退職勧奨(たいしょくかんしょう)とは、会社側(使用者側)が、雇用する労働者に対して、自発的に退職するように求める行為をいいます。具体的には労働者に対して、合意解約に応じるように求めていくことが多いだろうと思われます。
ハードルの高い、従業員の「解雇」
ご存知のとおり、我が国の企業の雇用慣行や、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」という解雇権濫用法理(労働契約法16条)によって、会社側にとって、従業員を解雇するということは極めてハードルが高いものとなっています。
そこで、実務上は、本来は解雇に相当するような事案でも、従業員自らの辞職や合意解約による雇用契約終了の途が模索されることが多くなっています。
退職勧奨は損害賠償の対象になるか
この退職勧奨は、裁判上、不法行為として損害賠償の対象となるのかどうかという点で争われることとなります。
この点について裁判例は、「人事権に基づき、雇用関係にある者に対し、自発的な退職意思の形成を慫慂するためになす説得等の行為であ」るとして、単なる事実行為であるとしつつも(最高裁昭和55年7月10日(下関商業高校事件)、退職勧奨の行為態様が過度に執拗であったり、あるいは退職勧奨の対象となった労働者の人格や名誉を攻撃、毀損するものであったりする場合など、一定の場合には、退職勧奨は不法行為に該当して損害賠償請求の対象となりうるということで概ね一致しているといえます。
すなわち、会社側としては、「退職勧奨は、一定の場合には不法行為に該当し、損害賠償義務を負うリスクがある」ということを認識しておく必要があります。
たとえば、先に述べた最高裁昭和55年7月10日(下関商業高校事件)では、退職勧奨には応じない意思を表明している公立高校の教諭に対し、教育委員会への出頭を命じて、教育次長らが長期間、多数回の面談による勧奨行為を繰り返したという事案ですが、このことが違法な退職勧奨にあたるとされ、慰謝料として4万円から5万円の損害賠償が認められました。
また、有期契約の客室乗務員の雇い止めにあたり、労働者が事前に書面で退職勧奨に応じない意思を明示しているにもかかわらず、会社側が「いつまでしがみつくつもりなのか」「辞めていただくのが筋です」などと、強くかつ直接的な言辞を用いたり、懲戒解雇の可能性に言及したりして退職を求めたことが、社会通念上の相当範囲を逸脱する違法な退職勧奨であるとして、慰謝料20万円の損害賠償が認められたりしています(日本航空事件、東京地判平成23年10月31日)。
これらの裁判例から明らかなように、いずれも従業員本人が退職に応じないという意思が客観的にも強固なものであるということが認められる状況下で、これを動揺させたり、翻意させたりする意図、目的で退職勧奨が行われ、かつ、その退職勧奨の態様としても、侮辱的、感情的であるため、対象となった労働者の名誉感情等を著しく侵害した点が違法であると評価されたと考えられます。
退職勧奨の注意点
したがって、会社の側で従業員に対して退職勧奨を行う際にも、①労働者の退職勧奨に応じない意思がどの程度強固なものであるのかという点に注意しつつ、②会社の側でも、どのような目的で退職勧奨に臨んでいるのか、③退職勧奨の態様としても、侮辱的な表現等を行わないように注意していくことが必要であるといえます。
弁護士への相談も視野に
とはいえ、現実問題としては、なかなか問題社員の方に対して、会社側が上記の諸点に注意しつつ、常に冷静な対応を行っていくというのが困難であるという場合も多かろうと思われます。事後的に労働者の側から「違法な退職勧奨をされた」と争われるというリスクをできるだけ避けるためにも、実際に退職勧奨を行うに際しては、弁護士に対して相談をされることをおすすめいたします。
当事務所は使用者側(会社側)専門の労働問題に特化しており、問題社員対応のノウハウも豊富ですので、一度ご相談を検討されてみてはいかがでしょうか。