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残業代請求を受けた場合の初動対応

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相談事例

3か月前に退職した元従業員から、突然に未払残業代300万円を請求する旨の内容証明郵便が送られてきました。
円満退職した元従業員でしたから、なぜ突然にこのような請求をしてきたのだろうとショックでした。

内容証明郵便をみると、元従業員は、休憩時間も休みなく働かされたと主張し、残業時間は合計何百時間にもなっていると書いてありました。

その上、内容証明郵便には、タイムカードや就業規則の写しを出すよう要求されているだけでなく、到着してから1週間以内に300万円の支払いに応じなければ法的手段をとると書いてありました。

支払いに応じなければすぐに裁判を起こされてしまうかもしれないと思い、仕方なく言われるままに300万円を支払ってしまいました。

解説

上記相談例における企業の対応は、果たして問題がなかったといえるでしょうか。実は、この会社の初動対応は、様々な失敗を犯していると言わざるを得ません。

この会社の初動対応のどこに問題があったのかは、残業代請求を受けた場合に企業がとるべきポイントを説明します。

回答期限の法的拘束力

まず注意しなければならないことは、労働者側からいつまでに回答するよう要求されているからといっても、回答期限には法的拘束力があるわけではないということです。

したがって、労働者側が設定する回答期限までに慌てて回答する必要はありません

よくある失敗の1つが、一方的に設定された回答期限をみて驚いてしまい、十分に検討することもせずに安易に支払いに応じてしまうことですので、ご注意ください。

残業代請求の消滅時効

次に、労働者側は、入社してから退社するまでの全期間分の残業代を請求してくるケースもみられます。

しかしながら、残業代請求は労働債権としての請求となり、2年の短期消滅時効の対象となります(労働基準法115条)。

したがって、労働者側が請求してきた残業代はいつからの分なのかは、必ず確認する必要があります。

仮に、何ら確認もせずに安易に支払いに応じる旨の回答をしてしまうと、債務を承認したとして、消滅時効を主張することができなくなるおそれがあります。

なお、民法改正にあわせて、労働債権の消滅時効も2年から5年に延長するという議論がされているため、今後の動向には注意が必要です。

基礎賃金の範囲

また、労働者側が主張する残業代の計算根拠となる基礎賃金が、法的に適正な金額かどうかを検討する必要があります。

残業代とは、以下の計算式で算定されます。

残業代=時間単価(基礎賃金)×残業した労働時間×割増率

残業代の計算根拠となる時間単価(基礎賃金)には、労働者に支給されているすべての金額が含まれるわけではありません。

例えば、①家族手当、②通勤手当、③別居手当、④子女教育手当、⑤住宅手当は基礎賃金から除外されます(労働基準法施行規則21条)。

なお、上記手当が基礎賃金に含まれるかどうかは、名称によって判断されるわけではなく、実質的に判断されます(昭和22年9月13日発基17号)。

名称が家族手当になっていない手当であっても、扶養家族の有無や数に従って支給される手当であれば、除外賃金となるケースもある一方、逆に家族手当等の名称であっても除外賃金とならないケースもあります。労働者側では、請求金額をできる限り多く見せるために、上記手当も含めて基礎賃金を算定してくることがまま見受けられます。

したがって、会社側としては、労働者側が主張する残業代の根拠となる基礎賃金が適正かどうかを検討する必要があります。

実労働時間≠在籍時間

労働者側が主張する残業代の算定根拠として、基礎賃金のほかに、労働時間があります。

残業した労働時間は、以下のように算定します。

残業した時間=実労働時間 – 所定労働時間

注意しなければならないことは、実労働時間は、会社に在籍していた時間、ではないということです。

実労働時間とは、「使用者の指揮命令下で労働力を提供した時間」をいいます。

具体的には、「労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるかにより客観的に決まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」(三菱重工長崎造船所事件、最高裁平成12年3月9日判決 労判778号8頁)とされています。

したがって、就業規則で勤務開始時刻が午前9時とされている場合でも、午前8時半からの勤務が命じられれば実際には命令下に置かれた午前8時半からが労働時間と認定されることになります。

逆に、午前8時半からの勤務が命じられているわけではなく、また実際に何も仕事をしているわけでもなければ、午前8時半からは労働時間とは認定されず、午前9時からが労働時間と認定されることになります。

このように、残業代の算定基礎となる労働時間は、機械的・形式的に決まるわけではなく、実質的な労務環境から判断されることになります。

労働者側が主張する労働時間が、果たして残業代の算定根拠となる実労働時間に該当するかどうかは、慎重に検討しなければなりません。

他の従業員に与える影響

次に、労働者側が残業代を請求した場合、会社側が安易に支払いに応じることによって、他の従業員にどのような影響をあたえるかということも考慮する必要があります。

実際には労働者側が過大に残業代を請求してきたにもかかわらず、会社側として紛争を大きくしたくないと考えてすぐに支払いに応じることで、果たしてこの問題は沈静化するといえるでしょうか。

逆に、内容証明郵便を送付しただけですぐに支払いに応じるようであれば、他の従業員も本来よりも多めに残業代を請求しても簡単に支払いに応じてもらうことができると考え、際限がなくなってしまうおそれもありえます。

このように、個別の労働問題のはずが、気が付かないうちに他の従業員にも拡がっていき、ひいては会社全体の経営を揺るがしかねない事態にまで発展するおそれもあります。

1人の元従業員との間だけの問題と安易に考えず、他の従業員との関係でも、どのような対応が望ましいのかは、慎重に検討する必要があります。

資料開示拒否のリスク

なお、労働者側から、残業代算定のための資料として、タイムカードや就業規則の開示を求められた場合、対応すべきかどうかという問題があります。

この点、労働者側の要求を無視し続けると、裁判に発展した場合、会社側の不誠実な対応が問題視される恐れもあります(参考:会社の不誠実な対応を理由に消滅時効の援用は権利濫用にあたり許されないとされた裁判例(日本セキュリティシステム事件 長野地裁佐久支部平成11年7月14日判決 労働判例770号98頁))。

もっとも、だからといって必要のない資料まで送付するべきではありませんので、どこまで開示に応じるべきか慎重に検討すべきです。

労働者への要求事項

以上の説明でも触れましたが、労働者側の残業代請求については、安易に鵜呑みにせず、算定根拠の確認も含めて慎重に対応する必要があります。

労働者側が主張する残業代の算定根拠が不明確である場合には、むし労働者側に対し、残業代の算定根拠を明確にするよう求めるべきといえます。

具体的には、以下の事項が考えられます。

  1. 残業代の請求期間
  2. 残業代算定の基礎賃金及びその根拠
  3. 残業代算定の労働時間及びその根拠

ご相談のケースについて

残業代請求を受けた場合の7つのポイントを踏まえ、残業代請求をされた場合には、突然のことで動揺したとしても、決して安易に支払いに応じるべきではありません。

また、支払いに応じないだけでなく、安易な回答も注意すべきです。2年の消滅時効が完成しているにもかかわらず、支払いを前提として分割払いの提案などをすると、債務を承認したとして、消滅時効を援用することができなくなるリスクがあります。

そもそも、労働者側が主張する残業代の請求額が、法的な根拠や客観的な証拠に基づいているのかどうかも不明なことも少なくありません。

そこで、労働者側に対し、残業代請求の算定根拠を明らかにするよう求めるべきです。

また、労働者側の残業代請求に対し、安易に支払いに応じた場合、現に在籍している他の従業員にどのような影響が及ぶかということも考える必要があります。

他の従業員からも残業代請求をされるリスクが拡がっていくと、会社の経営自体を左右しかねない問題にまで発展するおそれがあります。

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