ポイント

  1. 退職後の競業避止義務契約の有効性は、主に6つの判断要素がある
  2. 従業員にかかる3つの判断要素のウェイトはそれぞれ異なる
  3. 有効な競業避止義務契約に違反した従業員に対する損害賠償請求は可能である

質問

当社は、家電を中心に扱う量販店です。当社は、地元で長年にわたって地道に営業を続けてきたかいもあり、店舗を少しずつ増やし、販路も拡大することができました。当社が長年培ってきた各店舗の販売方法や、人事管理のノウハウ、営業方針や経営戦略等は、同業他社に利用されては困ります。

そこで、当社は、従業員のうち役職者との間で、「退職後、1年間は同業者への就職はしない。違反した場合には、会社から損害賠償請求されることに対して異議を述べない。」旨を誓約する合意書を締結したいと考えています。

このような合意書を従業員との間で締結した場合、従業員が退職後1年以内に同業他社に転職したことに対して、損害賠償請求をすることは可能でしょうか。

回答

質問のケースは、退職後の競業避止義務契約の有効性が問題となる事案といえます。

退職後の競業避止義務契約は、企業の利益を守るために必要性がある一方、従業員の職業選択の自由を侵害する面もあることから、制限的に解される傾向にはあります。

もっとも、ご質問のケースでは、従業員の地位等も勘案した上で、退職後の競業避止義務契約として有効と解されうるといえるでしょう(東京地判平成19年4月24日・労働判例942号39頁)。

したがって、競業避止義務契約に違反した従業員に対する損害賠償請求は可能といえます。

解説

競業避止義務契約の有効性の判断基準

ご質問を整理すると、退職後の競業避止義務契約の有効性が問題となる事案といえます。この点については、経済産業省が公表している営業秘密管理規程に関する解説資料が参考となります。

経済産業省|参考資料1 情報漏えい対策一覧(PDF)

 

[blogcard url=”https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/reference1-6.pdf”]

 

経産省が公表している「競業避止義務契約の有効性について」3頁では、競業避止義務契約の有効性判断基準については、以下のように整理しています。

■   競業避止義務契約が労働契約として、適法に成立していることが必要。

■   判例上、競業避止義務契約の有効性を判断する際にポイントとなるのは、①守るべき企業の利益があるかどうか、①を踏まえつつ、競業避止義務契約の内容が目的に照らして合理的な範囲に留まっているかという観点から、②従業員の地位、③地域的な限定があるか、④競業避止義務の存続期間や⑤禁止される競業行為の範囲について必要な制限が掛けられているか、⑥代償措置が講じられているか、といった項目である。

上記「競業避止義務契約の有効性について」(添付資料1)4頁においても、「企業側に守るべき利益があることを前提として、競業避止義務契約が過度に職業選択の自由を制約しないための配慮を行い、企業側の守るべき利益を保全するために必要最小限度の制約を従業員に課すものであれば、当該競業避止義務契約の有効性自体は認められると考えられる。」と記載されているように、競業避止義務契約の有効性は、諸般の事情を総合考慮して決せされるものであり、単一の事情のみで判断されるわけではないということができます。

従業員に係る3つの判断要素

競業避止義務契約の有効性に関する判断基準を前提として、従業員側の不利益の判断要素として、①期間、②地域、③業務内容、対象の制限範囲が問題となります。

この点、競業避止義務契約の有効性にかかる裁判例を分析した「判例タイムズ1387号5頁2013年6月1日大阪民事実務研究 従業員等の競業避止義務等に関する諸論点について(上)」によれば、①期間、②地域、③業務内容、対象の制限範囲については、以下のように整理されています。

期間について

ア 期間

 

(ア)裁判例の詳細は、別表1のとおりである。有効事例の裁判例を整理すると、期間無制限のものが2件存在するほか、5年間が2件、3年間が4件となっている。2年間の事例が多い。その他、合意では2年間となっているものを決定において1年間に限定した事案もある。一方、無効事例の裁判例を整理すると、無制限のものが3件、5年間が2件、4年間が1件、3年間が2件あるが、1年間が3件、6か月間も1件と比較的短いものもある。

 

(イ)あえて期間だけから傾向を分析すると、2年間を超えると長いと評価されるようである。ただし、他の要素次第では、6か月間でも否定されることがあるし(別紙番号74)、5年間でも有効とされること(別紙番号96)もある。

 

(ウ)一方、期間無制限の合意の効力は極めて否定的にとらえられている。無制限の合意が認められたもののうち、1件は、判決において、判決確定日から2年間と定められたが(別紙番号23)、もう1件は、合意時点で既に同種の競業行為をしており、それを宥恕する代わりに改めて競業避止合意をしたという特殊な事例(別紙番号113)である。5年間の競業制限を認めた事例も、退職者が高額な金員を得ている事案(別紙番号49)である。

地域について

ほとんどの事例では地域に関する制限は規定されていない。地域的制限がなく無効とされている合意は、他の考慮要素によって無効とされるべき事例(理由では一応一要素として挙げられているが、重視している様子は窺えない。)であるし、他の要素によって有効とされる事例においては地域的制限がないことはあまり問題視されない。少なくとも地域的制限の有無が結論に決定的影響を与えていると見られる事例はなく、考慮要素としてのウェイトは軽いといえる。

業務内容、対象について

(ア)事例の大多数は、使用者と競業関係に立つ会社への就職や競業関係に立つ事業を行うことを禁止する内容のものである。この合意は、単に制限範囲が広すぎるという理由だけで無効になるわけではないものの、結論として無効と判断される事案が多いことは指摘できる。

 

(イ)一方、より制限範囲を特定、限定して合意している事例(別紙番号43、56、66、74、95、113、117)もあり、(番号56及び74を除き)使用者の差止め請求又は損害賠償請求が認められている。特に、使用者の顧客に対する営業活動に限定した禁止条項は、制限の範囲や代償措置がないことを問題とされた番号56の事例を除き、いずれも有効とされている。また、合意内容より禁止行為を縮小して申立てをして認められた事例24)もある。他には、合意の内容より競業の態様や範囲を限定した上で、合意を有効と認めるべきとした裁判例もあるが、これらの裁判例(別紙番号13、48、51、59、88)も、他の要件を満たしていないとして、結論としては、差止め請求や損害賠償請求を認めておらず、限定解釈の結果、使用者が救済された事案は見あたらない。

まとめ

(ア)前記のとおり、競業避止義務は、使用者の利益の確保のために必要な範囲で課されるべきものであるから、その範囲を画する要素として、期間、地域、業務内容、対象等の制限範囲も合理的な範囲にとどめられるべきである。

 

(イ)期間の長短は、期間そのものの絶対的な長短も当然問題となるが、より重要なのは、当該期間について退職者の競業を制限するべき使用者側の必要性であって、これは業種や保護対象となる情報によっても異なってくる。情報の陳腐化の速度や退職者と顧客との関係がある程度離れるまでの期間を考慮すべきであろう。使用者の保護利益及び競業制限の必要性がなければ、短期間であっても競業制限を認める必要はない。

 

(ウ)地域の制限について、前記のとおり、考慮要素としてのウェイトは低い。しかし、例えば、使用者の営業区域が特定の地域に限定されている場合(不動産関連業種等)であれば、当該区域に限定した競業制限を退職者に課すことは競業制限として合理的といえるし、逆に言えば、当該範囲で制限すれば必要十分である。

 

(エ)業務内容、対象の制限は、大部分の事例が「競業他社」程度の広範囲な定めである。一方で、前記のとおり、使用者の保護利益との関係で考慮されている例、例えば、使用者の顧客への営業活動の禁止であるような限定した合意であれば、合理的な制限であるとして、合意が有効と判断される傾向にある。

上記の整理からすれば、期間の長短は絶対の要素ではなく、1年であれば無効であり、6ヶ月であれば有効と判断できるものではないこと、地域的制限のウェイトは低いこと、業務内容、対象の範囲を考慮することにウェイトがあること、が指摘できるといえます。

ご質問のケースにおける回答

以上を踏まえますと、ご質問のケースについては、1年という期間は決して長期とはいえないこと、対象を役職者としていることから、有効といいやすいといえます(東京地判平成19年4月24日・労働判例942号39頁も結論として同旨といえます。)。さらに有効性を高めるのであれば、「使用者の顧客への営業活動の禁止であるような限定した合意」のように、業務内容、対象の制限を意識した規程とすることが考えられます。

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