傷病(補償)年金とは
傷病(補償)年金は、労災による療養の開始後、1年6ヶ月を経過しても傷病が治癒しない場合であって、かつ、その傷病の程度が傷病等級に該当したときに、その状態が継続している間、支給されるものです。
支給を受けるための手続きとしては、労災により療養を開始した労働者が、前回、ご説明した休業補償給付を受給している場合には、療養の開始後1年6ヶ月を経過した時点で、氏名や住所、傷病の名称や部位等を記載した「傷病の状態等に関する届書」を作成し、これに医師の診断書等を添付したうえで所轄労働基準監督署長に提出します。
これを受けて、所轄労働基準監督署長は相当期間、その状態が継続することを前提として、傷病の認定を行います。傷病(補償)年金は労働基準監督署長の職権によって支給の決定が行われるものであって、労働者による請求手続は必要ありません。
支給を受けるための要件について
具体的に傷病が認定されるためには、以下の2つの要件を両方とも満たすことが必要です。
- 傷病が治癒(症状固定)しないこと
- 傷病等級が第1級(給付基礎日額の313日分)から第3級(給付基礎日額の245日分)のいずれかに該当すること
この1、2の要件をいずれも満たす場合には、それまで支給されていた休業補償給付に代えて、傷病(補償)年金が支給されることになります。具体的に支給される時期ですが、傷病についての認定があった月の翌月からになります。
ここで2の「傷病等級」についてですが、最も軽い3級であっても、たとえば「一眼が失明し、他眼の視力が0.06以下になっているもの」、あるいは「両手の手指の全てを失ったもの」などが要件として挙げられており、仕事に復帰することが相当に困難な場合が想定されています。
休業補償給付との関係
このように、傷病(補償)年金の支給を受けるための要件はかなり重い場合に限定されています。
そのため、上記1の「傷病が治癒していない」場合であっても、第1級から第3級までの傷病等級に該当するほど重くはない、という場合も出てきます。この場合には、上記2の「傷病等級が第1級(給付基礎日額の313日分)から第3級(給付基礎日額の245日分)のいずれかに該当すること」の要件を満たさないことになりますから、傷病(補償)年金は支給されません。このときには、従来どおり、引き続き休業補償給付が支給されることになります。
このように、上記1、2の両方の要件をみたして傷病(補償)年金を受給される場合には、それまで受給していた休業補償給付に代えて、傷病(補償)年金を受給できるということになるわけですから、傷病(補償)年金が支給される場合には、休業補償給付は支給されません。
もっとも、傷病(補償)年金の受給後に、被災労働者の方が、たとえば、いったんは労災で失いかけた身体の機能を回復するなどして、傷病等級に該当しなくなった場合にはどうなるのでしょうか。
この場合には、傷病等級に該当しなくなったわけですから、上記2の要件を満たさなくなったということになり、傷病(補償)年金を受給することはできなくなります。
そしてこの場合には、傷病が治癒せずに仕事を休業せざるを得ないのであれば、再び、休業補償給付を受給することができます。
療養補償給付との関係
以上が傷病(補償)年金と休業補償給付の関係です。それでは、傷病(補償)年金が支給される場合には、療養補償給付は従来どおり受けられるのでしょうか。
この点については、傷病(補償)年金の受給のための要件としては、上記1の「傷病が治癒していないこと(症状固定していないこと)」が必要ですので、傷病(補償)年金受給後であっても、治癒していない以上、療養補償給付は引き続き支給されます。被災労働者は従前どおり必要な療養を続けられることができます。
打切補償との関係
傷病(補償)年金のご説明の最後に、打切補償との関係を見ておきましょう。そもそも打切補償とは何でしょうか。
労災によって業務上負傷し、または疾病にかかり療養のために休業する期間、及びその後30日間は、使用者が被災労働者を解雇することが制限されています(労働基準法第19条1項)。
これは労働者保護のための制度ですが、他方、使用者が労基法19条1項の補償を被災労働者に対して行った場合には、この解雇の制限がなくなり、労働者を解雇することができるようになります。これが打切補償です。
すなわち、打切補償とは、業務災害により傷病にかかった労働者が、療養開始後3年を経過しても傷病が治らない場合に、使用者が労働者に対して平均賃金の1200日分を支払うことをいいます。使用者がこの打切補償を支払った場合には、解雇制限が解かれて解雇することができることになります。ただ、そうはいってもこのように平均賃金の1200日分ですから、打切補償は相当高額になります。たとえば月給40万円の方であれば約1600万円になりますので、そう簡単に支払える金額ではありません。
それでは、この打切補償と、今回見てきた傷病(補償)年金とはどのような関係にあるのでしょうか。
ここで業務上負傷し、または疾病にかかった労働者が、当該傷病の療養の開始後3年を経過した日において傷病(補償)年金を受けている場合、または同日後において傷病(補償)年金を受けることになった場合には、当該3年を経過した日または傷病(補償)年金を受けることとなった日において、上記打切補償を支払ったものとみなされます(労災保険法19条)。
これはいわば、傷病(補償)年金の支給によって、打切補償が支払われた場合と同様に考えることができるということです(もちろん、「療養開始後3年が経過していること」という要件も必要です)。これにより解雇制限が解かれることとなります。
ただし、無条件に解雇が認められるといわけではありません。客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる場合という解雇の要件をみたしたには、当該労働者を解雇することが可能となります。
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