はじめに

企業が従業員を雇用する際は、「雇用契約の締結」が必須です。一般的には、労働条件通知書や労働契約書を紙で取り交わすケースが多いですが、近年ではペーパーレス化の流れに伴い、電子契約や電子データでの労働条件通知が増えてきました。さらに、実務上は「口頭で契約し、後になって書面を交付する」ケースなども見られます。

ところが、こうした契約形態の違いによって「どこからが法的に有効な契約成立となるのか」「電子契約でも署名があれば効力は変わらないのか」「口頭契約のままでも問題ないのか」などの疑問や不安が生じることは少なくありません。

本記事では、雇用契約の締結方法(口頭・書面・電子)の違いや、実務上の注意点、法的リスクについて解説します。企業として従業員を雇う際の最低限の義務と、労使トラブルを防ぐために押さえておきたいポイントを整理しています。労働契約書の作成や電子契約への切り替えなどでお悩みの企業担当者の方は、ぜひご覧ください。

Q&A

Q1. 雇用契約は口頭で締結しても有効なのでしょうか?

口頭で合意しても契約自体は成立します。ただし、労働基準法では、賃金・労働時間などの主要な労働条件について、書面による明示が義務付けられています。口頭合意だけでは、その後のトラブルを招きやすいため、必ず書面や電子データなどで明示することが必要です。

Q2. 労働条件通知書と労働契約書は何が違うのですか?

労働基準法で義務付けられているのは、「労働条件を明示する」ことであり、それを果たす最低限の書類が労働条件通知書です。一方、労働契約書は、会社と従業員双方が署名・押印して契約を締結する書面のことです。実務上は、労働条件通知書を労働契約書として兼ねる形で運用する場合もあります。

Q3. 電子契約で締結する場合、注意すべきことはありますか?

電子契約の有効性自体は、紙の契約と同じく認められています。ただし、「従業員が意図せず契約をクリック承諾していないか」「相手側に書面を保存・印刷する手段が確保されているか」などを確認する必要があります。労働基準法上も、労働条件の電子交付は認められていますが、従業員が希望すれば紙での交付を求められる点にも注意が必要です。

Q4. 書面を郵送するのが面倒なので、メールにPDFを添付して送れば大丈夫ですか?

PDFでの交付も原則として認められています。ただし、従業員がそのデータを自分で保存・印刷できる環境を持っていることが条件となります。また、送付方法も相手が確実に受け取ったかどうかを確認できる仕組みが望ましいでしょう。

Q5. 口頭契約のまま放置していたら、どんなリスクがありますか?

具体的なトラブル事例としては、「約束した給与額が違う」と労働者から未払い賃金を請求されたり、「休憩時間や休日の設定が口頭説明と異なる」と主張され、労働基準監督署から是正勧告を受けたりする可能性があります。口頭だけでは立証が困難となり、企業に不利な認定がされるリスクが高まります。

解説

雇用契約の成立要件と形態

雇用契約は、民法上の「諾成契約」であり、当事者の合意(労働者は労務提供の意思、使用者は賃金支払いの意思)があれば成立します。紙の書面や電子契約、口頭など、形式は問いません。しかし、労働基準法をはじめとする労働法では、賃金・労働時間・休日・休暇など重要な事項は「書面交付」が義務づけられており、これを怠ると行政指導や罰則に繋がる恐れがあります。

口頭契約のリスクと注意点

  • トラブル事例1: 賃金・手当の相違
    「面接で月給25万円と言われたのに、実際に振り込まれたのは22万円だった」など、言った言わないの紛争が起こりやすい。
  • トラブル事例2: 労働時間・残業代の認識違い
    「面接では固定残業代に含まれるのは20時間分と聞いていたのに、実際は30時間分だと言われた」など。後から従業員が「未払い残業代がある」と請求してくるケース。
  • トラブル事例3: 解雇・退職時の争い
    「試用期間があると言われたが、就業規則に書いていない」「退職金の有無を口頭でしか確認していなかった」など、後になって労働者が不当解雇や退職金未払いを主張するケース。

口頭契約のままでは、労働条件の証拠が曖昧になり、紛争時に立証が難しくなります。結果的に企業側の主張が通りにくくなる可能性が高いので、必ず書面交付を徹底しましょう。

書面交付の義務と具体的方法

労働基準法第15条では、賃金や就業場所、業務内容、所定労働時間、休日・休暇、退職に関する事項などの「絶対的明示事項」を書面(紙または電子)で交付することが義務づけられています。具体的には、以下のような方法が考えられます。

  1. 労働条件通知書(紙)を手渡し
    最も一般的な方法。従業員が署名・押印し、会社と労働者が互いに控えを保管する形が望ましい。
  2. メールにPDFを添付して送信
    データを受け取った側が自由に保存・印刷できる環境があるなら、電子交付として有効。ただし、相手が確実に受け取ったことを確認する仕組み(受領確認メールなど)を設けるとよい。
  3. クラウドサービスで電子署名
    電子契約サービスを利用し、従業員がオンライン上で署名・承諾する方法。法的にも有効であり、ペーパーレス化に適している。

電子契約を導入する際のポイント

  • 就業規則や社内規程との整合性
    もともと紙の手渡しを前提にしていた就業規則がある場合、電子契約導入にあたって規定変更が必要かを確認する。
  • 従業員の同意・周知
    電子化を急に進めると、ITリテラシーの低い従業員やシニア層から不満が出る場合も。説明会などを開き、メリット・手続き方法を丁寧に周知することが大切。
  • セキュリティ対策
    電子契約サービスの選定や、データの漏えい防止策など、適切なセキュリティ環境を整備する。
  • 印刷や保存の手段保証
    労働基準法上、従業員が紙での交付を希望する場合もあるため、その希望に対応できるよう体制を整えておく必要がある。

トラブル防止のための実務ポイント

  1. 労働条件通知書のひな形整備
    会社独自のテンプレートを作成し、必須事項の漏れがないようにする。
  2. 就業規則との整合性チェック
    就業規則に定める賃金形態や休暇制度と、通知書の内容が食い違っていないか要確認。
  3. 受領確認・保管の徹底
    書面や電子で交付したら、従業員から署名や返信を受け取るなどして、正式に同意があった証拠を残す。
  4. 定期的な更新・見直し
    法改正や社内ルール変更に合わせ、通知書の文言や電子契約の運用ルールを更新する。

弁護士に相談するメリット

労働契約の締結形態に関する法的リスクを最小化するため、弁護士に相談するメリットは以下のとおりです。

  1. 書式・ひな形のリーガルチェック
    労働条件通知書や労働契約書の文言に問題がないか、労基法・判例を踏まえて確認してもらえます。
  2. 就業規則との整合性確保
    専門家の視点で、就業規則や社内規程との矛盾がないかをチェックし、必要な修正提案を受けることができます。
  3. 電子契約導入時のアドバイス
    電子署名・電子交付に関する最新の法規制や判例知識を活かし、安全かつスムーズな導入をサポート可能です。
  4. 紛争発生時の即応
    「労働者から未払い賃金を請求された」「口頭と書面で条件が違うと言われた」など、トラブル発生時も早い段階で解決策を示してもらえます。

弁護士法人長瀬総合法律事務所は、企業法務・労働法に関する幅広い経験を持ち、契約書類の作成からトラブル対応までサポートいたします。お気軽にご相談ください。

まとめ

  • 雇用契約は口頭でも成立しますが、労働条件の書面交付(紙または電子)は労基法上の義務です。
  • 口頭契約のまま放置すると、賃金や労働時間の認識違いによる未払い残業代請求など、大きなトラブルに発展するリスクが高まります。
  • 電子契約を導入する場合でも、従業員が保存・印刷できる環境を整えるなど、法的要件を満たす必要があります。
  • 弁護士に依頼して書式を整備し、就業規則との矛盾を解消しておくことで、紛争リスクを大幅に低減できます。

労働条件通知書や労働契約書の作成は、企業と従業員の信頼関係を築く第一歩です。将来の紛争を避けるためにも、正確かつ明確な契約締結プロセスを整備しましょう。


リーガルメディアTV|長瀬総合YouTubeチャンネル

弁護士法人長瀬総合法律事務所では、企業法務に関する様々な問題を解説したYouTubeチャンネルを公開しています。企業法務でお悩みの方は、ぜひこちらのチャンネルのご視聴・ご登録もご検討ください。 

【企業法務の動画のプレイリストはこちら】


NS News Letter|長瀬総合のメールマガジン

当事務所では最新セミナーのご案内や事務所のお知らせ等を配信するメールマガジンを運営しています。ご興味がある方は、ご登録をご検討ください。

【メールマガジン登録はこちら】


ご相談はお気軽に|全国対応

 


トラブルを未然に防ぐ|長瀬総合の顧問サービス

長瀬総合法律事務所の顧問弁護士サービス