はじめに
従業員の安全と健康を守ることは、企業が負う安全配慮義務の根幹をなす重要なテーマです。安全衛生管理の不備による労働災害は、被災労働者の生命や身体に重大な影響を与えるだけでなく、企業に対する社会的信用の失墜や多額の損害賠償リスクをもたらします。
さらに、近年はメンタルヘルスや長時間労働による過労など、多様な労災リスクが指摘されており、企業としては物理的な事故防止対策のみならず、従業員の精神面のケアや適正な労働時間管理にも細心の注意を払わなければなりません。本記事では、安全衛生管理の基本的な枠組みや労災が発生した際の対応フロー、企業に求められる実務ポイントを弁護士法人長瀬総合法律事務所が解説します。
Q&A
安全衛生管理の責任者はどのように選任すれば良いのでしょうか?
事業内容や従業員数などに応じて、安全管理者や衛生管理者、産業医を選任する必要があります。たとえば、労働安全衛生法では常時50人以上の従業員がいる事業場において、衛生管理者の選任を義務付けています。業種や規模によっては安全管理者や安全衛生推進者が必要な場合もあり、資格要件や選任時期を確認したうえで適切に配置しなければなりません。
労災が発生した場合、まず何をすべきですか?
第一に、被災した労働者の救護と現場の安全確保が最優先です。そのうえで、労働基準監督署への労働者死傷病報告など必要な行政手続きを行い、会社として再発防止策を検討・実行することが求められます。また、被災労働者との間で今後の治療や補償、復職支援に関する話し合いを適切に進めることも欠かせません。
業務上か業務外かの判断が難しい場合はどうしますか?
労災認定をめぐる争点のひとつに、「業務起因性」の有無があります。業務と災害との間に相当因果関係が認められれば「業務上災害」として労災保険の適用対象となりますが、微妙なケースも存在します。その場合は、医師の診断書や就業実態・事故現場の状況など客観的資料を収集しつつ、労働基準監督署の判断を仰ぐ流れになります。企業は必要な書類提出や説明責任を果たし、適正な手続きをサポートしなければなりません。
過労死ラインを超えるような長時間労働が続いた場合、企業の責任はどうなりますか?
「過労死ライン」とされる月80時間超の時間外労働を恒常的に行わせていた場合、安全配慮義務違反が問われる可能性があります。過労による脳・心臓疾患や精神障害が労災認定されるケースも増えており、企業が十分な労働時間管理や健康管理体制を整備していなかった場合、損害賠償責任を負うリスクがあります。
解説
安全衛生管理体制の整備
1. 安全衛生管理の基本枠組み
- 労働安全衛生法では、事業者に対して安全衛生管理体制の構築を義務付けています。具体的には、衛生管理者・産業医の選任、安全衛生委員会の設置、作業環境測定の実施などが挙げられます。
- 業種や規模によって設置義務が異なるため、自社が該当する要件を正確に把握しておくことが重要です。
2. 産業医の役割
- 常時50人以上の従業員がいる事業場では産業医の選任が必要です。産業医は従業員の健康管理、作業環境の改善提案、健康診断の実施や事後措置など専門的な立場から助言を行います。
- 選任だけでなく、実際に産業医が活躍できるよう、定期的な巡視や面談の機会を設定し、経営側も積極的に連携することが大切です。
3. 安全衛生教育
- 新入社員や中途採用者に対する安全衛生教育はもちろん、定期的なリフレッシュ教育や事故発生事例の周知徹底など、全員の意識向上を図る取り組みが欠かせません。
- 教育内容を記録し、テストや理解度チェックなどを行うことで、形骸化を防ぎます。
労働災害への対応フロー
1. 労災発生直後
- 被災者の救護(応急手当・救急搬送)が最優先。周囲の安全確保や二次災害防止も同時に行いましょう。
- 事故の概要を速やかに上司や安全衛生担当者が把握し、社内外への連絡体制を整備します。
2. 労災保険の手続き
- 事業主は、労働者死傷病報告など法定の書類を期限内に提出しなければなりません。休業補償給付を受ける場合、被災者が所定の申請書を労働基準監督署に提出するのが基本ですが、その際に事業主が証明する部分があります。
- 企業としては、被災者が正しく給付を受けられるよう、必要書類の記載や提出期限をしっかりサポートすることが重要です。
3. 原因究明と再発防止策
- 事故原因を調査し、再発防止に向けた具体的な対策(設備の改善、作業手順の見直し、従業員教育の強化など)を行います。
- 再発防止策を社内周知し、定期的に効果検証を実施することで、安全文化を醸成します。
メンタルヘルス対策
1. ストレスチェック制度
- 常時50人以上の従業員がいる事業場では、年に1回のストレスチェックが義務化されています。従業員のストレス状態を早期に把握し、必要に応じて産業医面談を実施することで、過労や精神疾患のリスク軽減を図ることが狙いです。
- ただチェックをするだけでなく、結果を踏まえた職場環境の改善やフォローアップが重要です。
2. 過重労働防止
- 長時間労働が続くと、従業員の健康を損なう可能性が高まります。36協定の範囲内であっても、会社は従業員の実労働時間を正確に把握し、休息時間の確保や残業の抑制を図る義務があります。
- サブロク協定(時間外労働・休日労働に関する労使協定)の範囲を超えた労働や、違法なサービス残業などは厳しく取り締まられているため、勤怠管理ツールなどを活用して労働時間を客観的に管理しましょう。
3. 復職支援
- メンタルヘルス不調で休職した従業員の復職時には、主治医や産業医の意見を踏まえつつ、段階的に業務を復帰させる配慮が必要です。業務量や勤務時間をいきなり元通りにすると、再発のリスクがあります。
- 復職支援プランを策定し、必要に応じて人事配置を柔軟に調整しながら、スムーズな職場復帰をサポートすることが望ましいでしょう。
弁護士に相談するメリット
弁護士法人長瀬総合法律事務所では、安全衛生管理・労働災害対応に関して、以下のような支援を行っています。
- リスクアセスメントと法的アドバイス
事業内容や作業特性を踏まえて、どのような安全衛生体制を整える必要があるかについて総合的にアドバイス。法令遵守だけでなく、リスク最小化の観点からもアプローチを行います。 - 労災発生時の初動対応サポート
- 労災が起きた際の手続きや、労働基準監督署への報告書類の作成、被災労働者との補償交渉に関する相談など、スピーディにサポートします。
- 企業が適切な対応を行わないと、安全配慮義務違反として損害賠償リスクが高まるため、早期の専門家介入が効果的です。
- メンタルヘルス・過重労働問題への対応
- ストレスチェック制度の実施や、長時間労働是正に向けた労務管理体制の構築など、具体的な改善策を提案します。
- 復職支援の手順や休職中の賃金処理などで紛争が発生した場合も、労働審判や訴訟対応を含めてサポート可能です。
- 事故後の再発防止策と企業防衛
- 労災後の原因究明や再発防止策の実施状況をチェックし、保険適用や補償問題を含めて企業のリスク管理を継続的に行います。
- 必要に応じて就業規則や安全衛生規程の改訂、社内研修の実施支援など、総合的な企業防衛策をサポートします。
まとめ
- 安全衛生管理は企業の安全配慮義務の要であり、体制構築を怠ると労災発生時に重大な責任を負う可能性がある。
- 労働災害が起きた際には、まずは被災者救護と現場の安全確保を優先し、所定の報告手続きを期限内に行わなければならない。
- 長時間労働やメンタルヘルス不調など、現代的な労災リスクにも備え、ストレスチェック制度や適切な勤怠管理を実施することが重要。
- 企業としては、事故後の原因究明・再発防止策だけでなく、日常的な教育・研修や産業医との連携を通じて安全文化を育む必要がある。
- もし対応が難しかったり、万が一トラブル化した場合は、早期に弁護士に相談してリスクを最小限にとどめることが重要。
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