配転・出向・転籍等について詳しく解説しております。
1 【使用者向け】人事異動—転勤を拒否する社員への対応
【質問】
当社は従業員数約1000名超の会社ですが、業務上の必要性から、定期的に一定の割合で社員に対して転勤命令を行っています。
今般、人事部から、女性社員Xに対して東京本社から多摩事業所への異動を命じたところ、「通勤時間が長くなり、子どもの保育園の送り迎えができなくなる」こと等を理由に、転勤を拒否されてしまいました。東京本社から多摩事業所への異動は過去にも行われており、これまでとくに拒否された例はありませんでしたし、多摩事業所周辺にはいくつも空いている保育園がありますので、たとえ多摩事業所周辺へ転居することになったとしても、転居先での保育園確保が困難とは思えません。
Xに対する転勤命令は有効に認められるでしょうか?
【回答】
ご相談のケースにおいて、業務上の必要性が認められ、多摩事業所近辺での保育園確保も困難でなければ、Xの不利益は小さくはないものの、通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえず、転勤命令が有効と判断される可能性が高いものと思われます。
【解説】
会社の転勤命令権
「人事異動—配転命令を拒否する社員への対応」でご説明したとおり、「配転」とは、従業員の配置の変更であって、職内容又は勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるものをいうところ、同一勤務地(事業所)内の勤務箇所(所属部署)の変更のことを「配置転換」といい、勤務地の変更を「転勤」といいます。
このように、会社による転勤命令は配転命令権の一環として位置づけられるところ、正規従業員については長期雇用が予定されており、使用者である会社の側に、人事権の一内容として社員の職務内容や勤務地を決定する権限が帰属することが予定されています(配転命令権)。実務上、かかる配転命令権は就業規則等における配転条項として、「業務の都合により出張、配置転換、転勤を命じることがある」等と規定されることが一般的です。
労働契約上の制限
「人事異動—配転命令を拒否する社員への対応」でご説明したとおり、会社の社員に対する配転命令を根拠づけるのは労働契約上の職内容・勤務地の決定権限(配転命令権)ですが、かかる配転命令権はそれぞれの労働契約関係によって範囲が様々に決定されています。
したがって、労働契約上、職種や職務内容、勤務場所が限定されている場合は、社員の同意なく職種変更の配転命令は認められないこととなります(職種限定契約)。
たとえば、医師、看護師、技師、自動車運転手等の特殊な技術・技能・資格を有する者の職種を定めて雇い入れている場合、長年同一の専門職種に従事させている場合などは、社員との間で職種限定の合意があると判断され、これと異なる配転命令は無効となる場合があります(日本テレビ放送網事件(東京地裁昭和51年7月23日労判257号))。
権利濫用法理による配転命令の制限
前述の職務限定契約に加えて、会社による配転命令権が認められる場合であっても、配転命令権は社員の利益に配慮して行使されるべきものであり、濫用されてはならないものと解されています。
判例上、転勤命令について、「業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、・・・他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」は、権利濫用になる、と判断されています(東亜ペイント事件(最高裁昭和61年7月14日労判477号))。より具体的には、以下の1〜5の要素を総合考慮し、権利濫用になるか否かが判断されています。
- 当該人員配置の変更を行う業務上の必要性の有無
- 人員選択の合理性
- 配転命令が他の不当な動機・目的(たとえば嫌がらせによる退職強要等)をもってなされているか否か
- 当該配転が労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものか否か
- その他上記に準じる特段の事情の有無(配転を巡るこれまでの経緯、配転の手続等)
なお、育児休業、介護休養等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律26条は、社員の転勤によって子の養育や家族の介護が困難になる場合には、会社はそれらの状況に配慮すべきことを定めており、会社の対応が人事権濫用の評価に影響を与えるものと解されています(明示図書出版事件(東京地裁平成14年12月27日労判861号))。
ご相談のケースについて
ご相談のケースに類似した裁判例として、ケンウッド事件(最高裁平成12年1月28日労判774号)があります。ケンウッド事件では、従業員数約2000人の会社で、品川区に居住し、目黒区の本社から八王子事業所へ異動を命じられた女性社員が、通勤時間が長くなり、3歳の子の保育園送迎ができなくなること等を理由に転勤を拒否した事案ですが、裁判所は、業務上の必要性を肯定した上で、八王子近辺への転居が十分に可能であったこと、転居先での保育園先確保も困難ではなかったこと等から、「不利益は、必ずしも小さくはないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえない」と判示し、転勤命令を有効としています。
かかる裁判例からしますと、ご相談のケースでも業務上の必要性が認められ、多摩事業所近辺での保育園確保も困難でなければ、Xの不利益は小さくはないものの、通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえず、転勤命令が有効と判断される可能性が高いものと思われます。
2 【使用者向け】人事異動—出向を拒否する社員への対応
【質問】
近年競争環境が激化していることに伴い、過大な人件費を削減する観点から、当社ではIT部門について外部へアウトソーシングすることとし、同部門でIT業務に従事していた社員Xについては当社の子会社のIT部署へと出向を命じることとしました。
出向に関する諸手続については当社就業規則中でも詳細に規定しており、出向期間は3年間に限定しています。
当社子会社は当社から1駅しか離れておらず、勤務時間や給料等の待遇もほぼ同じ水準を維持するつもりですが、Xはこの出向命令を拒んでおり、対処に苦慮しています。
Xに対する出向命令は有効に認められるでしょうか?
【回答】
使用者である会社は労働者である社員に対して当然に出向を命令できる訳ではないことに注意が必要です。
ご相談のケースにおいては、出向に関する詳細な規定が就業規則中に規定されているとのことですので、Xに対する出向命令が強行法規や就業規則等に違反しておらず、権利濫用に該当しなければ有効に認められることとなります。
出向命令の権利濫用該当性については、出向の業務上の必要性の有無・程度、対象労働者の選定の合理性、その他の事情(出向によって労働者が被る不利益の程度等)を総合考慮して判断することになります。
【解説】
出向及び出向命令とは
出向とは、雇用先企業の従業員としての地位を保持したまま、他企業の事業所において相当長期間にわたり当該他企業の労務に従事させる人事異動のことをいいます。たとえば、親会社の従業員の地位を保持したまま、子会社や関連会社に出向して労務に従事する場合が該当します。
そして、会社が社員に対して一方的に出向を命じることを「出向命令」といいます。
出向命令の有効要件
会社による出向命令が有効に認められるための要件は、概要以下のとおりです。
- 出向命令権の根拠があること
- 強行法規違反がないこと
- 労働協約違反、就業規則違反もないこと
- 権利濫用でないこと
以下、各要件について個別に検討していきます。
1 出向命令権の根拠
会社間の人事異動である出向は、労務提供の相手方が変更されるため、原則として労働契約によって当然に認められる配置転換権と異なり、会社による出向命令権が労働契約の内容になっているというためには、単に就業規則上、一般的に「出向を命じうる」等の規定があるだけでは足りず、就業規則・労働協約上の根拠規定や採用の際等における同意等の明示の根拠が必要となります(日東タイヤ事件(最高裁昭和48年10月19日労判189号)、新日本製鐵(日鐵運輸第2事件)(最高裁平成15年4月18日労判847号))。
「会社は、社員に対して当然に出向を命じることができる」と誤解している会社も少なくありませんが、上記のとおり、出向命令は会社の当然の権利ではなく、契約上の根拠が必要であることにご留意ください。
2 強行法規違反がないこと
たとえば、出向が組合活動の妨害を目的とするような不当労働行為(労働組合法7条)に当たる場合や、思想信条による差別(労基法3条)に当たる場合は無効となります。
3 労働協約違反、就業規則違反もないこと
労働協約等の人事協議条項や同意条項に違反してなされた出向命令は、通常は無効となります。
4 権利濫用でないこと
出向命令に契約上の根拠が認められたとしても、権利濫用に当たる場合は出向命令は無効となります(労働契約法14条)。
労働契約法14条は、「使用者が労働者に出向を命じることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする」と規定しているところ、出向の業務上の必要性の有無・程度、対象労働者の選定の合理性、その他の事情(出向によって労働者が被る不利益の程度等)を総合考慮して、権利濫用になるか判断することとなります。
なお、同一企業内部における配転命令と比べて、出向の場合は労働者側の事情に相当の配慮を行うことが必要と解されていることに注意が必要です。
ご相談のケースについて
ご相談のケースにおいては、出向に関する詳細な規定が就業規則中に規定されているとのことですので、Xに対する出向命令が強行法規や就業規則等に違反しておらず、権利濫用に該当しなければ有効に認められることとなります。
出向命令の権利濫用該当性については、出向の業務上の必要性の有無・程度、対象労働者の選定の合理性、その他の事情(出向によって労働者が被る不利益の程度等)を総合考慮して判断することになります。
3 【使用者向け】人事異動—転籍命令を拒否する社員への対応
【質問】
当社は日用雑貨の輸入代理店を営んでいますが、このたび、業績不況に伴う人員削減措置の一環として、輸入部門を別会社化して社員の一部を同部門へ転籍させる方針を決定しました。
当社の就業規則中には転籍を命じ得る旨の規定があり、社員Xに対して同就業規則に基づき当該別会社への転籍を命じましたが、Xは、「私は国内での販売活動に関する営業要員として採用されたのであり、輸入業務を取り扱う別会社へ移籍しても自分の能力を発揮できるとは思えません。転籍には応じたくありません。」と拒絶の意向を示しています。
粘り強く説得を重ねていますが、埒があかないため、最後の手段として解雇することも考えていますが、何か問題があるでしょうか。
【回答】
抽象的に就業規則等において「転籍を命じ得る」旨の規定があるだけでは、原則として会社は社員に対して転籍命令を下すことはできないため、Xから転籍に対する個別同意を取得できるよう、さらに説得を重ねることが求められます。
もっとも、Xが採用の際に転籍について説明を受けた上で明確な同意をしており、長年実施されて実質的に社内配転と異ならない状態となっている等の特段の事情がある場合には、例外的にXからの個別同意なく転籍命令を下すことが認められる可能性があります。
ただし、その場合でも当該転籍命令が権利濫用に該当しないよう留意する必要があるとともに、Xが転籍に応じない場合に人員削減のために解雇する際も解雇権の濫用に抵触しないよう慎重に検討する必要があります。
【解説】
転籍とは
転籍とは、会社との現在の労働契約関係を終了させて、新たに他社との間に労働契約関係を成立させ、当該他社の業務に従事する人事異動をいいます。
転籍には、①転籍元会社との労働契約の解約と転籍会社との新労働契約の締結を行うものと、②労働契約上の地位の譲渡(民法625条1項)によるものとがありますが、後述のとおり、いずれの場合も原則として社員の同意が必要となります。
出向との違い
出向とは、雇用先企業の従業員としての地位を保持したまま、他企業の事業所において相当長期間にわたり当該他企業の労務に従事させる人事異動のことをいい、現在労働契約関係にある企業との労働契約が継続する点で、現在の労働契約関係が終了になる転籍とは決定的に異なります。
実務上、外部への社員の異動形態として、「(他社への)長期出張」、「社外勤務」、「移籍」等、様々な呼称がなされることがありますが、法的には、現在の会社との労働契約関係が継続するか終了するかにより、出向と転籍とに分類することができます。そして、出向か転籍かで社員の個別同意の要否が異なりますので、注意が必要です。
転籍と社員の個別同意の要否
前述のとおり、転籍は、出向と異なり、転籍元企業との労働契約を終了させて新たな条件の労働契約を締結するものであり、社員が不利益を受けるおそれがあることから、新たな勤務先を明示した個別具体的な同意を必要とするのが原則と解されています。
したがって、会社は、就業規則等において「転籍を命じ得る」旨の包括的規定がある場合でも、原則として、社員の個別同意がなければ転籍命令をすることはできないと解されています。
転籍命令の可否
もっとも、転籍に関する包括的同意しかなくても、特段の事情があれば、例外的に社員の個別同意がなくても会社が転籍命令を下すことができるとされています。
たとえば、裁判例においては、社員が採用の際に転籍について説明を受けた上で明確な同意をしており、長年実施されて実質的に社内配転と異ならない状態となっている転籍について、会社が転籍命令をすることが肯定されています(日立精機事件(千葉地裁昭和56年5月25日労判372号))。
なお、包括的同意が認められる場合であっても、権利濫用の法理が適用されることにご留意ください。
人員削減のための転籍
転籍は人員削減のために用いられることもありますが、その場合でも、原則として社員の個別同意がない場合には、会社に転籍命令権が認められないため、社員に対して転籍を強要したり一方的に転籍を命令することはできないこととなります。
なお、特定部門の子会社と当該部門の従業員の転籍が行われた際に、転籍を拒否した1人を解雇したケースに関して、裁判所は、整理解雇の要件を検討し、子会社化及び転籍という施策自体には経営上の合理性があるとしても、大半の従業員が転籍に応じた以上、会社は既に経営規模の縮小を達成しており、残る1人を解雇するまでの必要性がないとし、また、会社の「転籍に応じた労働者との関係で、転籍に応じない労働者を解雇しなければ不公平」という主張を排斥した事案があることにご留意ください(千代田化工建設事件(東京高裁平成5年3月31日労判629号、最高裁平成6年12月20日))。
ご相談のケースについて
抽象的に就業規則等において「転籍を命じ得る」旨の規定があるだけでは、原則として会社は社員に対して転籍命令を下すことはできないため、Xから転籍に対する個別同意を取得できるよう、さらに説得を重ねることが求められます。
もっとも、Xが採用の際に転籍について説明を受けた上で明確な同意をしており、長年実施されて実質的に社内配転と異ならない状態となっている等の特段の事情がある場合には、例外的にXからの個別同意なく転籍命令を下すことが認められる可能性があります。
ただし、その場合でも当該転籍命令が権利濫用に該当しないよう留意する必要があるとともに、Xが転籍に応じない場合に人員削減のために解雇する際も解雇権の濫用に抵触しないよう慎重に検討する必要があります。
菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)
(注)本記事の内容は、記事掲載日時点の情報に基づき作成しておりますが、最新の法例、判例等との一致を保証するものではございません。また、個別の案件につきましては専門家にご相談ください。