はじめに

企業が人事上の理由や経営判断で従業員に退職を促す「退職勧奨」は、解雇に比べてリスクが低いとされる一方、強引な勧奨がパワハラや退職強要に当たるケースが近年問題化しています。特にパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)施行後は、適切なコミュニケーションや手続きを欠く退職勧奨は違法とされるリスクが高まりました。

本記事では、退職勧奨の方法とパワハラ認定の境界線について解説します。退職勧奨を行う場合の正しいプロセスや、従業員との面談時の注意点を把握し、不当な退職強要とみなされないようにしましょう。

Q&A

Q1. 退職勧奨がすぐにパワハラになるわけではないですよね?

もちろん、適切な方法で行われる退職勧奨はパワハラではありません。あくまで、合理的理由を説明し、強制・威迫的言動を使わずに話し合いを進める場合は、合意退職として有効に成立します。しかし、従業員の意思を無視して「辞めなければ解雇」「ここに居場所はない」などと脅迫的手法を用いると、パワハラや退職強要と認定される可能性があります。

Q2. パワハラ防止法とは何ですか?

2020年6月に施行された「改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)」により、企業にパワハラ防止措置を講じる義務が課されました。パワハラ行為には身体的攻撃、精神的攻撃、人間関係からの切り離しなどが代表的ですが、過度な退職勧奨も「精神的攻撃」に該当すると見なされる場合があります。

Q3. 退職勧奨をしたい場合、どのようにすればパワハラ認定を回避できますか?

冷静かつ公正な手続きを踏むことが重要です。具体的には、

  • 明確な退職理由や会社都合を説明し、従業員に十分な検討時間を与える
  • 複数担当者で面談し、威圧的言動を控える
  • 「辞めないと解雇」「賠償請求する」などの脅迫的表現を避ける
  • 面談記録や合意内容を書面化して本人同意を得る
    などが挙げられます。
Q4. 退職勧奨で合意退職を得られなかったら、解雇に踏み切ってもいいですか?

解雇には客観的合理的理由と社会通念上の相当性が必要です。退職勧奨で同意を得られない場合でも、そのまま解雇理由(能力不足や経営上の整理解雇など)が正当化されるかは別問題。無理に解雇すると違法な解雇とされる可能性が高いので、慎重に検討が必要です。

Q5. 退職勧奨の面談を録音するのは許されますか?

企業が自社担当者との会話を録音する場合、従業員に承諾を得て行うのが望ましいといえます。従業員が無断で録音する場合もあり得ます。いずれにしても、暴言や強要的言動が録音されると企業側に不利な証拠となるリスクがあり、注意が必要です。

解説

退職勧奨の正しい進め方

  1. 目的と理由を明確化
    なぜ退職を促すのか(業務不適合、部署消滅、経営上の人員整理など)を明らかにし、かつ解雇ほど強制力のある手段ではないことを確認する。
  2. 従業員への納得できる説明
    面談で会社側の意図を伝え、従業員に疑問や不満を率直に言ってもらう。威圧的・一方的にならないよう配慮。
  3. 検討期間と選択肢
    すぐにサインを要求せず、一定期間(数日~1週間程度)考える猶予を与える。退職せず配置転換など別案も提示する。
  4. 合意書の締結
    従業員が納得して合意退職する場合、退職日や退職金などの条件を示談書にまとめて双方署名捺印する。

パワハラ認定される退職勧奨の例

  • 継続的・執拗な面談
    断るごとに呼び出し、長時間説得を繰り返し、精神的に追い詰める行為。
  • 脅迫・侮辱発言
    「辞めないと懲戒解雇する」「お前はクズだ」「ここには居場所がない」など人格否定的な発言。
  • 周囲からの孤立
    退職を拒否した従業員を意図的に無視したり、仕事を与えないなどして退職に追い込む。
  • 偽情報
    「退職しないと損害賠償が発生する」など虚偽の法的リスクを告げ脅す。

退職勧奨と合意退職の手続き

  1. 面談準備
    事前に対応担当者を決め、社内の合意と法的リスクを整理。労働組合がある場合は事前に情報共有する場合も多い。
  2. 初回面談
    会社の意図や理由を説明し、退職という選択肢を提示。激しい表現を避け、あくまで提案というスタンス。
  3. 検討期間
    従業員に家族や弁護士と相談する時間を与える。急かす行為はパワハラリスク。
  4. 最終確認と合意書作成
    従業員が同意するなら、退職日・退職金等の条件を文書化。清算条項(今後の労使間の金銭請求をしない)など盛り込んでトラブル防止。

トラブル防止策

  • 教育と社内ルール化
    管理職・人事が誤って違法な退職強要をしないよう、研修やマニュアルを整備。
  • 客観的証拠確保
    面談時に複数名で同席し、記録を作成。従業員が一方的に強要と主張できないようにする。
  • 別の選択肢の提示
    希望退職募集や配置転換など、退職以外の手段を検討した形跡を残す。
  • 弁護士への事前相談
    事案ごとのリスク(従業員の就業年数、能力不足や違反行為の程度)を分析し、最適な方策を立案。

弁護士に相談するメリット

退職勧奨は解雇よりも柔軟ですが、パワハラ・退職強要とみなされるリスクが伴います。弁護士に相談すると以下のサポートが期待できます。

  1. 勧奨プロセスのリスク診断
    従業員との面談計画や資料準備、言動の注意点などを法的観点でチェックし、違法リスクを回避。
  2. 退職合意書の作成・レビュー
    退職金や清算項目、相互不訴条項など、紛争防止に役立つ条項を盛り込んだ合意書を作成。
  3. トラブル対応
    従業員が「強要された」として労働審判や訴訟を起こした場合、企業側の立証戦略を構築し、適切に対応。
  4. 全社的な研修やマニュアル整備
    管理職が退職勧奨する際のマニュアル作成や社内研修を実施し、パワハラ認定を防ぐ体制を構築。

弁護士法人長瀬総合法律事務所は、退職勧奨・合意退職を巡る紛争やパワハラ問題の解決に豊富な実績があり、企業の状況に合わせた実用的なアドバイスを提供いたします。

まとめ

  • 退職勧奨は従業員との合意退職を目指す手法ですが、不当な圧力や威迫行為があればパワハラ・退職強要として違法となり、企業が損害賠償を負うリスクがあります。
  • 合意退職として成立させるには、従業員が自由な意思で検討・同意できるようにし、脅し文句や人格否定的発言をしないなど、適切な手続きを踏むことが不可欠です。
  • 退職勧奨がうまくいかないからといって即解雇するのは危険で、解雇権濫用とされる可能性が高いため、解雇の要件を慎重に検討しなければなりません。
  • 弁護士に相談すれば、退職勧奨の進め方や合意書の作成、万一の紛争時の対応まで一貫してサポートを受けられ、企業リスクを低減できます。

企業としては、従業員に寄り添った形で退職勧奨を行い、パワハラ認定を避けながら円満に合意退職を成立させるよう努めることが重要です。


リーガルメディアTV|長瀬総合YouTubeチャンネル

弁護士法人長瀬総合法律事務所では、企業法務に関する様々な問題を解説したYouTubeチャンネルを公開しています。企業法務でお悩みの方は、ぜひこちらのチャンネルのご視聴・ご登録もご検討ください。 

【企業法務の動画のプレイリストはこちら】


NS News Letter|長瀬総合のメールマガジン

当事務所では最新セミナーのご案内や事務所のお知らせ等を配信するメールマガジンを運営しています。ご興味がある方は、ご登録をご検討ください。

【メールマガジン登録はこちら】


ご相談はお気軽に|全国対応

 


トラブルを未然に防ぐ|長瀬総合の顧問サービス

長瀬総合法律事務所の顧問弁護士サービス