はじめに
近年、スマホ決済や電子マネーなどのキャッシュレス化が進む中で、賃金のデジタル払い(キャッシュレス支払い)に関する議論が活発になっています。従来の銀行振込や現金払いに加え、労働者が希望すれば電子マネー口座などへ給与を支払うことが法整備によって可能となる方向性が示されています。
しかし、賃金の支払方法を変更するには、労働基準法の規定(賃金は通貨で直接全額を支払うの原則)との兼ね合いがあり、企業が安易に導入できるわけではありません。本記事では、賃金デジタル払いの最新動向や、キャッシュレス対応のメリット・リスク、導入時の注意点を解説します。
新たな決済手段に興味がある事業者の皆様は、ぜひご覧ください。
Q&A
Q1. 賃金のデジタル払いとは具体的に何を指しますか?
企業が従業員に支払う給与・賃金を、銀行口座への振込以外の電子的手段で行うことを指します。たとえばスマホ決済アプリで支払うことが想定されており、厚生労働省や金融庁が一定の要件を満たした「資金移動業者」を通じた支払いを可能にする方向です。
Q2. 労働基準法では「賃金は通貨で直接全額を支払う」と規定しているのでは?
はい。労働基準法第24条で賃金の支払原則(通貨払い、直接払い、全額払い、毎月一回以上払い)が定められています。しかし、同条では「厚生労働大臣が指定する方法」による口座振込が認められており、今後はデジタル払いについても同様の形で特例措置が設けられる予定です。
Q3. 企業側が勝手にキャッシュレス払いを導入することはできますか?
労働基準法上は、労働者が同意しない方法で賃金を支払うことは違法となる可能性があります。デジタル払いを導入する場合は、従業員の自由意思に基づく選択が前提です。また、システム面で安全性や換金性が確保されていることなど、法令で定める要件を満たす必要があります。
Q4. キャッシュレス対応のメリット・デメリットは何でしょうか?
- メリット
従業員の利便性向上、現金管理コストの削減、給与前払いサービスなどとの連携が容易になる。 - デメリット
システム導入コスト、資金移動業者の手数料負担、セキュリティリスク(不正送金や個人情報漏えい)などが挙げられます。
Q5. 給与前払いサービスも同じように法的リスクがありますか?
給与前払いサービスは、賃金債権を担保にして資金を貸し付ける形態とみなされる場合があり、利息制限法や貸金業法との関係でグレーな面が指摘されています。正しく運用しないと違法な給与ファクタリングと見なされる恐れがあるため、慎重な検討が必要です。
解説
賃金デジタル払いの法的背景
- 労働基準法第24条の原則
「通貨で、直接、全額を毎月一回以上払い」が原則。銀行振込は省令等で特例的に認められてきた。 - 資金移動業者への支払い解禁の検討
厚労省が特例として、安全性の高い資金移動業者(利用者保護の仕組みや倒産時の弁済確保がある)による賃金支払いを可能にする方向。 - 2023年4月より解禁
実際には、事業者側がシステム整備や労使協議を行ったうえで、指定資金移動業者を利用し、希望する労働者に対してのみデジタル払いを実施する。
デジタル払い導入のメリット
- 利便性向上
従業員はスマホアプリ上で給与を受け取り、キャッシュレス決済や送金を簡単に行える。海外送金や家族への送金などもスムーズに。 - 現金管理コストの削減
これまで現金支払いを行っていた中小企業などは、釣り銭準備や現金盗難リスクを軽減できる。 - 給与前払いサービスとの連携
給与前払いをアプリ上で簡単に行えるなど、労働者のニーズに応えやすい。
デジタル払いのリスクと注意点
- 手数料負担
銀行振込と比べて、資金移動業者の手数料が高い場合も。会社が負担するのか労働者が負担するのかを明確化する。 - セキュリティ・システム障害
不正アクセスやシステムダウンで賃金が受け取れない事態に備え、資金移動業者の安全対策や補償制度を確認。 - 従業員の同意と選択
労働者がデジタル払いを希望しない場合は、従来通り銀行振込や現金払いを選べるようにする。強制は違法リスク。 - 換金性の確保
デジタルマネー口座の残高を労働者が容易に現金化できる仕組みを用意する必要がある。
給与前払いサービスとの関連
- 給与前払いサービス
勤怠データをもとに、当月働いた分の賃金を一定範囲で先取りして受け取れるシステム。会社が提供する場合もあれば、外部業者と提携するケースも。 - 法的グレーゾーン
- 実質的に貸付行為とみなされるか、賃金債権の譲渡・ファクタリングとみなされるかなど、論点が複雑。
- 差額や手数料が「利息」に該当すると違法な高金利となる可能性がある。
- 注意点
労働者保護の観点から、従業員に過度な負担を強いない仕組み(手数料の設定など)を検討し、労使協議を行う。
弁護士に相談するメリット
賃金のデジタル払い・キャッシュレス対応を検討する際は、法令遵守と従業員の同意・保護が重要です。弁護士に相談することで、以下の利点があります。
- 最新の法令・ガイドラインへの対応
デジタル払い解禁の法整備は新しい領域であり、随時更新される指針を踏まえたアドバイスを受けられる。 - 就業規則・労働契約書の改訂
賃金支払方法に関する条項を整え、労働者が自由意思で選択できる制度設計をサポート。 - 従業員とのトラブル回避
同意取得や手数料負担に関するルールを明確化し、後日の紛争リスクを低減できる。
弁護士法人長瀬総合法律事務所は、企業の労務・法務面でのサポートを行っています。お気軽にご相談ください。
まとめ
- 賃金のデジタル払い(キャッシュレス支払い)は、通貨払いの原則を定める労働基準法の特例として進められていますが、労働者保護と安全性を確保する要件を満たす必要があります。
- 企業が導入を検討する際は、従業員の同意や換金性の確保、システム導入コスト・手数料負担など、様々なポイントを整理しなければなりません。
- 給与前払いサービスとの連携などでメリットを享受できる一方、セキュリティリスクや法的グレーゾーンには注意が必要です。
- 弁護士に相談することで、就業規則や労働契約の整合性や資金移動業者の選定などをスムーズに行い、従業員とのトラブルを未然に防止できます。
企業のキャッシュレス対応は時代の趨勢ですが、従業員の賃金を扱うにあたっては、安全性と法的正当性を最優先に考えましょう。
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