はじめに

働き方の新時代とサロンの対応

少子高齢化と労働力人口の減少という社会構造の変化に対応するため、日本の労働法制は、仕事と家庭の両立支援をかつてないほど強力に推進しています。特に2025年から段階的に施行される改正育児・介護休業法は、これまでの制度を大幅に拡充・変更するものであり、企業にとっては「新しい時代の働き方」への適応を迫る大きな転換点となります。

この変革の波は、人材の確保と定着が経営の最重要課題である美容サロンにとっても決して無関係ではありません。むしろ、スタッフがライフステージの変化(出産、育児、家族の介護)を迎えても安心して働き続けられる環境を整備することは、他店との差別化を図り、優秀な人材を惹きつけるための強力な武器となります。

本稿では、まず現行の育児・介護休業制度の基本を再確認した上で、2025年から始まる革命的な変更点「子の看護休暇の対象拡大、残業免除の権利強化、柔軟な働き方の義務化、有期契約労働者の利用要件緩和、そして介護離職防止のための企業の積極的関与」を一つひとつ具体的に解説します。本稿の目的は、サロン経営者がこれらの新しいルールを正確に理解し、就業規則の改定や社内体制の整備といった実務に落とし込み、法改正を単なる負担ではなく、組織力を高める好機として活用するための指針を示すことです。

制度の基礎:現行の育児・介護休業制度の概要

2025年の改正内容を理解するために、まずは現行制度の骨子を簡潔に振り返ります。

  • 育児休業: 原則として、労働者が1歳に満たない子を養育するために取得できる休業です。保育所に入れないなどの特定の事情がある場合は、最長で子が2歳になるまで延長が可能です。
  • 産後パパ育休(出生時育児休業): 2022年10月に創設された制度で、子の出生後8週間以内に最大4週間まで、2回に分割して取得できる柔軟な休業です。主に男性の育児参加を促すことを目的としています。
  • 介護休業: 要介護状態にある対象家族を介護するために、対象家族1人につき通算93日まで、3回を上限として分割取得できる休業です。

これらの制度は、労働者の申し出があった場合、事業主は原則として拒否できない、法律で保障された権利です。

2025年の改正:改正育児・介護休業法のポイント

2025年4月1日から段階的に施行される改正法は、これまでの制度を大きく前進させるものです。サロン経営者が特に把握しておくべき主要な変更点は以下の通りです。

「子の看護等休暇」の大幅な拡充

従来の「子の看護休暇」が「子の看護等休暇」へと名称変更され、内容が大幅に拡充されます。

対象となる子の年齢拡大

これまでの「小学校就学前まで」から、「小学校3年生修了まで」に延長されます。

取得事由の拡大

子の病気や怪我の看護、予防接種の付き添いに加え、新たに感染症による学級閉鎖入園式・卒園式・入学式といった学校行事への参加も取得事由として認められます。

この改正により、サロンはこれまで以上に、短期間かつ突発的な休暇の申し出が増えることを想定し、スタッフ間の業務カバー体制を構築しておく必要があります。

残業免除を請求できる権利の拡大

労働者が申し出ることにより所定外労働(残業)が免除される制度の対象者が拡大されます。

対象となる子の年齢拡大

これまでの「3歳に満たない子を養育する労働者」から、「小学校就学前の子を養育する労働者」へと大幅に広がります。

これにより、小さなお子さんを持つスタッフを夕方以降の残業の戦力として計算することが、より一層難しくなります。サロンは、日中の生産性向上や、より計画的な予約管理・シフト作成が求められることになります。

柔軟な働き方の選択肢提供の義務化

これは今回の改正で最もインパクトの大きい変更の一つです。

新たな義務

3歳から小学校就学前の子を養育する労働者に対し、事業主は以下の5つの選択肢の中から2つ以上の措置を講じ、労働者がその中から1つを選べるようにすることが義務化されます(2025年10月1日施行予定)。

  1. 始業時刻等の変更(時差出勤、フレックスタイム制など)
  2. テレワーク
  3. 短時間勤務制度
  4. 新たな休暇の付与(子の看護等休暇とは別の、保育園の送迎などを想定した休暇)
  5. その他(ベビーシッター費用の補助など)

サロンのような対面サービス業ではテレワークの導入は難しいかもしれませんが、「時差出勤」や「短時間勤務」は現実的な選択肢です。これらの制度を導入し、就業規則に明記する準備が急務となります。

有期契約労働者の取得要件緩和

パートタイマーや契約社員など、有期契約で働く労働者が育児休業や介護休暇を取得しやすくなります。

要件の撤廃

これまで有期契約労働者が育児・介護休業を取得するためには「引き続き雇用された期間が1年以上」という要件がありましたが、これが撤廃されます。

これにより、入社後間もないパートスタッフからも育児休業の申し出があり得ることを想定しなければなりません。サロンにとっては、より広範なスタッフが長期休業の対象となるため、代替人員の確保や業務の標準化といった対策の重要性が増します。

介護離職防止のための企業の積極的関与

家族の介護に直面する労働者への支援が強化され、企業の役割が「待つ」姿勢から「働きかける」姿勢へと変わります。

新たな義務

  1. 労働者が介護に直面した旨を申し出た際に、企業側から個別に両立支援制度(介護休業、時短勤務など)を周知し、その意向を確認することが義務付けられます。
  2. 40歳など、従業員が介護に直面する前の早い段階で、介護に関する両立支援制度の情報提供を行うことが義務付けられます。

これらの改正は、単なる個別のルール変更の集合体ではありません。その根底には、もはや家庭の事情は労働者個人が対処すべき問題ではなく、企業が組織として柔軟な働き方の枠組みを「あらかじめ提供する」べきである、という社会的な要請があります。これまでの、特別な事情がある人が例外的に配慮を求めるという構造から、多様な働き方のニーズが存在することを前提とした制度設計へと、パラダイムシフトが起きているのです。サロン経営者は、この変化に対応するため、単なるシフト作成から、より戦略的な人材マネジメントへと発想を転換する必要があります。

サロン経営者が今すぐ取り組むべきアクションプラン

これらの法改正に対応するため、サロン経営者は以下の準備を計画的に進める必要があります。

【2025年 育児・介護休業法改正の主要ポイント】
改正項目 変更内容 施行日(予定)
子の看護等休暇 対象が小学校3年生修了までに拡大。取得事由に学級閉鎖、学校行事を追加。 2025年4月1日
残業免除の権利 対象が小学校就学前までの子を養育する労働者に拡大。 2025年4月1日
有期契約者の要件 育児・介護休業取得時の「勤続1年以上」要件を撤廃 2025年4月1日
介護への支援義務 介護に直面した従業員への個別周知・意向確認、早期の情報提供が義務化。 2025年4月1日
柔軟な働き方の義務化 3歳~就学前の子を持つ従業員に対し、5つの選択肢から2つ以上の制度を導入し、選択させる義務。 2025年10月1日

具体的なアクションプラン

  1. 就業規則の全面的な見直しと改定: 上記のすべての変更点を反映させるため、就業規則および育児・介護休業規程の改定作業に直ちに着手します。これは最優先事項です。
  2. 柔軟な働き方の制度設計: 自店で導入する2つ以上の措置(例:時差出勤制度、短時間勤務制度)を決定し、その利用ルールを具体的に定めます。
  3. 各種申請・管理プロセスの更新: 新しい休暇制度や免除申請に対応するための申請書式や管理フローを整備します。
  4. 管理職(店長など)への研修: 新しい制度の内容と、部下からの申し出に適切に対応する義務について、管理職に徹底的に教育します。不適切な対応はマタハラやパタハラに繋がりかねません。
  5. 全スタッフへの周知: 改正内容と自社の新しい制度について、全スタッフに丁寧に説明し、安心して制度を利用できる企業文化を醸成します。

まとめ – 法令遵守を競争力に変える

2025年の法改正は、一見すると中小企業であるサロンにとって負担増に感じられるかもしれません。しかし、見方を変えれば、これは「働きやすさ」という付加価値で他店と差別化を図る絶好の機会です。育児や介護と両立できる柔軟な職場環境をいち早く整備し、それを積極的にアピールすることは、優秀な人材の獲得と定着に直結します。法令遵守をコストとして捉えるのではなく、未来への投資と位置づけ、変化に強い組織へと進化していくことが、これからのサロン経営に求められる姿勢です。


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