【質問】
当社では、社内弁護士や社内社労士等の専門性の高い社員については、年俸制を採用しています。年俸制を採用している社員の年俸は、総額で見て給与性の一般社員に比して高額であることから、当社の就業規則等においても時間外労働に係る割増賃金を支払うことは明記しておりません。むしろ、当社と年俸正社員との間の契約書では、「基本年俸には残業手当を含むものとする。」と明記しています。
このたび、年俸制を採用している社員Xから、「私にも残業代を支払って欲しい」との要請を受けており、対応に困っています。なお、Xは管理職として採用していますが、Xの出退社は他の一般社員と同様であり、その職務内容や権限も同様の職位にある一般社員と同様です。
もともと他の社員よりも年俸は高額ですし、契約書でも基本年俸の中に残業手当を含むと明記している上、就業規則等でも割増賃金を支払うことは明記していないのですから、Xの要請に応じる必要はないと考えていますが、割増賃金を支払う必要があるでしょうか。
【回答】
いわゆる年俸制を採用している場合であっても、原則として会社は当該社員に対して時間外労働等に係る割増賃金を支払う必要があります。
また、通常の労働時間に対する賃金と割増賃金として支払われる部分とが明確に区別されていない場合には、基本年俸の中に残業代が含まれているとはいえず、時間外手当の支払が必要となります。
さらに、Xは管理職として採用されているものの、出退社の自由や職務内容も他の一般社員と同様であり、労基法上の管理監督者には該当しないものと思われます。
したがって、会社は原則としてXに対して割増賃金を支払う必要があります。
【解説】
1. 年俸制と割増賃金
いわゆる年俸制を採用している場合であっても、原則として会社は当該社員に対して時間外労働等に係る割増賃金を支払う必要があります。
割増賃金の請求権が発生しない場合とは、適法なみなし時間制が採用されており、かつ、みなし時間が発生しない場合とは、適法なみなし時間制が採用されており、かつ、みなし時間が8時間以内とされている場合に限られています。そのため、適法なみなし時間制に該当しない場合は、年俸制社員は会社に対して、労基法の原則どおり、実働時間で計算された割増賃金請求権が認められることになります(創栄コンサルタント事件(大阪高裁平成14年11月26日労判849号))。
2. 基本給等への割増賃金の包含
前述のとおり、年俸制を採用していても、会社は原則として当該社員に対して割増賃金を支払う必要がありますが、会社側から、「基本給等の中に既に時間外手当としての割増賃金が含まれており、重ねて支払う必要はない」との主張がなされる場合があります。
もっとも、判例上、かかる取扱いが認められるのは、時間外、深夜労働に対する割増賃金部分と、通常の労働時間に対する賃金部分が明確に区別できる場合に限られます(高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日労判653号))。
ただし、必ずしも理論的根拠は明確ではありませんが、たとえ区別が明確とはいえない場合であっても、高額の年俸(基本給年収約2200万円)及びボーナス(最高約5000万円)が支払われていた社員について、残業手当は基本給の中に含まれていたとして、割増賃金の支払を否定した裁判例もあることに注意が必要です(モルガン・スタンレー・ジャパン(超過勤務手当)事件(東京地裁平成17年10月19日労判905号))。
3. 労働時間制に対する適用除外
以上のとおり、年俸制社員であっても、原則として会社は時間外労働等に係る割増賃金を支払う必要がありますが、当該年俸制社員が、「監督若しくは管理の地位にある者」(いわゆる管理監督者)である場合には、労基法上の労働時間法制の適用がない(労基法41条2号)ため、労基法上の時間外労働等に係る割増賃金を支払う必要はありません。
「監督若しくは管理の地位にある者」とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的立場にある者をいうとされており、名称ではなく実態に即して判断されるものと解されており、①職務の内容、権限、責任、②出退社等についての自由度、③その地位にふさわしい処遇等に照らして判断されます。
もっとも、会社組織上の管理職とかかる「監督若しくは管理の地位にある者」とは全くの別物であり、たとえ会社では管理職として扱われていても、労基法上の管理監督者に該当するケースはごくわずかですので注意が必要です。
(一般にいわれる「管理職には残業代を支払う必要はない」というのは大きな誤解です。)
4. ご相談のケースについて
Xは年俸制社員であり、採用時の契約書において「基本年俸には残業手当を含むものとする。」と明記されていますが、高額な報酬を受け取っている等の事情がない限り、通常の労働時間に対する賃金と割増賃金として支払われる部分とが明確に区別されていない場合として、原則として会社はXに対して割増賃金を支払う必要があります。
また、Xは管理職として採用されているものの、出退社の自由や職務内容も他の一般社員と同様であり、労基法上の管理監督者には該当しないものと思われます。
したがって、会社は原則としてXに対して割増賃金を支払う必要があります。