重要判例解説「協同組合グローブ事件 最高裁判決」(令和6年4月16日 最高裁判所第三小法廷 判決)
「事業場外みなし労働時間制」の適用を否定した二審判決を破棄した事例

Ⅰ はじめに 本稿の趣旨

令和6年4月16日、最高裁判所第三小法廷において、「事業場外みなし労働時間制」(労働基準法38条の2)が適用されるかどうかが争われた裁判の判決が下されました(令和6年4月16日 最高裁判所第三小法廷 判決)。

「事業場外みなし労働時間制」の適用に関しては、リーディング・ケースともいえる阪急トラベル・サポート事件(最高裁平成24年(受)第1475号同26年1月24日第二小法廷判決・裁判集民事246号1頁)があるところ、本件最高裁が「事業場外みなし労働時間制」の適否に関し、どのような判断基準を示すかが注目されていました。

最高裁は、「事業場外みなし労働時間制」の適用を否定した原審(第二審)を破棄し、原審である福岡高等裁判所に差し戻すという判断を下しました。

本稿では、「事業場外みなし労働時間制」の概要を説明した上で、本件の最高裁がどのような判断基準を示したのかを解説します。その上で、本件最高裁判決を踏まえた今後の実務における「事業場外みなし労働時間制」の運用上の留意点について紹介します。

なお、本稿の内容は、あくまでも筆者の一考察に過ぎないことにご留意ください。

Ⅱ 「事業場外みなし労働時間制」の概要

1 事業場外みなし労働時間制」とは

「事業場外みなし労働時間制」とは、「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす」制度です(労働基準法38条の2)。

「事業場外みなし労働時間制」を活用するには、単に事業場の外で業務に従事するというだけではなく、「労働時間を算定し難いとき」という要件を満たす必要があり、事業場外で行われる労働時間について、その労働態様のゆえに労働時間を十分に把握できるほどに使用者の具体的指揮監督を及ぼし得ない場合がこれに当たるとされています。

2 阪急トラベルサポート事件最高裁判決の示した判断基準

「労働時間を算定し難いとき」という要件を満たすかどうかについて、前掲阪急トラベルサポート事件最高裁判決がリーディングケースとされています。

阪急トラベルサポート事件最高裁判決は、募集型の企画旅行における添乗員の業務について、「労働時間を算定し難いとき」に該当するかどうかは、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、使用者と労働者との間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を判断要素として、「労働者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったといえるかどうか」でよって判断するという判断基準を定立しました。

阪急トラベルサポート事件最高裁判決は、上記判断基準を定立した上で、従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難いとして、「労働時間を算定し難いとき」には当たらないと述べ、「事業場外みなし労働時間制」の適用を否定しました。

阪急トラベルサポート事件最高裁判決が募集型の企画旅行における添乗員の業務についても「労働時間を算定し難いとき」には当たらないと判断したことから、実務上は「労働時間を算定し難いとき」の要件は厳格に判断し、「事業場外みなし労働時間制」の運用は慎重に検討する傾向にあるとされていました。

一方、本件最高裁は、「事業場外みなし労働時間制」の適用を否定した原審(第二審)を破棄し、原審である福岡高等裁判所に差し戻すという判断を下したことから、「労働時間を算定し難いとき」の要件の解釈にも変更があったといえるかどうかが注目されました。

以上を踏まえ、本件の概要及び本件最高裁の判断内容を整理します。

なお、以下では、特に断りがなければ、本件の被上告人(第一審原告)(元職員)を単に「原告」、上告人(第一審被告)(事業協同組合)を単に「被告」と表記します。

Ⅲ 本件の概要

1 事案の概要

本件は、外国人技能実習生の指導員として勤務していた元職員が、外国人の技能実習に係る監理団体である事業協同組合に対し、未払賃金等を請求したというものです。

本件の争点は、未払賃金の有無のほか、パワーハラスメントに対する損害賠償請求等、多岐にわたりますが、本稿では最高裁で判断された「事業場外みなし労働時間制」の適否に限り整理します。

2 事実関係等の概要

(1)原告の概要

原告は、平成28年9月、外国人の技能実習に係る監理団体である被告に雇用され、指導員として勤務しましたが、同30年10月31日、被告を退職しました。

原告は、自らが担当する九州地方各地の実習実施者に対し月2回以上の訪問指導を行うほか、技能実習生のために、来日時等の送迎、日常の生活指導や急なトラブルの際の通訳を行うなどの業務に従事していました。

原告は、本件業務に関し、実習実施者等への訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理していました。

また、原告は、被告から携帯電話を貸与されていましたが、これを用いるなどして随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることはありませんでした。

原告の就業時間は午前9時から午後6時まで、休憩時間は正午から午後1時までと定められていましたが、原告が実際に休憩していた時間は就業日ごとに区々でした。

また、原告は、タイムカードを用いた労働時間の管理を受けておらず、自らの判断により直行直帰することもできましたが、月末には、就業日ごとの始業時刻、終業時刻および休憩時間のほか、訪問先、訪問時刻およびおおよその業務内容等を記入した業務日報を被告に提出し、その確認を受けていました。

(2)被告の概要

被告は、平成10年1月に設立された広島県福山市に本部を置く事業協同組合であり、熊本、福岡、北九州および鹿児島に支所を有するほか、各地に出張所を設けています。

被告は、一般監理事業の許可を受け、主に外国人技能実習制度における監理団体として、組合員のために実習生を受け入れる事業を行っています。

3 本件の争点

原告は、被告に対し、時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する賃金の支払いを求めました。

これに対し、被告は、原告の事業場外で従事した業務について労働基準法38条の2第1項の「労働時間を算定し難いとき」に該当すると主張し、所定労働時間労働したものとみなすべきであると争いました。

4 本件の争点に関する判断経過

本件の争点に関する第一審(地裁)、第二審(原審)、第三審(最高裁)の判断経過は以下のとおりです。

審級 日付 事件番号 判断概要
第一審 令和4年5月17日 熊本地判 令和元年
(ワ)第396号
原告の業務の一部について、業務日報に基づき労働時間を把握できるため、「労働時間を算定し難いとき」に該当しないと判断​​ 。
第二審 令和4年11月10日 福岡高判 令和4年
(ネ)第595号
第一審判決を支持し、「労働時間を算定し難いとき」に該当しないと判断​。
第三審 令和6年4月16日 最判 令和5年
(受)第365号
第二審判決に法令解釈の誤りがあるとして破棄差戻し。
「労働時間を算定し難いとき」に該当するかどうかについてさらに審理を尽くすよう命じた​。

5 第一審(地裁)の判断内容

第一審(地裁)は、本件の争点に関し、以下のように判断しました。

(1)労働基準法第38条の2第1項に規定する事業場外労働のみなし制を適用するための要件

労働基準法第38条の2第1項に規定する事業場外労働のみなし制を適用するためには、労働者が労働時間の全部または一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときであることを要する。そして、ここでいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かについては、業務の性質・内容やその遂行の態様・状況等、使用者と労働者との間で業務に関する指示及び報告がされているときはその方法・内容や実施の態様・状況等を総合して、使用者において労働者が労働に従事した時間を把握することができるかどうかの観点から判断することが相当である(最高裁平成26年1月24日第二小法廷判決・集民246号1頁参照(阪急トラベルサポート事件最高裁判決))。

(2)業務の性質・内容やその遂行の態様・状況等

原告の被告における主な業務内容は、フィリピンからの実習生と実習実施者である日本企業との間に入って、実習生および建設・造船就労者への相談対応、訪問・巡回指導、監査、通訳、講習、その他付帯業務を行うことであるところ、原告は、熊本県内および九州各地に所在する実習実施者への訪問・巡回指導業務に最も従事しており、熊本県内および九州各地に所在する実習生に対しても、技能実習に伴う必要書類の記入方法や通帳の作成等を始めとする生活指導、実習生が受験する試験勉強の支援、実習生の来日時の送迎や急なトラブルなどへの対応などの業務を行っていたものである。

そして、これらの事業場外における業務は、原告を含むキャリア職員が自ら訪問・巡回先にアポイントを取った上で、原則として時間管理をする者が同行することなく行うものとされており、実習実施者への訪問指導は毎月2回以上と定められているものの、具体的なスケジュールについては原告を含むキャリア職員の裁量判断に委ねられていたものである。

また、訪問指導以外の業務についても、具体的な指示がある場合を除き、原則としてキャリア職員の裁量判断に委ねられていたものである。

そのため、業務自体の性質、内容等から見ると、直ちにこれに要する時間を把握することは容易ではないと考えられる。

(3)使用者と労働者との間で業務に関する指示および報告の有無、並びにその方法・内容や実施の態様・状況等

被告は、原告にキャリア業務日報を提出させ、具体的な始業時間および終業時間、行き先や面談者等が記載されていること、その記載内容について、被告の支所長が審査しており、その内容の正確性について実習実施者等に確認することも可能であった。

また、被告は原告に対して携帯電話を貸与し、これを携帯させていたが、随時携帯電話を利用して業務の指示や報告等が行われていたわけではないものの、必要に応じて業務の指示を出したり、報告を受けたりすることができる態勢がとられていた。

このような状況から、原告の業務について、その勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難いと判断された。

(4)結論

原告が事業場外で従事していた業務について、具体的に勤務の状況を把握することが困難であったとは認められず、「労働時間を算定し難いとき」に該当しないと判断された。

ただし、海外出張業務に関しては、キャリア業務日報に具体的な内容が記載されていないため、「労働時間を算定し難いとき」に該当するものとされた。

6 第二審(原審)の判断内容

第一審に対し、被告が控訴して争ったところ、第二審(原審)は、本件の争点に関し、以下のように判断しました。

(1)業務の性質・内容および遂行態様等

原告の業務内容については、具体的な巡回・訪問先やスケジュールなどがキャリア職員の判断に委ねられていたものの、キャリア職員が担当する実習実施者等は決まっており、巡回・訪問の頻度等もある程度定まっていたことなどに照らすと、キャリア職員の選択し得る幅には一定の限界があった。

(2)業務に関する指示および報告の方法

被告は、キャリア業務日報の提出を求め、その内容には具体的な始業時間、終業時間、行き先、面談者が記載されており、支所長が審査して実習実施者に確認することも可能であった。

被告は原告に携帯電話を貸与し、必要に応じて業務の指示や報告ができる態勢を整えていた。

(3)結論

原告の業務について、勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難く、「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないと判断した。

7 第三審(最高裁)の判断内容

第二審(原審)に対し、被告が上告して争ったところ、第三審は、本件の争点に関し、以下の理由から、第二審(原審)の判断は是認できないと判示しました。

(1)前記事実関係等によれば、本件業務は、実習実施者に対する訪問指導のほか、技能実習生の送迎、生活指導や急なトラブルの際の通訳等、多岐にわたるものであった。
また、被上告人は、本件業務に関し、訪問の予約を行うなどして自ら具体的なスケジュールを管理しており、所定の休憩時間とは異なる時間に休憩をとることや自らの判断により直行直帰することも許されていたものといえ、随時具体的に指示を受けたり報告をしたりすることもなかったものである。
このような事情の下で、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮すれば、被上告人が担当する実習実施者や1か月当たりの訪問指導の頻度等が定まっていたとしても、上告人において、被上告人の事業場外における勤務の状況を具体的に把握することが容易であったと直ちにはいい難い

(2)しかるところ、原審は、被上告人が上告人に提出していた業務日報に関し、①その記載内容につき実習実施者等への確認が可能であること、②上告人自身が業務日報の正確性を前提に時間外労働の時間を算定して残業手当を支払う場合もあったことを指摘した上で、その正確性が担保されていたなどと評価し、もって本件業務につき本件規定の適用を否定したものである。
しかしながら、上記①については、単に業務の相手方に対して問い合わせるなどの方法を採り得ることを一般的に指摘するものにすぎず、実習実施者等に確認するという方法の現実的な可能性や実効性等は、具体的には明らかでない。
上記②についても、上告人は、本件規定を適用せず残業手当を支払ったのは、業務日報の記載のみによらずに被上告人の労働時間を把握し得た場合に限られる旨主張しており、この主張の当否を検討しなければ上告人が業務日報の正確性を前提としていたともいえない上、上告人が一定の場合に残業手当を支払っていた事実のみをもって、業務日報の正確性が客観的に担保されていたなどと評価することができるものでもない。

(3)以上によれば、原審は、業務日報の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、本件業務につき本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるとはいえないとしたものであり、このような原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った違法があるというべきである。

なお、本件最高裁判決には、林道晴裁判官の補足意見が付されています。

私は、多数意見の結論及び理由付けに全面的に賛成するが、本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断の在り方について、若干補足する。

多数意見は、4において、業務の性質、内容やその遂行の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮している。

これらの考慮要素は、本件規定についてのリーディング・ケースともいえる最高裁平成24年(受)第1475号同26年1月24日第二小法廷判決・裁判集民事246号1頁が列挙した考慮要素とおおむね共通しており、今後の同種事案の判断に際しても参考となると考えられる。

もっとも、いわゆる事業場外労働については、外勤や出張等の局面のみならず、近時、通信手段の発達等も背景に活用が進んでいるとみられる在宅勤務やテレワークの局面も含め、その在り方が多様化していることがうかがわれ、被用者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認められるか否かについて定型的に判断することは、一層難しくなってきているように思われる。

こうした中で、裁判所としては、上記の考慮要素を十分に踏まえつつも、飽くまで個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目した上で、本件規定にいう「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断を行っていく必要があるものと考える。

Ⅳ 本件の実務上の影響

本件最高裁は、「事業場外みなし労働時間制」の適用に関し、「労働時間を算定し難いとき」に該当するかどうかという判断について、該当性を否定した原審(第二審)の判断は労働基準法第38条の2第1項の解釈適用を誤った違法があるとして破棄した上、本件の審理を原審である福岡高等裁判所に差し戻すという判断を下しました。

このように、本件最高裁が第二審(原審)を破棄差戻しているものの、「労働時間を算定し難いとき」の判断基準については、従前から変更されたとまで評価することは困難と思われます。

本件最高裁判決における林道晴裁判官の補足意見にもあるように、本件最高裁判決における「労働時間を算定し難いとき」の判断基準は、リーディング・ケースともいえる阪急トランスポート事件最高裁判決に準じたものであり、第一審、第二審(原審)と変わるものではありません。

したがって、本件最高裁判決以降においても、「事業場外みなし労働時間制」の適用にあたっては、「労働時間を算定し難いとき」に該当するかどうかは厳格に判断される傾向にあることは変更がないと評価できます。

但し、林道晴裁判官の補足意見でも指摘されるように、事業場外労働については、外勤や出張等の局面のみならず、近時、通信手段の発達等も背景に活用が進んでいるとみられる在宅勤務やテレワークの局面も含め、その在り方が多様化していることがうかがわれ、被用者の勤務の状況を具体的に把握することが困難であると認められるか否かについて定型的に判断することは、一層難しくなってきているという背景も踏まえ、あくまで個々の事例ごとの具体的な事情に的確に着目した上で、「労働時間を算定し難いとき」に当たるか否かの判断がされることには留意しなければなりません。

本件では、原告の働き方に裁量があったこと、突発的な対応もあってスケジュールが可変的であり、労働者や使用者も管理することができない業務があったという特徴があります。

仮に、定型的なルート営業や、使用者が指示した現場に行くことを前提とした業務内容等である場合には、「労働時間を算定し難いとき」には該当し難いということは変わりがないものと思われます。

本件最高裁以降も、「事業場外みなし労働時間制」の適用にあたっては、「労働時間を算定し難いとき」に該当するかどうかは厳格に判断される傾向にあることに留意した上で、労働時間管理のあり方を再度確認していただく必要があるかと思われます。