額、損害賠償、契約解除といった権利を主張できる制度です。

しかし、競売にはこの原則に大きな例外が設けられています。民法第568条は、競売における担保責任について特別なルールを定めており、その第4項で「競売の目的物の種類又は品質に関する不適合については、適用しない」と明確に規定しています。

これは、競売手続きの安定性と迅速性を優先するための規定です。もし落札後に物理的な欠陥を理由としたクレームが多発すれば、手続きが覆される可能性が生じ、債権回収という競売の目的が阻害されてしまいます。そのため、法律は意図的に買受人の保護を後退させているのです。結果として、買受人は「現況有姿」、つまり現状のまま引き渡されるという条件を受け入れ、雨漏り、シロアリ被害、給排水管の故障といった物理的な欠陥については、たとえそれが重大であっても、一切の責任追及ができず、自らの負担で対応しなければならないのです。

一方で、同条は「権利」の不適合(例:他人の権利が存在した)や「数量」の不適合(例:土地面積が不足していた)については、責任追及の道を残しています。このようなケースでは、買受人は契約の解除や代金の減額を請求できる可能性があります。

落札後の明渡し手続きの実務

占有者が存在する物件を落札した場合、買受人の最初の課題は物件の占有を確保することです。

  1. 交渉
    まずは占有者と話し合い、任意の退去を促します。引越し代などの名目で立退料を支払い、和解するケースも少なくありません。
  2. 引渡命令の申立て
    交渉が決裂した場合、買受人は代金納付後6ヶ月以内に、執行裁判所に対して民事執行法第83条に基づく「引渡命令」を申し立てます。これは通常の訴訟よりも迅速に判断が下される手続きです。
  3. 強制執行
    引渡命令が発令されても占有者が退去しない場合、買受人は執行官に対し、引渡命令を債務名義として強制執行を申し立てます。これにより、執行官が物理的に占有者を排除し、動産を搬出します。

競売物件購入における失敗事例

  • 重大な欠陥の発覚
    落札後に大規模な修繕が必要な構造的欠陥や地中埋設物が見つかり、結果的に市場価格より高くついてしまった。
  • 対抗力のある賃借人の存在
    長期の賃貸借契約を引き継ぐことになり、自己使用の目的が達成できなかった。
  • 滞納管理費の承継
    マンションの競売において、法律(区分所有法)に基づき、買受人が前所有者の滞納した管理費や修繕積立金の支払い義務を負うことになった。

まとめ

競売物件の購入は、大きなリターンが期待できる反面、通常の不動産取引とは比較にならないリスクを伴います。

購入の心構え

「安いのには理由がある」と認識し、最悪の事態を想定した上で入札価格を決定することが重要です。

リスクの要点

  • 物理的リスク
    内覧不可による物件状態の不確実性。
  • 法的リスク
  • 民法第568条により、物理的欠陥に対する契約不適合責任は原則として追及不可。
  • 占有リスク
    占有者の明渡しに時間と費用がかかる可能性。
  • 専門家の活用
    これらのリスクを正確に評価し、万一のトラブルに備えるためには、入札前の段階から弁護士や不動産の専門家に相談し、3点セットの精査やリスク分析を依頼することが、安全な不動産取得のための賢明な選択です。

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