はじめに
企業が従業員を雇用する際、有期雇用契約は、プロジェクト単位での人材確保や、経営状況に応じた柔軟な人員調整を可能にする点で、多くのメリットを有します。正社員(無期雇用契約者)とは異なり、契約期間の定めがあるため、期間満了と共に雇用関係が終了することが原則となります。
しかし、この「期間の定め」があるという特性は、同時に法的なリスクも内包しています。特に、契約更新が反復・継続された場合に従業員側に生じる「更新期待権」や、労働契約法の改正によって導入された「無期転換ルール(通称5年ルール)」は、企業が意図しない長期雇用や、雇止め(契約の更新拒否)をめぐる紛争に発展する火種となります。
有期雇用契約の管理を適切に行わなければ、「期間満了だから」という理由だけでは契約を終了させることができず、企業経営に予期せぬ制約がかかる可能性があります。本稿では、有期雇用契約の締結と更新に際して企業が直面する法的リスクと、最新の裁判例を踏まえた実務的な防止策について解説します。
Q&A:有期契約の法的論点
Q1. 有期雇用契約とは具体的にどういった契約でしょうか?
「契約期間に定めがある雇用契約」を指します。例えば「2024年4月1日から2025年3月31日までの1年間」や「3ヶ月契約」といった形で、契約の開始日と終了日(満了日)が明確に定められています。契約期間が満了すれば、原則として雇用関係は自動的に終了します。しかし、実務上は契約が「更新」されるケースも多く、この「更新」の運用をめぐって法的な問題が発生します。
Q2. 有期契約を何度も更新すると、無期契約になるのでしょうか?
労働契約法第18条に定められた「無期転換ルール(5年ルール)」が適用される場合があります。これは、同一の使用者(企業)との間で、有期雇用契約が更新されて通算の契約期間が5年を超えた場合、労働者が「無期雇用に転換したい」と申し込む権利(無期転換申込権)が発生するというルールです。労働者からこの申し込みがあった場合、企業はこれを拒否できず、その時点で期間の定めのない雇用契約(無期雇用契約)が成立します。
Q3. 「更新期待権」とは何でしょうか?
これは、労働契約法第19条に定められる「雇止め法理」と関連する概念です。契約が形式上は有期契約であっても、(1)過去に何度も契約が反復更新されており、実質的に無期契約と変わらない状態であった場合、または、(2)労働者が「次も当然更新してもらえる」と期待することに合理的な理由が認められる場合(例:上司が「来年もよろしく」と発言している、更新手続きが形骸化している)、その労働者には「更新への合理的な期待」があったとされます。
Q4. 更新期待権があると、どうなるのですか?
更新期待権が認められる労働者を雇止め(更新拒否)する場合、企業側は「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」を証明しなくてはなりません。これを証明できない場合、企業による雇止めは「無効」と判断されます。これは、実質的に無期契約の従業員を解雇する際と同等の、非常に厳しい法的ハードルが課されることを意味します。
Q5. 有期契約の雇止めに、解雇予告は必要ですか?
(法的修正点)まず、契約期間満了による「雇止め」は、企業側から契約を打ち切る「解雇」とは法的に異なります。したがって、労働基準法第20条に定める解雇予告(30日前の予告または予告手当の支払い)は、原則として「雇止め」には適用されません。
しかし、厚生労働省が定める「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」(通称「雇止め基準」) により、企業は特定の有期契約労働者(例:契約が3回以上更新されている者、または1年を超えて継続勤務している者など)を雇止めする場合には、契約満了日の30日前までにその予告をしなければならないと定められています。これは法律上の義務ではありませんが、この基準に従わない場合、後の紛争(例:労働審判)において、雇止めの有効性を争う上で企業側に不利な事情として考慮される可能性が極めて高いため、実務上は遵守必須のルールと言えます。
解説:法令に準拠した運用
雇止めの法理(労働契約法第19条)と「更新期待」の発生
前述の通り、労働契約法第19条は、一定の場合に雇止めを無効とします。企業が特に注意すべきは、第19条第2号の「更新への合理的期待」です。裁判所がこの「合理的期待」の有無を判断する際は、以下の要素が総合的に考慮されます。
- 業務の恒常性・臨時性:担当していた業務が一時的なものか、常に発生する基幹的な業務か。
- 契約更新の回数と通算期間:更新回数が多く、期間が長くなるほど期待は強くなります。
- 更新手続きの実態:契約更新の都度、厳格な面談や評価が行われていたか、それとも「サインするだけ」という形骸化した手続きだったか。
- 使用者の言動:上司や人事が「長く働いてほしい」「次のプロジェクトも頼む」といった、更新を期待させるような言動(メールや面談記録も含む)をしていなかったか。
- 他の労働者の更新状況:同種の業務に従事する他の有期契約者が、軒並み更新されている状況ではなかったか。
企業側が「契約書に『更新する場合がある』としか書いていない」と主張しても、上記のような実態があれば「合理的期待」が認められ、雇止めが無効とされるリスクが存在します。
無期転換ルール(労働契約法第18条)と実務対応
通算5年を超えた労働者に無期転換申込権が発生するルールは、企業の意図しない無期雇用者の増加につながる可能性があります。
実務上の対応として最も重要なのは、有期契約の「入口」管理です。無期転換を望まない人材を雇用する場合には、最初の契約締結時または更新時に、「本契約の更新上限は通算5年までとする」といった「更新上限条項」を契約書に明記し、労働者に対して明確に説明し、合意を得ておくことが重要です。
【重要判例】「5年ルール回避」目的の雇止めに関する法的誤解
(法的修正点)多くの企業担当者が、「5年ルールの適用を避けるために、通算5年が経過する直前で雇止めをすると、それ自体が違法(無効)になる」と誤解しているケースが見受けられます。
この点について、近時の裁判例(例:グリーンラストうつのみや事件、宇都宮地判令2.6.10 )では、重要な判断が示されています。裁判所は、「無期転換申込権の発生を回避する目的(動機)があること自体は、それ自体が格別不合理なものとはいえない」と判示しました 。つまり、企業が「無期転換をさせたくない」という経営判断を持つこと自体は、違法ではないとされています。
しかし、注意すべきは、同事件で結果として雇止めが無効と判断された点です 。これは、「5年回避の動機」が違法だったからではなく、その労働者が担当していた業務内容(基幹的業務)や、それまでの安易な更新実態から、5年ルールとは無関係に、すでに「更新への合理的な期待」(労働契約法第19条)が成立していたと認定されたためです。
企業が学ぶべき教訓は、「5年回避」という動機が問題なのではなく、それまで基幹的な業務を任せ、安易な更新を繰り返してきた労働者(=すでに更新期待権が発生している労働者)を、5年というタイミングで突然雇止めすることが、労働契約法第19条違反として無効になる、という点です。5年が近づいたからといって、それまでの雇用管理の実態を覆すことはできないのです。
弁護士法人長瀬総合法律事務所に相談するメリット
有期雇用契約の管理は、単なる契約期間の計算にとどまらず、労働契約法第18条(無期転換)と第19条(雇止め法理)という二つの法律、そして「雇止め基準」 が複雑に絡み合う専門領域です。
弁護士法人長瀬総合法律事務所にご相談いただくことで、以下のサポートが可能です。
- 契約書・就業規則の策定:「更新上限条項」の適切な設定や、更新期待権を発生させにくい「更新手続きの厳格化」など、企業のリスクを最小化する契約書や関連規程を策定します。
- 無期転換ルールの運用支援:無期転換申込権が発生する従業員の管理台帳の整備、転換後の労働条件の設計、雇止めに関する最新の裁判例(など)を踏まえたリスク診断を行います。
- 紛争対応(労働審判・訴訟):万が一、雇止めをめぐり労働者と紛争に発展した場合、企業の代理人として、労働審判や訴訟における主張・立証活動をサポートします。
まとめ
有期雇用契約は、柔軟な人材活用を可能にする一方で、「更新期待権」の発生や「無期転換ルール」の適用という法的リスクを常に伴います。
特に「5年ルール回避」を目的とした雇止めについては、法的な誤解が多く見られますが、リスクの本質は「5年回避の動機」ではなく、それまでの雇用実態によって「更新期待権(労働契約法第19条)」が成立しているか否かにあります 。
紛争を未然に防ぐためには、「入口(契約書での更新上限の明示)」と「運用(更新手続きの厳格な実施)」の双方を徹底することが不可欠です。
弁護士法人長瀬総合法律事務所は、企業の安定した経営とコンプライアンス遵守の両立を目指し、有期雇用契約に関する法的問題について、実務的かつ専門的な助言を提供します。
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