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総合職限定の社宅制度は「間接差別」か?|AGCグリーンテック事件判決(東京地裁令和6年5月13日判決)

はじめに

企業の福利厚生制度が、意図せず男女間の格差を生んでいると指摘されるケースがあります。職務内容や転勤の有無などに応じて従業員の区分を設け、それぞれに異なる待遇を定める「コース別人事制度」を導入している企業は少なくありません。しかし、その制度設計や運用によっては、男女雇用機会均等法(以下「均等法」)の趣旨に反するとして、法的な問題に発展するリスクを孕んでいます。

この度、総合職の従業員にのみ社宅制度の利用を認め、その総合職のほとんどが男性、利用が認められない一般職のほとんどが女性で構成されていたという事案において、裁判所が均等法の趣旨に照らして「間接差別」に該当し違法であると判断した注目すべき判決が出されました(東京地裁令和6年5月13日判決・AGCグリーンテック事件)。

本稿では、この裁判例の概要と判断のポイントを整理し、企業実務に与える影響について弁護士の視点から解説します。

本件のポイント

事案の概要

当事者

背景

Y社では、正社員を「総合職」と「一般職」に区分していました。

問題となった社宅制度

Y社は、総合職の従業員を対象とした社宅制度(借上社宅制度)を設けていました。当初は転勤者を対象としていましたが、平成23年7月以降、運用が拡大され、親元からの独立や結婚といった自己都合による転居の場合でも利用が認められるようになりました。その結果、通勤圏内に自宅を所有しない総合職であれば、転勤の有無にかかわらず社宅制度の恩恵を受けることができ、その利用者のほとんどが男性でした。

一方、一般職である原告Xには社宅制度の利用は認められず、少額の住宅手当が支給されるのみでした。社宅を利用する総合職が受ける経済的利益(家賃の8割等を会社が負担)と、原告が受ける住宅手当との間には、著しい経済的格差が存在していました。

そこで原告Xは、Y社が一般職である自身に社宅制度の利用を認めないのは、性別を理由とする直接差別、または間接差別に該当し違法であるとして、Y社に対し、損害賠償等を求めて提訴しました。

主な争点

本件の主要な争点は、「Y社が社宅制度の利用を総合職に限定し、一般職である原告Xに認めなかった措置が、直接差別または間接差別に該当し、違法といえるか」という点でした。

その他、男性一般職との賃金格差の違法性や、業務外し・不当査定の有無なども争われましたが、本稿では主要な争点である社宅制度の問題に絞って解説します。

裁判所の判断理由

裁判所は、Y社の措置について直接差別と間接差別の両面から検討し、以下の理由で「間接差別」に該当すると結論付けました。

1. 直接差別には該当しない

まず、裁判所は、Y社の措置が「男女の性別を直接の理由とするもの」とは認められないとして、直接差別(均等法第6条違反)にはあたらないと判断しました。

その理由として、社宅制度の適用対象である総合職のほとんどが男性であったのは、総合職の多くを占める営業職に女性からの応募が少なかったことが原因であり、Y社が意図して性別により取扱いを分けていたとは推認できない、としました。制度設計の背景に、男女間で格差を生じさせる趣旨があったと認めるに足りる事情はないと判断されたのです。

2. 間接差別に該当する

次に、裁判所は、本件措置が間接差別に該当するかを検討しました。

(1) 判断の枠組み

まず、均等法第7条および同法施行規則第2条が間接差別として禁止する類型に「住宅の貸与」が明記されていない点に触れつつも、「間接差別は、均等法施行規則に規定するもの以外にも存在し得るのであって、均等法7条には抵触しないとしても、民法等の一般法理に照らし違法とされるべき場合は想定される」との重要な判断枠組みを示しました。

その上で、①措置の要件を満たす男女の比率、②措置の具体的な内容(経済的格差の程度)、③業務遂行上や雇用管理上の必要性(合理的な理由の有無)といった観点から、Y社の措置が間接差別に該当するかを検討しました。

(2) 間接差別に該当する具体的理由

上記の枠組みに本件を当てはめ、裁判所は以下の点を指摘しました。

と、Y社の主張をいずれも退け、総合職に限定する合理的な理由はないと判断しました。

(3) 結論

以上のことから、裁判所は「被告が…社宅制度の利用を、…総合職に限って認め、一般職に対して認めていないことにより、事実上男性従業員のみに適用される福利厚生の措置として社宅制度の運用を続け、女性従業員に相当程度の不利益を与えていることについて、合理的理由は認められない」とし、この措置は均等法の趣旨に照らし「間接差別に該当する」と結論付けました。

裁判所の判断内容(結論)

以上の判断に基づき、裁判所は以下の通り結論を示しました。

実務に与える影響

本判決は、企業の人事労務管理、特にコース別人事制度を導入している企業にとって、極めて重要な示唆を与えるものです。

1. 福利厚生制度における「間接差別」リスクの顕在化

本判決の最大の意義は、均等法施行規則に明記されていない「住宅の貸与」という福利厚生措置について、初めて「間接差別」にあたると司法判断を下した点です。これにより、社宅制度だけでなく、社内貸付、財形貯蓄、あるいは各種手当など、従業員の区分によって差を設けているあらゆる福利厚生制度について、間接差別と評価されるリスクがあることが明確になりました。

2. 制度の「建前」ではなく「運用実態」が問われる

「転勤可能性があるから」といった制度上の建前だけでは、合理的な理由として不十分であり、実際の運用実態が厳しく問われることが示されました。自社の制度について、「本当にその目的通りに運用されているか」「目的と無関係な従業員が利益を得ていないか」といった観点からの検証が不可欠です。

3. 企業が取るべき対策

コース別人事制度を導入している企業は、以下の点について速やかに点検・見直しを行うべきでしょう。

本判決は、形式的な平等だけでなく、実質的な平等を確保することの重要性を企業に改めて突きつけるものです。自社の人事制度が、意図せず特定の性に不利益を与える構造になっていないか、この機会に深く点検することが求められます。


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