相談事例
私は、管理職として5名ほどの部下を担当しています。これまでは、ミスをした部下に対して注意や指導をしても、皆素直に受け止めてくれていました。
ですが、最近になって入社した新入社員は、何度注意してもミスを繰り返すばかりか、挙げ句には私の注意に対し、「それはパワハラですよ。これ以上何か言うようでしたら人事部に相談します。」と言ってくる始末です。
私としては、あくまでも業務上のミスに対して注意指導しているだけなのですが、これでもパワハラになってしまうのでしょうか。
解説
パワハラ指針の公表
パワハラ防止法の制定に伴い、令和2年1月15日、厚生労働省告示第五号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」[1]が公表されました(以下「パワハラ指針」といいます。)。
パワハラ指針は、労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第30条の2第1項及び第2項に規定する事業主が職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、その雇用する労働者の就業環境が害されること(以下「職場におけるパワーハラスメント」といいます。)のないよう雇用管理上講ずべき措置等について、同条第3項の規定に基づき事業主が適切かつ有効な実施を図るために必要な事項について定めたものです。
パワーハラスメントの定義
パワーハラスメントの定義
パワハラ指針では、職場におけるパワーハラスメントは、以下のように提示されています。
職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすもの
なお、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導については、職場におけるパワーハラスメントには該当しないとされています。
言い方を変えれば、ミスを犯した部下に注意や指導をすること自体は、職務の円滑な遂行上一定程度許容されるといえます。
職場とはどこまでを含むのか
「職場」とは、業務を遂行する場所を指すところ、通常就業している場所以外の場所であっても、業務を遂行する場所については「職場」に含まれます。
労働者とは誰を指すのか
「労働者」とは、いわゆる正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員等いわゆる非正規雇用労働者を含む事業主が雇用する労働者の全てを指します。また、派遣労働者については、派遣元事業主だけでなく、派遣先も事業主とみなされます。
優越的な関係とはどのような関係を指すのか
「優越的な関係を背景とした」言動とは、パワハラを受ける労働者が行為者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係に基づいて行われることをいいます。
具体的には、以下の類型が「優越的な関係」に基づく行為といえます。
ここで注意しなければならないことは、パワーハラスメントは、必ずしも上司から部下に対するものだけに限られない、ということです。上記②や③にもあるように、同僚同士や、また場合によっては部下から上司に対する言動でも、パワーハラスメントに該当する場合があるといえます。
「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは何を指すのか
「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動とは、社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないものを指します。
例えば、以下のもの等が含まれます。
この判断に当たっては、様々な要素(当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性等)を総合的に考慮することが適当とされています。
また、その際には、個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係性が重要な要素となることについても留意が必要です。
「労働者の就業環境が害される」とは何を指すのか
「労働者の就業環境が害される」とは、当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等、当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指します。
この判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」、すなわち、同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうかを基準とすることが適当とされています。
言い換えれば、被害を訴える者の主観のみで判断されるわけではないことになります。
パワハラの典型的6類型
厚生労働省は、パワーハラスメントの典型例として、以下の6つを挙げています[2]。
なお、下記の6つの類型は、パワハラに当たりうる全てを網羅したものではなく、これら以外は問題ないということではない点に留意が必要です。
パワハラ指針における6類型の判断例
ところで、パワハラ指針[3]では、上記6類型について、典型的に職場におけるパワーハラスメントに該当すると考えられる例と、該当しないと考えられる例が紹介されています。
以下では、各類型における該当例と非該当例を紹介します。なお、職場におけるパワーハラスメントにあたると判断される前提として、これらの言動が、優越的な関係を背景として行われたものであることが必要となることにはご留意ください。
パワハラ指針における6類型の判断例
類型 | 具体例 | 該当すると考えられる例 | 該当しないと考えられる例 |
---|---|---|---|
身体的な攻撃 | 暴行・傷害 |
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精神的な攻撃 | 脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言 |
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人間関係からの切り離し | 隔離・仲間外し・無視 |
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過大な要求 | 業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害 |
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過小な要求 | 業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと |
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個の侵害 | 私的なことに過度に立ち入ること |
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注意指導がすべてパワハラに該当するわけではない
以上のとおり、パワハラの典型的6類型においても該当例・非該当例があるように、およそすべての注意指導が「職場におけるパワーハラスメント」に該当するわけではありません。
「職場におけるパワーハラスメント」にあたるのではないかと過度におそれるあまり、上司や管理職という立場にありながら、部下に対する注意指導を避けることは、上司や管理職としての指導能力を疑われるばかりか、能力不足と評価されるリスクもあります。
労使双方にとって、何がパワーハラスメントに該当し、何が適切な注意・指導として許容されるかを正しく理解し、無用な労務トラブルが発生することがないように留意しましょう。
ご相談のケースについて
ご相談のケースは、ミスを繰り返す部下に対し、上司として注意指導しているというものですが、上司から部下に対する言動ということからすれば、優越的な関係にあるといえます。
もっとも、上司の部下に対する注意指導の仕方が、一定程度強い態様だったとしても、人格を否定するようなものでなければ、「業務上必要かつ相当」な範囲のものであり、パワーハラスメントには該当しないといえます。
仮に、部下が主観的に恐怖や不快感を受けたと主張しても、「平均的な労働者の感じ方」を基準に判断することになるため、部下だけの感じ方でパワーハラスメントに該当するかどうかが決まるわけではありません。
ご相談のケースでは、上司として部下に対し、毅然とした態度で注意指導をすべきといえます。
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