質問

事務用機器の販売会社である当社は、同業他社に比べて優れた営業部隊を抱えていることに定評があります。ところが、当社営業第一課の社員Xは、入社3年目になるにもかかわらず、一度も営業目標を達成したことがなく、また、改善の傾向も見られません。

当社では、毎年4月1日付で人事異動を行うのですが、先般の人事異動にてXに対してバックオフィスである事務統括部への配置転換の辞令を発しましたが、Xから人事部に対して、「私は営業職として採用されたのですから、バックオフィスの事務統括部への異動なんて到底承服できません」と強い態度で拒絶されてしまい、頑として営業第一課から異動しようとしません。

Xにはそれ以外にも勤務態度や素行等で悪い評判がつきまとっていることもあり、配転拒否を理由に懲戒処分を下すことも検討していますが、何か問題があるでしょうか。

回答

貴社の就業規則等を確認し、会社が配転命令権を有しているかを確認するとともに、社員Xとの間で職種限定の合意がなかったか、また、本件配置転換が配転命令権の濫用に該当しないかを検討する必要があります。

以上を踏まえ、Xに対する配置転換が有効であれば、新しい職場である事務統括部での勤務を促し、不合理に拒絶する場合は懲戒処分等を検討することとなります。

解説

会社の配転命令権

「配転」とは、従業員の配置の変更であって、職内容又は勤務場所が相当の長期間にわたって変更されるものをいいます。このうち、同一勤務地(事業所)内の勤務箇所(所属部署)の変更のことを「配置転換」といい、勤務地の変更を「転勤」といいます。

正規従業員については長期雇用が予定されており、使用者である会社の側に、人事権の一内容として社員の職務内容や勤務地を決定する権限が帰属することが予定されています(配転命令権)。

実務上、かかる配転命令権は就業規則等における配転条項として「業務の都合により出張、配置転換、転勤を命じることがある」等と規定されることが一般的です。

労働契約による配転命令の制限

前述のとおり、会社の社員に対する配転命令を根拠づけるのは労働契約上の職内容・勤務地の決定権限(配転命令権)ですが、かかる配転命令権はそれぞれの労働契約関係によって範囲が様々に決定されています。

したがって、労働契約上、職種や職務内容、勤務場所が限定されている場合は、社員の同意なく職種変更の配転命令は認められないこととなります(職種限定契約)。

たとえば、医師、看護師、技師、自動車運転手等の特殊な技術・技能・資格を有する者の職種を定めて雇い入れている場合、長年同一の専門職種に従事させている場合などは、社員との間で職種限定の合意があると判断され、これと異なる配転命令は無効となる場合があります(日本テレビ放送網事件(東京地裁昭和51年7月23日労判257号))。

権利濫用法理による配転命令の制限

前述の職務限定契約に加えて、会社による配転命令権が認められる場合であっても、配転命令権は社員の利益に配慮して行使されるべきものであり、濫用されてはならないものと解されています。

具体的には、配転命令は業務上の必要性があって行われるべきものであり、また、本人の職業上・生活上の不利益に配慮して行われるべき、とされています。

判例においては、転勤命令について、「業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、・・・他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」は、権利濫用になる、と判断されています(東亜ペイント事件(最高裁昭和61年7月14日労判477号))。

ご相談のケースについて

まず、貴社の就業規則等を確認し、会社が配転命令権を有しているかを確認することとなります。

次に、雇用契約だけでなく、採用時の説明や同様の条件で採用された他の社員の配転の状況、特殊技能の有無、採用後の待遇等を考慮して、社員Xとの間で職種限定の合意がなかったかを確認します。

さらに、会社側の事情とX側の事情を考慮した上で、本件配置転換が配転命令権の濫用に該当しないかを検討する必要があります。

以上を踏まえ、Xに対する配置転換が有効であれば、新しい職場である事務統括部での勤務を促し、不合理に拒絶する場合は懲戒処分等を検討することとなります。

参考文献

菅野和夫「労働法第十一版」(株式会社弘文堂)

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