はじめに
企業の研究開発や新規ビジネスの立ち上げには、従業員の創意工夫や発明、ノウハウが大きく寄与します。しかし、それらの知的財産権(特許・実用新案・ノウハウなど)の権利帰属や、従業員への報酬をめぐってトラブルが生じるケースも少なくありません。
とりわけ、職務発明に関する特許法の規定では、発明者である従業員の利益を保護しつつ、企業が正当な対価で権利を承継できる制度が設けられています。ノウハウ管理においても、退職時の流出や競合他社への転職などのリスクを考慮して、秘密保持条項や競業避止義務を整備することが重要です。本記事では、企業が知っておくべき職務発明・ノウハウ管理のポイントと、従業員とのトラブル防止策を弁護士法人長瀬総合法律事務所が解説します。
Q&A
Q1:職務発明とは何ですか?
特許法において、従業員が企業の業務範囲内で行った発明のうち、職務上従事している範囲で行われた発明を「職務発明」といいます。原則として、企業が特許を承継することができ、従業員(発明者)は合理的な対価(報酬)を受け取る権利を有しています。
Q2:企業は従業員の職務発明を無条件で取得できますか?
特許法35条に基づき、就業規則や発明規程で「職務発明は企業に帰属する」旨を定めている場合、企業は原始的に発明の権利を承継できます。ただし、従業員への相当の対価の支払いが必須であり、無償で奪うことは認められません。
もし企業が規程を整備していないと、従業員に特許権が帰属し、企業が使う場合はライセンス契約が必要となるリスクがあります。
Q3:ノウハウ管理とは具体的にどのような内容ですか?
ノウハウ管理とは、企業の営業秘密や技術情報など、外部に漏れると競争力を失う可能性のある情報を秘密保持するためのマネジメント活動を指します。具体的には、情報へのアクセス制限、秘密保持契約(NDA)の徹底、持ち出し管理・セキュリティ対策、退職者への競業避止義務などが含まれます。
Q4:従業員が退職後に競合他社へ転職し、ノウハウが流出した場合はどうなりますか?
従業員と締結している秘密保持契約や競業避止義務が有効に働けば、ノウハウの不正流用を差し止めたり、損害賠償を請求できる可能性があります。ただし、過度に広範な競業避止義務は無効とされるリスクがあり、また在職中に獲得したノウハウのうち、社会通念上個人のスキルに属すると解釈される部分は保護が難しい場合もあります。契約書面や就業規則で、合理的範囲の秘密保持・競業避止を規定しておくことが重要です。
解説
職務発明における権利帰属と報酬制度
- 職務発明の区分
- 企業の設備・資金・ノウハウを使って発明した場合は、職務発明に該当しやすい。
- 従業員が私的な時間・設備で独自に開発した発明は「自由発明」とみなされ、企業が権利を主張するのは難しい場合が多いです。
- 就業規則・発明規程の整備
- 特許法35条に基づき、職務発明の帰属と報酬基準を明確に定める「発明規程」を作成します。
- 報酬基準の設定
- 特許が収益にどの程度寄与したか、あるいは特許ライセンス料や製品販売利益などを指標に、発明者に支払う報酬を算定する仕組みを整えます。
- 報酬の金額は、後に従業員との紛争になるリスクがあるため、客観的かつ透明性のある計算方法を規程に盛り込むことが望ましいです。
- 過去の裁判例では、企業の収益貢献度や発明の寄与度をめぐって従業員と企業が争った事例があります。適正な報酬制度を設けておくことで、紛争を予防できます。
- 事前協議と不服申立て手続き
- 報酬額を決定する際には、従業員(発明者)の意見を聞く機会を設けるなどの公正な手続きを踏むことで、後のトラブル回避につながります。
- 不服申し立ての制度(社内委員会への再審請求など)を設けることも有効です。
ノウハウ管理と企業秘密の保護
- 営業秘密と営業秘密管理体制
- 不正競争防止法では、秘密として管理されている有用な営業上または技術上の情報を「営業秘密」として保護します。
- 営業秘密として保護を受けるためには、秘密管理性・有用性・非公知性の3要件が必要です。
- 秘密管理性:アクセス制限やパスワード管理、秘密保持契約などを徹底し、社内外に対する情報管理体制を整備。
- 有用性:製品製造や営業活動に有益な情報であること。
- 非公知性:一般に公開されていない情報であること。
- 秘密保持契約(NDA)と従業員教育
- 入社時や機密情報にアクセスする前に、従業員と秘密保持契約(NDA)を締結し、漏えいが起きた場合の罰則や損害賠償責任を明確にします。
- 定期的なセキュリティ研修や啓発活動を行い、従業員が情報管理の重要性を理解し、適正な取扱いを徹底できるようにすることが大切です。
- 競業避止義務の設定
- 退職後の従業員によるノウハウ流出を防ぐため、就業規則や個別契約で競業避止義務を設けることがあります。
- ただし、日本の裁判例では、競業避止義務は労働者の職業選択の自由を制限するため、期間・地域・業務範囲などが過度に広範だと無効とされる可能性があります。
- 企業は正当な利益保護の範囲に絞って競業避止義務を設定し、合理的な対価(退職金や特別手当など)を提供することで、有効性が担保される可能性が高まります。
- 情報持ち出し・ITセキュリティ対策
- USBメモリやクラウドストレージなどの利用制限、社外アクセスルールの明確化など、技術的・物理的なセキュリティ対策が欠かせません。
- 退職者や転部者のアカウント削除やアクセス権限の迅速な剥奪など、運用上のチェックリストを整備しておくことが重要です。
従業員とのトラブル事例と防止策
- 発明報酬額の争い
- 製薬会社などの研究部門で発生した特許が企業に莫大な利益をもたらした場合、発明者である従業員が「報酬額が低すぎる」と主張して企業と争う事例が多く見られます。
- 事前に十分な協議と合理的な報酬算定方法を提示しておけば、裁判所でも企業の対応が適切だったと評価される可能性が高まります。
- ノウハウ流出・転職先での使用
- 退職した従業員が競合他社に移り、在職中に知り得た顧客リストや技術情報をそのまま利用するケース。企業としては営業秘密や著作権侵害を主張し、差止請求や損害賠償請求を行うことが考えられます。
- しかし、情報が公知であると立証されると保護は困難です。企業は「営業秘密として適切に管理していた」と示すための証拠を普段から蓄積しておく必要があります。
- 競業避止義務が無効とされた事例
- 勤務期間や職務内容に関係なく、退職後5年間もの広範な業界全体での競業を禁じるなど、過度な制限があれば、裁判所で無効と判断される可能性があります。
- 対価を全く支払わないまま競業避止義務を課すのも、制限が厳しすぎるとして無効になるリスクが高いです。
弁護士に相談するメリット
弁護士法人長瀬総合法律事務所では、職務発明・ノウハウ管理と従業員の権利帰属に関し、以下のようなサポートを行っています。
- 就業規則・発明規程の整備
- 特許法35条の要件に沿った発明規程の作成・見直しを実施し、従業員の報酬基準を明確化します。
- ノウハウ・営業秘密保護のために必要な社内規定やセキュリティポリシーを法的観点からチェックし、改善提案を行います。
- 秘密保持契約・競業避止契約の作成・レビュー
- 従業員や取引先とのNDA(秘密保持契約)、競業避止義務契約が法的に有効となるよう、期間・地域・業務範囲・対価などをバランス良く設計します。
- 過度な制約が無効とならないように、裁判例に基づく適切な条項を盛り込みます。
- 紛争対応・訴訟代理
- 発明報酬額をめぐる従業員との争いや、ノウハウ流出・競業避止違反を巡る不正競争防止法上の訴訟などで、企業側の代理人として対応。
- 証拠整理や立証戦略の確立を通じて、企業の正当性を主張し、最良の結果を目指します。
まとめ
- 職務発明は企業が権利を取得することが一般的ですが、特許法上、従業員への相当の対価が必要であり、その算定基準を明確化する「発明規程」の整備が不可欠。
- ノウハウ管理では、営業秘密として認められるための秘密管理性・有用性・非公知性を確保しつつ、秘密保持契約や競業避止義務などのルールを適正に設定する必要がある。
- 退職後のノウハウ流出や競業避止義務違反が起きると、企業は大きな損失を被る可能性があり、就業規則や契約書の整備、セキュリティ対策が重要な役割を果たす。
- 弁護士の専門知識を活用して、企業内部の発明報酬制度や情報セキュリティ体制を整備することで、トラブル防止と従業員のモチベーション向上を両立させることができる。
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弁護士法人長瀬総合法律事務所では、ノウハウ管理、秘密保持契約・競業避止義務などに関する実務ポイントを、YouTubeチャンネルで詳しく解説しています。実例を交えながら、企業が知るべき法的リスクと対策をわかりやすくご紹介していますので、ぜひご活用ください。
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