利益相反取引とは

「利益相反取引」とは、取締役がその忠実義務に違反して会社の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図る取引をいいます。

会社法上は、会社法356条1項2号及び3号の取引を総称して「利益相反取引」として規定しています。

なお、同様の趣旨に基づき、利益相反取引とは別に、取締役が自己又は第三者のために会社の事業の部類に属する取引をしようとするときはあらかじめ株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会。会社法365条1項)の承認を必要とする、競業避止義務が規定されています(会社法356条1項1号)。

利益相反取引のうち、会社法356条1項2号に規定する取引は、取締役が自己又は第三者のために会社と行う取引(直接取引)であり、会社法356条1項3号に規定する取引は、会社が取締役以外の者との間で行う、会社と取締役の利害が相反する取引(間接取引)をいいます。

直接取引と間接取引は、自己のための直接取引についてのみ無過失責任であり、責任の一部免除等の適用がない点で差異がありますが、株主総会(又は取締役会)の承認が必要である点で違いはありません。

親子会社間の取引と利益相反取引

質問

当社X社は親会社Y社の100%子会社であり、X社・Y社間で役員も兼務しています。

このたび、当社の保有する社債等をY社に対して現物配当することを検討しています。現物配当に当たり、株主総会特別決議等、必要な手続は全て履践するとともに、配当規制も遵守しますが、そもそもこのような親子会社間での現物配当が利益相反取引に該当しないでしょうか?

回答

完全親子会社間での取引ですので、相互に利益の対立が生じる場面とはいえず、原則として利益相反取引には該当しません。ただし、当該現物配当により、X社債権者を不当に害することがないよう留意する必要があります。

解説

親子会社間の取引と利益相反取引

利益相反取引について株主総会(又は取締役会)の承認が必要とされた趣旨は、取締役がその忠実義務に違反して会社の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ることを防止することにありますが、完全親子会社関係がある場合は、親子間で利益衝突がないことから、株主総会(又は取締役会)の承認は不要と解されています(大阪地裁昭和58年5月11日判タ502号)。

これに対して、親子関係はあるものの、完全親子会社の関係にはなく、親会社以外に他の少数株主がいる場合には、当該少数株主との利益衝突があり得ることから、利益相反取引に抵触する可能性があると解されています。

なお、完全親子会社関係にあったとしても、破綻の危機に瀕している完全子会社に対して親会社の資産を移転する場合には、親会社株主保護の観点から利益相反取引規制を及ぼすべきであるとする見解もあることに注意が必要です。

会社債権者の保護

前述のとおり、利益相反取引規制はあくまでも株主の利益保護に着目した概念であり、たとえ承認を得たとしても取締役の善管注意義務・忠実義務違反が免責されるものではありません。

そのため、完全親子会社間での取引であり利益相反取引に抵触しない場合や、株主総会(又は取締役会)の承認を得ていた場合であっても、子会社債権者の保護は別途検討する必要があります。

したがって、問題となっている取引が会社法上の利益相反取引に該当しない(又は承認を得ている)場合であっても、当該取引が不当に会社債権者を害するものとして詐害行為取消(民法424条1項)の対象となったり、取締役の忠実義務・善管注意義務違反となったりしないよう、留意する必要があります。

ご相談のケースについて

X社はY社の100%子会社であり、完全親子会社間での現物配当ですので、基本的には利益相反取引に抵触しないものと思われます。

ただし、利益相反取引規制とは別に、会社債権者の保護も考慮する必要があるため、当該現物配当によってX社資産を不当に流出させ、X社債権者を害するものとならないよう留意する必要があります。

取締役兼100%株主と利益相反取引

質問

当社の代表取締役Xは、当社の100%株主でもあります。このたび、X個人の事業について、当社に対して事業譲渡することを検討していますが、このような取引は利益相反取引に該当するのでしょうか。

回答

Xが会社の全株式を保有しているのであれば、完全親子会社間での取引が利益相反取引に該当しないのと同様に、ご相談の取引は利益相反取引には該当しません。

解説

取締役兼100%株主と会社との取引

利益相反取引について株主総会(又は取締役会)の承認が必要とされた趣旨は、取締役がその忠実義務に違反して会社の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図ることを防止することにありますが、取締役が会社のすべての株式を保有している、いわゆる100%株主である場合、実質的には当該取締役の個人経営にすぎないものといえます。

かかる会社と取締役との取引については、当該取締役と会社の利益が実質的に一体である以上、取締役がその忠実義務に違反して会社の利益を犠牲にして自己又は第三者の利益を図るといった事態が生じず、取締役会の承認は不要と解されています。

また、判例上、かかる取締役兼100%株主と会社との取引については、利益相反取引(直接取引)に該当しないものとされています(最高裁昭和45年8月20日)。

なお、判例上、取締役と会社との取引について、株主全員の同意がある場合には、利益相反取引に関する取締役会の承認がなくても取引は有効と解されている(最高裁昭和49年9月26日)ところ、取締役兼100%株主と会社との取引についても、実質的に一人株主の同意がある場合と同視することができることからも、取締役兼100%株主と会社との取引については利益相反取引に該当しない、と整理することができます。

ご相談のケースについて

Xは会社の代表取締役兼100%株主とのことですので、実質的に会社と当該取締役とは経済的に一体関係にあるといえ、会社との取引の間に利益衝突が生じることはないものといえます。したがって、完全親子会社間の取引と同様、ご相談の取引は利益相反取引には該当しないものと思われます。

取締役の親族との取引と利益相反取引

質問

このたび、当社の取締役Xから、Xの妻Yが個人的に負っている債務について、会社で保証してもらえないか相談が寄せられました。このような会社の取締役の家族との取引は、利益相反取引に該当するのでしょうか。

回答

会社と取締役の親族との取引が利益相反取引に該当するかは見解の対立がありますが、取締役の配偶者や未成年の子どもとの取引については利益相反取引と判断される可能性があるため、実務上は会社がYの債務を保証することについては利益相反取引に該当するものとして慎重に対応することが望ましいといえます。

解説

取締役の親族と会社との取引

会社と取締役の親族との取引が利益相反取引に該当するか、については未だ判例の立場は明確ではなく、見解の対立があります。

具体的には、取締役の配偶者や未成年の子については取締役と同視すべきとする見解や、生計を同一とする者については取締役と同視すべきとする見解がある一方、法的安定性を重視する立場から、反対の見解も主張されています。

この点、仙台高裁平成9年7月25日判決は、会社の代表取締役を被保険者、会社を保険金受取人とする生命保険について、保険契約者を会社から当該代表取締役個人に変更するとともに、保険金受取人を当該代表取締役の配偶者に変更したことについて、配偶者が社会経済的に同一の生活実態を有していること等を根拠に、利益相反取引に該当するものと判断しています。

また、東京高裁昭和48年4月26日判決は、取締役の妻の債務を取締役自身が保証した事案ではありますが、取締役の妻の債務を会社が保証することは、取締役会の承認が必要な利益相反取引としています。

ご相談のケースについて

以上の見解及び裁判例からすると、取締役の配偶者や未成年の子どもとの取引については利益相反取引と判断される可能性があることから、実務上は会社がYの債務を保証することについては利益相反取引に該当するものとして慎重に対応することが望ましいといえます。

責任限定契約の締結と利益相反取引

質問

このたび、当社の非業務執行取締役Xから、当社とXとの間で、取締役の責任について限度額を定めて欲しい旨の要望を受けました。

当社としては、かかる要望に応えてXとの間で責任限定契約を締結することに異存はありませんが、このような契約の締結は利益相反取引に該当するでしょうか。

回答

会社が非業務執行取締役であるXの責任を限定する旨の契約を締結することは、直接取引による利益相反取引に該当するものとして、取締役会において利益相反取引の承認を行うとともに、当該決議において契約を締結するXについて特別利害関係人として取り扱うことが適当と思われます。

解説

責任限定契約

責任限定契約とは、会社と業務執行取締役等以外の取締役との間で、当該取締役等の会社に対する責任について、責任の限度額をあらかじめ定める旨の契約をいいます(会社法427条)。

責任限定契約は、非業務執行取締役の賠償責任に関する不安を取り除くことが目的であり、類似の制度として取締役等の責任の免除(会社法426条)があります。

もっとも、取締役等の責任の免除の場合、取締役・取締役会が実際に免除の決定をするか、また、免除額がいくらになるかについて不確実な点が残りますが、責任限定契約であれば、事前に責任の限度額が確定するため、取締役にとってはより安心できる制度といえます。

かかる責任限定契約については、定款変更時に株主総会の承認を得ていること等を理由に、改めて利益相反取引としての承認は不要であると整理する余地もないではありません。

もっとも、外形上、直接取引による利益相反取引に該当するものとして、実務上は、取締役会において利益相反取引の承認を行うとともに、当該決議において契約を締結する相手の取締役については特別利害関係人として取り扱うことが適当と思われます。

ご相談のケースについて

会社が非業務執行取締役であるXの責任を限定する旨の契約を締結することは、直接取引による利益相反取引に該当するものとして、取締役会において利益相反取引の承認を行うとともに、当該決議において契約を締結するXについて特別利害関係人として取り扱うことが適当と思われます。

利益相反取引と包括承認の可否

質問

当社(甲社)の代表取締役Xは、別会社乙社の専務取締役も兼務しているところ、このたび、当社は乙社との間で、今後長期にわたって業務委託契約を締結することを検討しています。

このように、Xが甲・乙社双方の取締役を兼務している状況での甲乙間の取引は利益相反取引に該当するかと思いますが、当社の取締役会で利益相反取引の承認を受ける場合、具体的に誰がどのような提案をする必要があるのでしょうか。

また、このような継続的な取引について、取引の度にその都度個別に利益相反取引の承認をとるのは手間がかかるため、包括的に承認したいのですが、可能でしょうか。

回答

取締役の利益相反取引の承認については、実務上、代表取締役Xから、取引の主要な内容と利益相反の状況について開示して提案を求めることとなります。

また、利益相反取引の承認について、合理的な範囲での包括的な承認は可能と考えられており、実務上、1年間の範囲で事前に包括的に利益相反取引の承認を行う場合があります。

解説

利益相反取引の承認手続

利益相反取引に該当する場合、取締役会設置会社においては、当該利益相反取引を行った取締役は、当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告し、承認を受ける必要があります(会社法365条2項・356条1項1号・2号)。

この点、重要な事実を開示して承認を求めるべき取締役については、直接取引・間接取引いずれかを問わず、実務上は、会社を代表して取引を行った取締役が、議案を提出して、重要な事実を開示する運用をとるケースが一般的です

また、開示すべき事項は「重要な事実」とされていますが、当該開示が取締役会の承認の判断のために求められていることから、当該判断に必要な事項の開示が要求されます。具体的には、取引の主要な内容(たとえば、相手方、種類、目的物、数量、価格、時期等)及び利益相反の状況(たとえば、相手方の過半数の議決権を取締役が保有すること等)の開示が必要となります。

なお、直接取引の類型について、当事者や代理人等として開示し、または間接取引の場合に当該取引による恩恵を受ける取締役が、当該取締役会決議について「特別利害関係人」(会社法369条2項)に該当することにも注意が必要です。

利益相反取引の包括承認の可否

法律上、複数の取引について一度に承認を行うことは制限されていません。

これに対して、事前に一定期間先に行われる予定の取引について包括的に承認を求める場合、時期の経過によって承認の判断が異なりうるような取引については、かかる包括承認を行うことには慎重な判断が必要となります。もっとも、定型取引や反復継続する取引等、時期の経過によって承認の判断が異なる可能性が低い取引については、特段の弊害がなく、包括的な事前承認も認められるものと考えられています。

ただし、かかる包括承認が行われる場合であっても、実務上、1年を超えて長期間にわたる取引の包括承認が行われるケースは少ないものと思われます。

ご相談のケースについて

取締役の利益相反取引の承認については、実務上、代表取締役Xから、取引の主要な内容と利益相反の状況について開示して提案を求めることとなります。

また、利益相反取引の承認について、合理的な範囲での包括的な承認は可能と考えられており、実務上、1年間の範囲で事前に包括的に利益相反取引の承認を行う場合があります

参考文献

江頭憲治郎「株式会社法第6版」(株式会社有斐閣)

(注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき作成しておりますが、最新の法例、判例等との一致を保証するものではございません。また、個別の案件につきましては専門家にご相談ください。