【質問】
(*本記事は、「労働時間—社員による無断残業」の続きです。)
最近のワークライフバランスを尊重する風潮を受け、また、残業代による人件費の高騰を防ぐべく、当社では定時に帰宅できるよう効率的な業務の遂行を励行し、無駄な残業をやめるよう繰り返し社員にアナウンスしてきています。
ところが、社員の一部には、自宅に居場所がないのか生活費を稼ぎたいからかはわかりませんが、残業時間の管理がいわゆる自己申告制であることをいいことに、必要もないのに就業時間後も居残り、残業時間として申告しています。この問題社員が担当している業務は、基本的には帳簿を管理する等の単純な事務作業であり、到底勤務時間内に終了できない量ともいえないのですが、何度注意しても居残り残業を止めようとせず、困っています。
こうした問題社員による無断残業を防ぐためには、どのようにしたらよいでしょうか。
【回答】
会社は労働時間管理義務を負っているところ、会社が適切な労働時間管理を怠ったために社員が残業時間の立証ができない場合、社員からの残業代支払請求に対して会社側に不利な事実認定がなされる可能性もあることから、業務フローを見直す等して社員の労働時間・残業労働を適切に管理することが大切です。
また、労働時間の管理方法にはいくつかの方法がありますが、自己申告制は無駄な残業を誘発するおそれ等もあることから、上司による事前チェックを要する事前命令制へ変更することも検討に値します。
【解説】
1. 会社の労働時間管理義務
「労働時間—社員による無断残業」で解説したとおり、会社が明示的に残業命令を発していなくても、社員による勝手な残業を黙認していると、黙示の残業命令があったものして、会社が当該時間外労働に係る割増賃金の支払義務を負う可能性があります。
この点、会社は、労働基準法上、賃金台帳調整義務の一環としての労働時間記録義務や、労働時間の記録に関する書類等の労働関係重要書類保存義務等の労働時間管理義務を負っており(労基法108条、労基法施行規則54条1項、労基法109条)、かかる義務に違反した場合、罰則を科され得ます(労基法120条1号)。
また、残業の存在自体は明らかであるものの、会社が適切な労働時間管理を怠ったために社員が残業時間の立証ができない場合、社員の立証負担が軽減され、概括的に残業時間を推認し社員の割増賃金請求を認めた裁判例もあるとおり(京都銀行事件(大阪高裁平成13年6月28日労判811号)、ゴムイナキ事件(大阪高裁平成17年12月1日労判933号))、会社が適切な労働時間管理義務を怠った結果、会社側に不利な認定がされてしまう場合もあります。
このように、社員による無断残業を防ぐためだけでなく、会社には労働時間管理義務の一環として、社員の申告した残業時間が実際の労働時間と合致しているか、確認する義務があります。
2. 社員の労働時間の適切な管理
実務上、社員の労働時間を管理する方法として、上司による現認や、タイムカード、ICカードによる方法等があります。また、研究開発職等、一定の裁量の範囲内で自己管理の下に業務を行うホワイトカラー社員が多い職場においては、自己申告制が採用されているケースもあります。
もっとも、自己申告制のデメリットとして、労働時間の管理が中途半端な場合、業務処理上必要のない居残り残業を誘発したり、実際に残業した時間よりも少なく申告するサービス残業を固定化するおそれがあります。
かかる事態を受け、厚労省は、自己申告制の労働時間管理にについて会社が講ずべき措置として、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(平成13年4月6日基発339号)において、以下の措置を講ずるよう掲げています。
① 自己申告制を導入する前に、その対象となる労働者に対して、労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと。
② 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施すること。
③ 労働者の労働時間の適正な申告を阻害する目的で時間外労働時間数の上限を設定する等の措置を講じないこと。また、時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当ての低額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに、当該要因となっている場合においては、改善のための措置を講ずること。
3. 業務フロー及び残業管理方法の見直し
会社による適切な労働時間の管理ももちろん大切ですが、そもそも会社の業務フローが残業を前提としたものになっていないかを見直すことも重要です。会社の業務計画に無理がないか、人員が適正に配置されているか等、再度確認することが大切です。
また、前述のとおり、自己申告制には問題が多いことから残業の自己申告制自体を廃止し、事前に上司による残業命令がない場合は残業を一切認めない事前命令制に変更するといった対策も考えられます。具体的には、残業を行う社員が、上司に対して残業の要否及び見込み終了時間を記載した残業申請書を就業時間内に提出し、上司が就業時間内に残業命令を出すこととなります。事前命令制では、上司が残業の要否を事前にチェックするため、残業代稼ぎを目的とした居残り残業や、自発的なサービス残業を未然に防ぐことが期待できます。