はじめに
「ネットの掲示板に、匿名でひどい悪口を書かれた」
「匿名のSNSアカウントから、執拗な嫌がらせを受けている」
このような誹謗中傷の被害に遭ったとき、多くの方が抱くのが「一体誰がこんなことをしているのか突き止め、その責任を正当に追及したい」という切実な思いです。その思いを実現するための、非常に強力な法的手段が「発信者情報開示請求(はっしんしゃじょうほうかいじせいきゅう)」です。
発信者情報開示請求は、匿名のベールに隠れた投稿者の「正体」(氏名や住所など)を、法律に基づいて明らかにするための手続きです。
この記事では、「発信者情報開示請求」とは具体的にどのような制度なのか、その目的から、手続きの全体的な流れ、必要となる期間の目安まで、全体像を弁護士が分かりやすく解説します。
Q&A
Q1. 発信者情報開示請求をすれば、必ず投稿者の身元は分かりますか?
いいえ、残念ながら必ず成功するわけではありません。成功するためには、いくつかの重要なハードルを越える必要があります。例えば、①投稿によってあなたの権利(名誉権やプライバシー権など)が侵害されたことが明らかであること、そして、②投稿者を特定するための情報(IPアドレスなどのログ)が、サイト運営者やプロバイダに残っていること、が主な条件です。特にログの保存期間は3ヶ月~6ヶ月と短いため、時間との勝負になります。
Q2. 苦労して投稿者を特定した後、どうなるのですか?特定することがゴールですか?
いいえ、投稿者の特定は、ゴールではなく、むしろ本格的な責任追及のスタートラインです。加害者の氏名と住所が判明して初めて、その相手に対して、①精神的苦痛に対する慰謝料などの損害賠償請求や、②二度と誹謗中傷を行わないよう約束させる示談交渉、あるいは③名誉毀損罪などでの刑事告訴といった、具体的な法的措置を取ることが可能になります。
解説
1.発信者情報開示請求とは?その目的と根拠
発信者情報開示請求は、「プロバイダ責任制限法」という法律に定められた、被害者のための権利です。
- 目的
インターネット上で誹謗中傷などの権利侵害を行った、匿名の発信者(投稿者)の個人情報を、プロバイダ等(※)から開示させること。 - 根拠法
プロバイダ責任制限法 第5条 - なぜ必要か
日本では、損害賠償請求や慰謝料請求を行うには、相手方の氏名と住所を特定する必要があります。加害者が匿名のままでは、誰に責任を追及して良いか分からず、被害者は泣き寝入りするしかありません。そこで、責任追及の前提として、まず「相手は誰か」を明らかにするのが、この手続きの役割です。
※プロバイダ等とは?
法律上は「特定電気通信役務提供者」と呼ばれます。これには、X(旧Twitter)やInstagram、5ちゃんねる(5ch)のようなサイト運営者(コンテンツプロバイダ)と、NTT、KDDI、ソフトバンクといった携帯キャリアや光回線のインターネット接続事業者(アクセスプロバイダ)の両方が含まれます。
2. どんな情報が開示されるのか?
この手続きによって、最終的に以下のような投稿者の個人情報を得ることができます。
- 氏名
- 住所
- 電話番号
- メールアドレス
そして、これらの情報を得る過程で、まずサイト運営者から以下のような通信記録を開示させる必要があります。
- IPアドレス
投稿者がインターネットに接続した際に割り当てられる、ネット上の住所のような識別番号。 - タイムスタンプ
投稿が行われた日時。
3. 発信者情報開示請求の全体的な流れ
匿名の投稿者を特定するまでには、大きく分けて以下のステップを踏む必要があります。(※ここでは2022年の法改正で新設された「発信者情報開示命令」という裁判手続きを念頭に置いて解説します)
【ステップ1】証拠保全
まず、誹謗中傷投稿のURL、投稿内容、投稿日時が分かるようにスクリーンショットを撮影・保存します。これが全ての証拠の基本となります。
【ステップ2】サイト運営者(CP)への開示請求
- 投稿がなされたサイト(例:X、5ch)の運営者に対し、投稿者が使ったIPアドレスとタイムスタンプを開示するよう求めます。
- サイト運営者が任意で開示することは稀なため、通常は裁判所に対して「発信者情報開示命令」を申し立てます。
【ステップ3】接続事業者(AP)の特定
ステップ2でIPアドレスが開示されたら、そのIPアドレスを管理している事業者がどこなのかを調査します。これが、投稿者が契約している携帯キャリアや光回線事業者(例:ドコモ、J:COMなど)です。
【ステップ4】接続事業者(AP)への開示請求
- 判明した接続事業者(AP)に対し、先の裁判手続きの中で、契約者の氏名・住所・電話番号などを開示するよう求めます。
- APは、裁判所からの命令に基づき、被害者に対して投稿者の個人情報を開示します。
この一連の流れを経て、ようやく投稿者の特定が完了します。
4. 期間の目安
期間の目安
上記の手続きは、相手方とのやり取りや裁判所の審理に時間がかかるため、決して短期間では終わりません。
- 全体で半年~1年程度
これはあくまで目安であり、事案が複雑な場合や、相手方の対応によっては、さらに長期間を要することもあります。投稿から時間が経つとログが消えてしまうため、いかに迅速に手続きに着手できるかが成功の鍵を握ります。
弁護士に相談するメリット
発信者情報開示請求は、個人で進めることが事実上困難な、専門的な手続きです。弁護士に依頼することで、以下のようなメリットがあります。
- 専門的な裁判手続きの遂行
申立書の作成から、裁判所での主張・立証活動、プロバイダとの交渉まで、法律の専門家でなければ遂行不可能な一連の手続きを、全て任せることができます。 - ログ保存期間との戦いにおける迅速性
ネットトラブルに精通した弁護士は、手続きの急所を心得ています。ログが消去されるというタイムリミットの中で、無駄なく、迅速に手続きを進めることができ、成功の可能性を最大限に高めます。 - プロバイダとの対等な交渉力
相手となるのは、巨大企業であるプロバイダの法務部や顧問弁護士です。弁護士が代理人として立つことで、初めて対等な立場で法的な主張・交渉を行うことができます。 - 特定後の責任追及まで一のサポート
弁護士の役割は、投稿者を特定して終わりではありません。その後の損害賠償請求や刑事告訴といった、被害回復のための最終ゴールまで、一貫してあなたをサポートします。
まとめ
「発信者情報開示請求」は、匿名の加害者に対して正義の鉄槌を下し、あなたの受けた被害を回復するための、不可欠かつ強力な第一歩です。その道のりは決して平坦ではなく、専門的な知識、時間、そして費用を要します。
しかし、この手続きを乗り越えて加害者の正体を明らかにすることで、初めてあなたは、謝罪や賠償を求め、二度と過ちを繰り返させないための具体的な行動を起こすことができるのです。
匿名の誹謗中傷に泣き寝入りする必要はありません。この険しい道を、依頼者に寄り添い、確かな知識と経験でナビゲートするのが弁護士の役割です。
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